「今月のプラチナ本」は、彩瀬まる『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』

今月のプラチナ本

公開日:2020/7/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』

●あらすじ●

彼女の大好物は“初恋の彼”との思い出の品である枝豆パン。病に倒れた父の友人が、かつて作ってくれた鶏とカブのシチュー。会社の同僚と不倫したホテルで食べたミックスピザ……。“あのひと口”の記憶が紡ぐ、ほろ苦くも心に染み入る6つの食べものがたり。辛く苦しい日々の中で、“おいしい”が、きっとあなたの力になる――。

あやせ・まる●1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で、第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞し、デビュー。16年『やがて海へと届く』で第38回野間文芸新人賞候補に。17年『くちなし』で第158回直木賞候補に選出され、18年には同作で第5回高校生直木賞を受賞。その他の著書には『さいはての家』『森があふれる』『珠玉』『不在』など。

『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』書影

彩瀬まる
祥伝社 1400円(税別)
写真=首藤幹夫
advertisement

編集部寸評

 

鍋を抱いて眠り、目が覚めたら

不思議なタイトルだ。鍋を抱いて眠る? それは通常の食事の風景ではない。そしてどの短編も、単純に「食べて満たされる」物語とは異なる。たとえば「かなしい食べもの」の灯は、「少しでも楽になる」ためのパンを食べることをやめようとする。「もう、だいじょうぶかもしれない」と言いながら「彼女は笑っていた。持ち上げられた口角がほんの一瞬、ふるりとひくつく」。どの登場人物も、もう大丈夫、という状態にはならない。不穏さを残して、しかし新たな明日を求めて眠るのだ。

関口靖彦 本誌編集長。「ミックスミックスピザ」がいちばん沁みた。「荷は増え続けるだろう。それでも、二人で行く」。大の大人が震えて眠り、朝が来る。

 

栄養がつまった、おいしい6編

6編からなる〝食べものがたり〟。食べものが出てくる作品は、もちろんおいしそうな食事の描写も魅力的だけど、食べものが体や心の栄養になっていく様を感じられるのが好きだ。今作の一編「シュークリームタワーで待ち合わせ」の中に、「毎日毎日、生きたいと消えたいの境界をさまよいながら箸を使う友人の口を、食の誘惑でこじ開ける」という一文がある。まさに食べものが持つ生命力を端的に表していて、ぐぐっと引きつけられた。疲れたときや悲しいとき、おいしいごはんは正義!

鎌野静華 先日、妹が具合が悪いというので、キルシュの効いた大きなチョコケーキを差し入れたら、ペロリと平らげすぐさま元気になった。食は偉大なり。

 

刺盛りと生魚ミックス

板前の目線で綴られた「大きな鍋の歌」。病床の友人・万田の元を訪ねる松っちゃんは腕のある職人だが、妻や娘には鈍感の烙印を押されてきた。しかし、だからこそ彼は魚をうまく捌けるのだと万田は言う。皮肉にもその万田が味覚を狂わせるも無自覚で、ショックを受けるのは松っちゃん。家庭では鈍感と評されながら、職人としては繊細に生きているのだ。『美味しんぼ』の海原雄山は美食を崇め横暴な振る舞いをするが、彼のような憎まれ役を彩瀬さんが描いたらどうなるか、興味が湧いた。

川戸崇央 整骨院のお兄さんからマンガを借りる日々が続いている。数えたら一カ月で約40冊。治療を受けながら読んできたマンガの感想を伝えほぐされる日々。

 

食べられたら、生きていける

「シュークリームタワーで待ち合わせ」が好きだ。息子を亡くした友人のために料理する夜子。友人が食後もらしたこのセリフ。「食べるってすごい」「すごくて、こわいね」「生きたくなっちゃう」。どれだけメンタルがやられても、何かを食べて味を感じられたら、ああ私生きていけるんだな、と思える。続く次の章の「大きな鍋の歌」では、食べられなくなる友人を見守る物語だ。食事ができなくなるのは、生きられないことだ。大切な人に料理をつくるように、全編登場人物の目線が温かい。

村井有紀子 『弱虫ペダル』の特集、キンプリの永瀬さん(気さくさもありつつなんて礼儀正しい方なんだろうと驚いた)と渡辺先生の対談、大盛り上がりでした!

 

食べて、食べさせて、食べさせられて

わが子を亡くして「生きたいと消えたいの境界」をさまよう友人に、食事を作り続ける女の話がある。友人に食べさせながら彼女は思う。「これであなたは、明日も死ねない」。食べさせたい。生きさせたい。その衝動はなんなのだろう。善意か、友情か、それとも誰かの生に関与したいという欲望か。家族という制度を厭い、私はいらないと言いながら、友人に食べさせる彼女はどこか切実だ。食わずには生きてゆけない私たちはまた、誰かを食わせずにも生きられないのかもしれない。

西條弓子 「食わずには生きてゆけない」は本書を読んでなぜか思い出した石垣りんの「くらし」から。小学生のときこの詩を読んで、人生にびびっていたなあ。

 

「私の好物をきっと二人は知らない」

​自粛期間中、慣れない自炊を続けてつくづく思った。誰かの作った料理が食べたい! 6編の登場人物たちはみな、人の手によるご飯を食べることで、いまの自分を見つめ直していく。周りに求められ​​る役割から解放されて、ただ食べることに向き合うとき、生きている体を実感できる。口にするのが、友達が自分のために作ってくれたスープだったら最高だけど、安いホテルのミックスピザだっていい。食べたところで何も解決しなくても、リセットされることで踏み出せる一歩が見えてくる。

三村遼子 本誌P188から紹介されている映画『弱虫ペダル』のノベライズ版が、角川文庫より7月16日に発売されます。公開前にいち早く見どころをチェック!

 

恋しいあの味と思い出

〝あのひと口〟の記憶が紡ぐ本書を読むと、自身の思い出の品も自然と浮かび上がってくる。私にとってそれは〝自家製の梅ジュース〟。初夏と言えばあの味だった。収穫のため庭の梅の木に登っては、蛙に驚き木から落ちそうになり、下で見守る祖父母はハラハラしていたり……。思い出の品からひもとかれていく記憶は温かく、どこか切ない。それはきっと二度と味わうことができない過去になってしまったからだろう。久しく口にしていないあの味が、そこにあった笑顔がひどく恋しくなった。

前田 萌 食への興味関心が薄すぎて、きちんとした食事を取ると友人たちに褒められるようになりました。食べることは生きること……。しっかり反省します。

 

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif