「今月のプラチナ本」は、岸政彦『リリアン』
公開日:2021/4/6

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
『リリアン』
●あらすじ●
大阪でジャズベーシストとして生計を立てる男と、場末のバーで働く年上の女。なんとなく始まった関係は、他愛もない会話でなんとなく繋がっていく。だが一緒に暮らそうという男に女は……。表題作「リリアン」の他、生まれる前に亡くなった姉との会話を続ける女性を描いた「大阪の西は全部海」を収録した、哀愁漂う都市小説集。
きし・まさひこ●1967年生まれ。社会学者・作家。『断片的なものの社会学』(朝日出版社)で紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞。『ビニール傘』(新潮社)で第156回芥川賞候補・第30回三島賞候補に、『図書室』(新潮社)で第32回三島賞候補となる。著書に『同化と他者化︱戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)、『街の人生』(勁草書房)、『マンゴーと手榴弾︱生活史の理論』(勁草書房)、『地元を生きる︱沖縄的共同性の社会学』(ナカニシヤ出版・共著)など。
編集部寸評
言葉と、音と、光が、ただただ降り積もる
ここには起承転結も、ハッピーエンドもバッドエンドもない。あるのは海と夜。ぼんやりと広がるその中に、断片的な言葉と、音と、光とが、砂粒のように積もっていく。小さなバーや、深夜のコンビニや、静かな展望台の上で、交わされる会話、目に映るもの。とくに美しくもない、しかし人の体温が感じられる光景。本書を読んでいると、自分の中にうずもれていた些細な記憶が、ふわりふわりと浮かび上がり、また沈んでいく。「自由で寂しい」大人のための、スノードームのような小説だ。
関口靖彦 本誌編集長。関東で生まれ育ったので、本書の関西弁に憧れる。関西弁の会話は、結論を求めず、互いの輪郭をやさしくなぞり合うように聞こえる。
ただ、雰囲気に浸りたい
大阪の夜の街なんて、私には馴染みがないのに、なんだか知っているような気になってしまう小説。人の温度が適度に感じられて、でも寂しくて、息苦しいような気分から抜け出せないまま、読み終わった。特にジャズミュージシャンたちが、ゆるりと悩むさまが印象的。音楽を生業とすることができた人たちが、この中途半端なままでいいのか?と、いったりきたり。もういい大人だし、生活できているのに、贅沢な悩みでもある。「優しいやつは、役に立たんのや」という言葉が切ない。
鎌野静華 年末から3月頭まで近年稀に見る仕事量。終わった!と思ったら起き上がれないほど体にダメージ。それが3日も4日も続く。これが老化……!
読まされるのではなく、読む
『新潮』で読んでから、ずっと腹の底に残っていた作品。装丁も楽しみだったが、過去作同様そこにはやはり人影がない。そして本を開けば、ストーリーやセリフ以上に、この著者の作品を「読んだ」という事実が強く残る。ただひたすらに一人の読者になって、誰かの目線を享受することが許される小説って意外とないと思う(だからか、自分がいつどんな場所でどんな体勢で岸さんの作品を読んだのかをはっきりと思い出せる)。読みながら、まだ見ぬ水面が脳裏に浮かぶ。本当に得難い小説。
川戸崇央 父親と一緒に禁煙することにした。身近なスモーカーたちの顔色が気がかりだったが理由を話したら受け入れてくれ、すんなり終焉。はや一カ月。
結局みんな、そうやんなあ
関西出身なのに東京にいると関西弁が出なくなる。それは、嘘の自分だと思う。岸さんの小説を読む度、関西弁のあの感覚を知る私はラッキーだなぁと感じる。「暖かい布団で、一緒に寝るひとがいたらええねんけどなあ」。ほんまにそう。でも、主人公と美沙さんも結局そうやんなあ。本気で話しているくせに結局笑いにしちゃう大阪の人たちの愛おしさや、新宿より断然ネオンは少ないあのふわっとした夜の風を思い出しては、息するように関西弁で、誰かととりとめなくしゃべりたくなった。
村井有紀子 中村倫也さん初エッセイ集『THE やんごとなき雑談』大好評発売中。ゲラで一気読みしたとき、これまでの連載を思い出しては泣いてもた(関西弁)。
「優しいやつは、役に立たんのや」
書きたいことが多すぎて寸評など無理。とりあえず読んでる途中に7回は泣いた。「音って、もう生まれる前から決まってるねん。だいたいはもう、音の組み合わせや順番は、もう決まってんねん」「そうなん」「そうなん。もうな、俺ができることって、何にもないねん」もう抜き書きしながら泣きそう……。まったく使い道のない、しかしきれいでかわいらしい紐を生み出すリリアンみたいに、人と言葉が絡み合い、さみしく優しい刹那がつながって、それがあんまりきれいで泣いてしまう。
西條弓子 小学生の頃リリアンに挑んだことがあるが、なぜか私がやると不気味な紐が出てきて、この先ちゃんと生きていけるだろうかと絶望した記憶が……。
物語になる前の人生
音楽だけで食べていけるくらいのジャズベーシストの男と、場末のバーで働く年上の女が交わすカギカッコのない会話は、自他の境界が溶けていて、盗み聞きしてしまったような感覚に陥る。ふたりの間では、人間が生まれるずっと前から、心地のいいコード進行は決まっているのだと、くり返し語られる。同様に聞き手がいなくたって、それぞれの人生は存在している。それでも、音楽を必要とするのと同じくらいの切実さで、自分以外の物語の中に拠り所を見つけたいと思ってしまうのだ。
三村遼子 今号でダ・ヴィンチ編集部を離れることになりました。素敵な作品とたくさん巡り合えた2年間でした。お世話になった皆様ありがとうございました!
大阪で響き合う音
表題作の主人公は大阪の街外れで暮らすジャズベーシストの「俺」。彼の視点で紡がれる物語は、大阪で生きる人々の人生の断片を映し出す。変わりゆく街並み、生業とする音楽への想い、リリアンを編んでいた〝あの子〟との記憶、それぞれが抱える後悔……。劇的な何かが起きるわけではないけれど、そこには確かな人生があって、些細な出来事の連なりや綻びが〝今〟を作り上げていることに気づかされる。大阪という町で生きる人々の息遣いが、響き合う音がつぶさに聞こえてくる。
前田 萌 子犬を迎えました。集中力が続かないのか、おもちゃで遊んでいたかと思えば、走り回ったり、急に寝始めたり……。成長を見守りたいと思います。
哀しく揺らめく、大阪の都市を漂って
「ひとりで家を出て飲みにいくとき、誰もいない浜辺でシュノーケルをつけて、ゆっくりと海に入っていくときの感じに似てるといつも思う」。この冒頭の一文を読んだ瞬間から、周りの景色が様相を変える。こんな美しい世界の見え方があるのかと、衝撃を受けた。白黒のつかない思いを抱えつつ生きる人々と、それを丸ごと飲み込む静かで大きな都市は、言われてみればまさに海のようだ。哀しくも美しいその景色に、改めて「言葉」が連れて行ってくれる世界の果てしなさを感じた。
井上佳那子 読み始めるとものの10分で寝てしまうため、数カ月間ずっと読み続けている本があります。いつになったらこの魔境を抜けられるのでしょうか。
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