安倍晴明、源頼光も登場!「酒呑童子伝説」が題材の迫真の人間ドラマ! 直木賞候補作を名手がコミック化した『童の神』の見どころは?
公開日:2021/7/13

歴史時代小説の新星・今村翔吾の直木賞候補作『童の神』が深谷陽により漫画化され、このほど1・2巻が双葉社より同時発売された。歴史小説というと戦国時代や幕末をイメージしがちだが、本作の舞台は平安時代、しかも「酒呑童子伝説」を題材にしている。鬼の伝説ということは、魑魅魍魎が跋扈する伝奇ストーリーかと思いきや、これが迫真の人間ドラマなのである。
「鬼、土蜘蛛、犬神」とは妖怪の類のことだが、本作におけるそれらは京から見た辺境の部族を指す。タイトルにある「童」にしても幼子のことではなく、下僕として虐げられた人々の呼称であり、『童の神』は、朝廷という巨大な敵に挑み続けた童たちの闘争の物語なのだ。
登場人物が魅力的! まるで “平安オールスター”
本作の面白いところは、安倍晴明、平将門の娘・皐月(滝夜叉)、源頼光、坂田金時、盗賊・袴垂など、平安オールスターとでもいった面々が登場すること。源頼光や坂田金時はよく知らない……という人もいるかもしれない。源頼光とは、大江山の酒呑童子を討伐した平安時代のヒーローであり、坂田金時は頼光四天王の一人で、足柄山の金太郎伝説のモデルになった豪傑だ。
源頼光が活躍した「大江山の酒呑童子伝説」をモチーフにしているわけだが、本作の主人公は頼光ではない。往々にして今に残る歴史や伝説は、勝者となった時の権力によって作られたものであって、それこそ敗者は鬼や悪党として物語の闇に葬られてしまう。しかし、討たれる側にも戦う意味や正義というものがあるはず。そこに光を当てることが本作の醍醐味なのだ。
ということは、酒呑童子が主人公になると考えられるわけだが、2巻の時点では、その名はまだ登場しない。主人公は桜暁丸(おうぎまる)という少年だ。類まれな美しい顔立ちと武人としての天賦の才を持ち、最悪の凶事とされた皆既日食の最中に生まれたことから「鬼若」と呼ばれている。亡くなった母は日本に漂着した異国の民であり、父は越後の郡司だった。しかし、朝廷に虐げられた「夷」の人々を助けようとしたことで、父は京の軍に討たれてしまった……。
胸アツの戦いのシーン!
剣の師匠である蓮茂が桜暁丸を京に逃すのだが、かつて安和の変という反乱があり、蓮茂は京人と戦った「土蜘蛛」の残党だった。この戦の名目が「鬼、土蜘蛛、夷」として虐げられた人々を朝廷に認めさせる「天下和同」である。随所で描かれる戦いのシーンは、歴史物らしく武人同士の合戦なのだが、スピリット的には、差別と搾取に抗う革命闘争さながらだ。天下統一や武士の誇りといった理由ではなく、人間の尊厳を懸けた戦いだけに胸が熱くなる。
父を殺されたことで貴族に憎しみを抱く桜暁丸は、やがて検非違使や武官ばかりを狙って金品を奪う凶賊「花天狗」として京で暗躍するように。その際の問答が「金を出せ」ではなく、「金を返せ。返さぬとあらば(刀を)抜け」である。ここに搾取する支配者層から奪い返すのだという桜暁丸の言い分がある。その根底にあるのが、反・貴族の精神だ。
今後、どんなふうに桜暁丸が酒呑童子へと変貌を遂げ、京をおびやかす存在となっていくのか興味は尽きない。原作を楽しむのはもちろんのこと、漫画ならではの展開の妙と壮大なスケールを堪能できる作品だ。なお、続く3巻は2021年9月発売予定とのこと。今から楽しみだ。
文=大寺明