「『愛ってどういうものなんだろう?』小説を書きながらずっと考えています」渡邊璃生インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2020/5/7

 アイドルをやめた後、何になるか? アイドルのセカンドキャリアにはさまざまな事例があるが、アイドルグループ「ベイビーレイズJAPAN」の最年少メンバーとして活躍した渡邊璃生は、特別だった。2018年9月のグループ解散後、彼女はタレント活動をしながら、筆を握った。このほど刊行されたデビュー短編集の題名は、『愛の言い換え』。今年3月で二十歳になったばかりの彼女は、小説家になった。

渡邊璃生さん

渡邊璃生
わたなべ・りお●2000年3月8日生まれ。神奈川県出身。アイドルグループ「ベイビーレイズJAPAN」の最年少メンバーとして活躍。18年9月のグループ解散後、作詞、脚本、小説家としての活動を本格的にスタートさせる。ゲーム実況YouTubeチャンネル「りおさんのゲーム倉庫」

 

「アイドル時代にグッズの特典として、自分が書いた小説を載せたブックレットを作る機会があったんです。それを読んでくださった編集者の方から、本を出しませんかと声をかけていただきました」

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 アイドル時代から、小説が一つの「武器」だったのだ。

「テレビでモーニング娘。さんのライブ映像を観て以来、アイドルになることが夢だったんですが、実際になってみると自分は歌もダンスも苦手なほうだったし、何もできないなと悩んでしまって。もともと小説の執筆自体は、小学生の頃から趣味でおこなっていました。小説を書くこと、文章で表現することは、もしかしたら自分の特技になるかもしれない。活かせる場を作っていただけませんかと、当時のマネージャーさんに私から交渉したんです」

 アイドルが書いた小説……と聞いて、なんとなく思い浮かぶであろうイメージからは程遠い。アイドル時代に発表した4本+書き下ろし3本を収録した『愛の言い換え』には、正真正銘ど肝を抜かれる、異形の物語が詰まっている。

暴力的な手段が表れる時、人間は自己を発散させる

 1編目に収録されている「ゆうしくんと先生」が、アイドル時代に初めて発表した小説だ。書き出しは、〈――九月二十六日。/「おはよう、先生。」/ノックと共におはようの挨拶。/ゆうしくんが朝の匂いを纏って、伸びをするわたしに笑いかけた。/「おはよう、ゆうしくん。」〉。

 幼い少年と「わたし」は、一緒に暮らしているのだが、血の繋がりはない。ならば二人の関係は? 数ページごとに日付が変わり、少年は驚くほどすくすくと成長する。「わたし」は何か大事なことを……いや、いろいろなことを忘れている。例えば、〈なぜゆうしくんはわたしを「先生」と呼ぶのか〉。ゆうしくんという〈神聖な存在〉は、何者なのか。やがて意外な形で、物語は幕を降ろす。謎は明かされずモヤモヤが残る、その感触こそが、書き手が表現したいモノだった。

「アニメの『Steins;Gate』が好きで、時間を移動するというテーマに惹かれて書きました。お話の中に出てくるいろいろな謎は、文章にはしていないけれど答えを用意しているものもあれば、あえて答えを決めていないものもあります。こちらから答えは出さず、読者の方々に自由に想像してもらったほうが楽しんでもらえるんじゃないかと思ったんです。私自身、〝考える過程自体が楽しい〟お話が好きなんですよ」

 アニメや小説、マンガやゲーム。さまざまな物語カルチャーを楽しんできた人だが、特に敬愛していると挙げた作品名は意外なものだ。『多重人格探偵サイコ』(原作:大塚英志、作画:田島昭宇)と『ドロヘドロ』(林田球)。

「どちらもグロテスクな表現が多いです(笑)。でも、ストーリーはミステリーの要素が強くてすごく想像を掻き立てられるし、人間ドラマとしても魅力的なんですよ」

 2編目の「ぐちゃぐちゃなんだよ」ではグロテスクな表現も解禁している。3編目の「規格青年」と4編目の「規格青年─潮井いたみくんの愛した世界」はグロテスクさに加え、宗教性も上乗せされた。〈潮井いたみくんは悪魔です〉。「わたし」が小学校で出会い、高校で再会したいじめっ子の少年との関係を辿る物語だ。

「いたみくんは、“もしも現実に人間の姿をした神様がいたら?”とイメージして作り出した存在です。いい人ではないんじゃないかな、と思ったんです(笑)。もともと、宗教というテーマには興味がありました。太宰治の『駈込み訴え』という小説を読んだことも大きかったです。裏切り者のユダが主人公なんですが、イエスのことをものすごく愛していると言いつつ、ものすごく憎んでいる心情が描かれているんですよ。愛と憎しみは表裏一体で、すごく近い。憎しみを書くことによって、愛も書いている部分があるんじゃないかと思っています」

 神様と人間の戦いは、ぐちゃみどろの展開を迎える。刃がきらめき、肉体が切り裂かれる瞬間、流れ出すのは血だけではない。

「血の形をしてはいるんですけれども、もっと内面的なものというか、思念みたいなのが交じっているように思います。その人が心の一番奥に隠しているものが出てくる、というか。きっといたみくんの存在は、主人公にとって自分自身を自覚させる、自分と向き合うために必要だった。刺すだとかえぐるだとか、グロテスクで暴力的な手段を描きながら、人間が自己を発散させる瞬間を描いているような気がします」

 意外な展開が連鎖する物語は、聖書からの引用とその解釈で幕を閉じる。〈なにかを得て、なにかを知り、それによりなにかを失ったとしても、信仰と希望と愛だけは残る。そのうち最も大いなるものは愛〉。

自分自身について語らないことも愛

 同じ引用から、表題作に当たる第5編「愛の言い換え」は幕を開ける。

「アイドルをやめて初めて書いた小説でした。『規格青年』の結末を出発点に、愛と信仰の関係についてもっと考えてみようと思ったんです」

 冴えない女子大生の深川要が、気まぐれで足を踏み入れた教会で、一つ年上の大学生・清水貴之と出会う。優しく理想的な彼は、神父を目指して勉強していた。要は激しい恋心を抱くが……。純愛路線かと思いきや、コメディ要素が突然顔を出すから油断ならない。続く第6編「蹲踞あ」は、歪んだ恋愛物語。しかしこの歪みは、誰しも身に覚えがあるものだ。

「自分はずっと愛の話を書いているんだと思います。愛ってどういうものなんだろうということをずっとずっと、小説を書きながら考えている」

 愛とはこういうもの、いや、やっぱりこういうもの……。渡邊璃生にとって小説を書くことは、愛を「言い換え」ることなのだ。

 最終第7編「ダイバー」はSF的な世界の中で、奇妙な同居生活を続ける新と蒼介の関係が綴られる。ここにあるものも、愛だ。

「古いガソリンを飲む職業の男が出てくる話を、ずっと書きたいと思っていたんです。舞台設定とかオチがなかなか思い浮かばなかったんですが、シナリオアートさんというバンドの『ホワイトレインコートマン』という楽曲を聞いて、“ヒーローもので書いてみよう!”と。例えば仮面ライダーって、自分の正体を隠していて大事な人にも絶対に言わないですよね。〝なんで傷だらけで帰ってくるの?〟と聞かれても、心配させるのがイヤだから答えないところに、自分の中ですごく美しいものを感じていたんです。他の作品の愛の形とはまた違う、友愛のお話になったのかなと思っています」

 物語の背景をあえて詳しく書かず、読み手に想像させる。第1編のトライアルが、より充実した形で表現されている。この一冊の中に、作家自身の成長も書き込まれているのだ。となると……次回作が楽しみでしょうがなくなる。

「次は長編で、ミステリー要素の強いものを書いてみたいです。でも、きっとまた、愛の話になるんじゃないかなと思うんです」

取材・文=吉田大助 写真:干川 修 ヘアメイク=石川ユウキ(Three PEACE)

 

『愛の言い換え』

『愛の言い換え』
渡邊璃生 KADOKAWA 1500円(税別) 時間を超える少年と先生。母に似て愚かしい女を殺してしまったぼく。悪魔のいたみくんと出会ってしまった人々。信仰にも似た恋を始めた女子大生。恋する相手が毎夜、おかしな習慣に勤しんでいたらどうする? 同居相手が変身ヒーローだったらどうするか……。7通りの「愛」の形を描いたデビュー短編集。