「生駒RHEBGATEの須藤店長」/他がままに生かされてスピンオフ企画「僕を生かしてくれた人たち」
公開日:2021/3/12
山中拓也初著書『他がままに生かされて』の刊行を記念した特別短期連載。2月は4回にわたり、本書から抜粋したエッセイを配信してきた。 3月からは本書のスピンオフ企画「僕を生かしてくれた人たち」を本連載限定で公開!書籍に掲載しきれなかった、山中拓也の恩人たちを紹介していく。

僕が奈良で一番最初にライブをしようと思った場所、それが生駒RHEBGATEだった。そこで店長をしていたのが須藤さん。「世界最狭のLive House」というキャッチフレーズそのものの、とても小さなライブハウスだ。
初めてライブをしたときに、須藤さんから言われたのは「もっと練習しなさい」とか「楽しいだけじゃバンドは続かないから」ってことだった。当時の僕としては「ただのライブハウスの人になんでこんなボロクソ言われなあかんねん。てか、なんで標準語なん?気持ち悪っ」と思っていた。なんて失礼な第一印象(笑)。
週1でライブをするようになってからも、毎回アドバイスをくれるような関係性が当たり前になって、今ではあの時間があったから自分たちの音楽性と向き合えたんだろうと思っている。

大学に入学してから、一人暮らしをすることになったときにも僕は須藤さんに助けてもらった。「バイトしないと生活できやんのやけど、ここってバイト募集しとる?」と聞いてみると、「拓也くんだったらいいよ」とすぐに返事をくれた。正直、大学の頃に働かせてもらえなかったら、僕は就職活動かバンドかという2択を迫られた時に、バンドという道を選べなかったかもしれない。

働きはじめてから徐々に須藤さんと、将来についてどうやって進んでいくか、という深い話をするまでになって、僕は何の根拠もなかったけど「絶対にオリコン1位取るから!」「大阪城ホール埋めたるわ!」と夢を言葉にするようになった。
その時にしたもう一つの約束。「武道館にも絶対行くから、その時には交通費を自分で払って見に来てな(笑)。ここで助けてもらった恩返し、絶対するから」
2017年、僕たちは武道館ライブを達成。須藤さんも約束どおり、交通費を自費で払って、僕たちのライブを見に来てくれた。僕の夢は僕だけが見ていたものじゃない。約束をした人たちと一緒に見た夢だった。
思えば、須藤さんに語ってきたことは僕の中でひとつずつ叶えられているような気がしている。きっと言葉に出すことで、自らにプレッシャーをかけて「この人の前で約束したんだからもう進むしかない」という気持ちが働いているんだろう。月並みな言い方にはなってしまうが、音楽について語り合ったファミリーのような人に自分の意志を伝えたことは、僕の背中を押してくれた。
書籍の撮影でも生駒RHEBGATEに立ち寄ったのだが、あの時となにも変わらない様子で気軽に話しかけてくれる。僕が奈良に帰ってきたな、と思える大事な場所だ。
