HYDEさん/他がままに生かされてスピンオフ企画「僕を生かしてくれた人たち」
公開日:2021/5/7
山中拓也初著書『他がままに生かされて』の刊行を記念した特別短期連載。2月は4回にわたり、本書から抜粋したエッセイを配信してきた。 3月からは本書のスピンオフ企画「僕を生かしてくれた人たち」を本連載限定で公開!書籍に掲載しきれなかった、山中拓也の恩人たちを紹介していく。

L’Arc〜en〜Cielのボーカル、HYDEさんのことを知ったのは、小学生の頃だった。当時、「HYDEさんって本当にこの世の中にいるんだろうか」って思っていた。CDを聴けば確かにHYDEさんの歌声は流れるけど、どんな生活をしているのか、なにを好む人なのかは全く分からない。神様のように大きな存在で、つかみどころのない感覚しかなかったけど、憧れという気持ちひとつで追いかけていた。
初めてHYDEさんと会話したのは、「HALLOWEEN PARTY」というHYDEさん主催のライブイベントだった。「話しかけにくそうな人なんやろうか」「ロックミュージシャンっぽい独特の雰囲気があるんやろうか」なんて勝手に想像していたが、意外にも物腰が柔らかく、関西の優しいお兄さんという印象だった。性格も温厚。もしかしたらアツい話は好きじゃないのかもしれないと思って、話題を避けたのを覚えている。
「今度ライブするから見においでよ」と言われたときは、ただただ嬉しかった。憧れの人が、僕をライブに誘ってくれている。まるで夢でも見ているようだった。
ライブ当日、行けるだけで嬉しかった。最高のライブを見たあとで、僕はHYDEさんにお礼を伝えるために楽屋を訪れた。そのときだ、「拓也、このあと時間あるなら飲みに行かない?」と誘われたのは。そのままHYDEさんの車に乗り、打ち上げ会場へ。
緊張しすぎた僕は、落ち着くためにお酒を飲みまくることにしたのだが、あれだけ気をつけていたアツい話を、酔った勢いでHYDEさんにしてしまうことに…。「僕はHYDEさんに憧れてバンドを始めたんです」とか、「だからここまで頑張ってこれた」とか、「ラルクが築いた黄金時代を抜くためにはどうすればいいのか分からない」なんてことまで。
そんな酔っぱらいの話を、HYDEさんは初めて会ったときの柔らかい表情のまま「拓也は良い曲を書いてるよ。もし困ったことがあったら、力になるためになんでもするよ」と、語りかけてくれた。
その言葉を聞いたとき、僕の中で神格化されていたHYDEさんが“ひとりの人間”として感じることができた。
そして何より言葉の力というものを感じずにはいられなかった。HYDEさんといつか一緒に共演したいという夢も、ずっと言葉にしてきたことだ。だからこそチャンスが巡ってきたんじゃないだろうか。言葉にして自分に聞かせることで、その目標へ進もうと無意識に思えるんじゃないだろうか。
ある日、テレビ番組でHYDEさんが「最近の推しているバンドは?」と聞かれたときに僕たちの名前を出してくれたことも本当に嬉しかった。後日、HYDEさんから言われた言葉がある。「いつか共演したいですって言ってくれる子はたくさんいる。だけど、拓也は本当にここまで来てくれた。その努力はすごいことだよ」
もちろん、HYDEさんと共演したいという夢以外にも、たくさんの夢を追いかけてきた。でも、実際に言葉にして残して叶ったとき、夢を達成するために努力することは無駄じゃないし、その気持ちがあったからここまでこれたんだという感情に包まれた。
だから、僕はこれからも夢を語る。それが夢を叶える原動力になることを知っているから。