探偵役は読者のあなた!『コナン』好きも必見!? ミステリ入門にうってつけの犯人当てアンソロジー
公開日:2021/3/28

『あなたも名探偵』(東京創元社)はその書名の通り、様々な事件の犯人を読者が推理する小説のアンソロジーだ。事件にまつわる事実関係や状況証拠がひととおり提示されたのち、〈謎を解く手掛かりはすべて揃いました。さて、犯人は誰か?〉という一文が記される。読者はここで一旦立ち止まり、探偵気分で事件の真相に迫るという構成だ。
小説を提供しているのは、市川憂人、米澤穂信、東川篤哉、麻耶雄嵩、法月綸太郎、白井智之という、ミステリ界隈では名の通った実力派ばかり。収録された短編は作風や設定も異なるが、意想外のトリックに驚愕させられるという点では共通している。
DVがキーワードになる重苦しい設定の「赤鉛筆は要らない」、完璧なはずのアリバイが最後の最後に崩れる「アリバイのある容疑者たち」、大学生の旅行に探偵きどりが紛れ込む「紅葉の錦」、オカルトチックな設定の「心理的瑕疵あり」など、殺人事件が多く扱われているのが特徴だ。
だが、筆者が最も惹きこまれたのは、高校の新聞部を舞台にした米澤穂信の「伯林のあげぱんの謎」。殺人とは無縁の牧歌的とも言える小説だ。高校の新聞部員が甘いジャムを挿んだ揚げパンを一斉に食べるのだが、その中にひとつだけ途轍もない辛さのタバスコが含まれている。さて、これを食べたのは誰か? という筋立てだ。オフビート気味な文体は、ライトノベル寄りの作品も発表してきた米澤ならではのもの。他の収録作に比べていい塩梅に肩の力が抜けており、残酷な描写も一切ない。それでいて謎解きのロジックの巧みさは群を抜いている。
謎解きに必要なのは、徹底的な観察と論理的思考、果て無き想像力だろう。これらを駆使して犯人を特定する行為は、小説の向こう側にいる作者とのちょっとした知恵比べだ。あるいは高度な知的遊戯と言ってもいいかもしれない。
問題を解決するくだりでは「誰が? どうやって? なぜ?」その行為に至ったかという3つの謎が解かれてゆく。それを事前に予想するのは、正直、かなり難易度が高い。だが、ただ単に犯人をいい当てるだけが本書の愉しみではない。犯人を当てられないならばいっそ、第三者的な立場でことのゆくえを観察するのもアリ。かく言う筆者もひとつも当てられず、そうしたスタンスで本書を通読した。
6篇に共通するのは、筋立てがかなりシンプルで、文体もリーダビリティが高いという点。謎が解かれてゆくプロセスこそが重要なので、ストーリーや文体はシンプルなほうがいい。これは虚心坦懐に謎解きに没頭するための作家の配慮なのだろう。
これまでミステリに縁がなかったという読者でも、この犯人当てには既視感があるのではないか。『古畑任三郎』や『名探偵コナン』、『金田一少年の事件簿』も一種の犯人当てであり、知らず知らずのうちにその愉しさを覚えた人も多いはず。だからこそ、オーソドックスな犯人当てに的を絞った本作は、ミステリ入門作としてもうってつけだろう。
文=土佐有明
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