歌手活動5周年イヤーを機に、改めて気づいた「表現者としての自分」――東山奈央『あの日のことば / Growing』インタビュー(後編)

アニメ

公開日:2022/6/17

東山奈央

 2017年2月1日に1stシングル「True Destiny / Chain the world」で歌手デビューをした声優・東山奈央が、歌手活動5周年イヤーを迎えている。その5周年を記念するプロジェクトの第3弾としてリリースしたのが、TVアニメ『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』第3期オープニングテーマ、『勇者、辞めます』エンディングテーマ2作品の主題歌を含むダブルタイアップにして6枚目のシングル、『あの日のことば / Growing』(6月8日発売)だ。しなやかな包容力を感じさせる“あの日のことば”、自身を重ね合わせたという“ Growing”に加え、全編英語詞に挑戦したインパクト十分の“de messiah”など4曲の新曲が、仕様違いのシングルで堪能できる。いずれも、これまで多くの驚きを聴き手に与えてきた東山奈央の音楽活動の真髄が詰まった力作である。この『あの日のことば / Growing』リリースを機に、ロング・インタビューを実施。前後編でお届けしたい。後編では、“de messiah”の背景と、5周年イヤーを通して実感する表現者としての自身のありようについて、話を聞いた。


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(“de messiah”は)救いを求めている、希望を探している曲だというところに、すごく胸が締めつけられました

――前編では4曲中3曲についてお話を聞いてきましたが、“de messiah”をあえて最後に持ってきました(笑)。

東山:持ってきちゃいましたね(笑)。いかがでしたか?

――いやもう、衝撃ですよね。シンプルに「これはなんですか?」と聞きたくて(笑)。

東山:わたしも初めて音源を聴いたときは「何事だあ!」みたいな(笑)、すごく驚きましたね。普段、ソロ活動をしているときに「次は皆さんにどうやって驚いてもらおうかな、どういう角度から面白いことをしていこうかな」と考えるのですが、そういったときに「前はこれをやってみんなが喜んでくれたから、この感じをさらに越えよう!」じゃなくて、ぜんぜん別の方向から玉が飛んでくるような取り組みをしたいと思っているんですよね。いろんな角度で「次は、こうくるんだ?」って驚いてもらえたらいいなと思っていて、「だけど、次は何があるんだろう? わたしにはどんなチャレンジが残されているんだろう?」って考えていたときに、ディレクターさんが提案してくださったんです。いつか全部英語詞の曲も歌ってみたいというのはうっすら思ってはいたのですが、本当にうっすらだったので(笑)、今回『勇者、辞めます』という作品が急展開を迎えるということで、それを表現するのにピッタリな楽曲だったので、いいタイミングでいい機会にめぐりあうことができました。

――ディレクターさんからはどういう意図で提案があったんですか?

東山:TVアニメ『勇者、辞めます』は世界を救った勇者がまさかの魔王軍に就職して崩壊寸前の魔王城を立て直す、というお話なんです。物語の前半は四天王のウィークポイントを克服するコミカルで前向きなお話となっています。ただ、詳しくはアニメを見ていただきたいのでここではお話できませんが後半からは前半と打って変わって物語がシリアスな方向へ急展開していきます。その展開に合わせてエンディングテーマを変えるお話をディレクターさんが監督へ提案されていたようで、いっそのことエンドロールを見るまで「東山奈央」が歌っていると分からないような驚きを与える楽曲を作ろうということになったそうなんですね。

 エンディング曲が切り替わること自体も視聴者の皆さんにとってはサプライズで、「何が始まったんだ?」ってなると思うんですけど、実は“Growing”と同じくわたしが歌ってました、というのも衝撃になってくれたらいいなって。面白いなと思ったのは、主人公の勇者は最初とても明るく振る舞っていて、みんなから頼られる勇者だったわけなんですけど、本当は「早く消えてしまいたい、誰か助けてくれ」という悲痛な願いがあって。その二面性を勇者役の小野賢章さんがおひとりで演じられているわけですけど、わたしも東山奈央として歌というアプローチでその明暗を表現する――前半と後半で歌手を変えるのではなく、ひとりの歌手が勇者の二律背反の気持ちを歌い分けていく、という試みがいいなって思いました。

――なるほど。レコーディングとしてはどうでしたか?

東山:そうですね、こういった洋楽サウンドの楽曲は今まで歌ったことがなかったですし、普段の生活でもあまり触れてこなかったもので、「あれ? 一体どう歌ったらいいんだろう?」という難しさはありました。印象に残っているのは、レコーディングのときにとても破滅的な気持ちになっちゃったんですね。レコーディングをしていると、常に思い入れが大きくなっちゃうタイプの人なので――おわかりだと思うんですけど(笑)。

――はい(笑)。

東山:レコーディングをしていて「壁にぶつかってしまった」ときに、落ち込んだり暗い気持ちになってしまったりすることは今までもありましたけど、 “de messiah”のときはちょっと……あんまり経験したことのない感じになってしまったんですよね。私自身の負の感情が異常に出てきてしまって。よく言えばトランス状態だったのかもしれないんですけど。たぶん、この曲に共鳴してしまって、普段ならないような破滅的な感情になっちゃったんだろうなと、いま振り返ると思うんです。歌詞に《♪I want to choose dying dying》という部分がありますけど、歌っている側の気持ちとしては、けっこう消耗するところはありますよね。

――“あの日のことば”の歌詞から涙が出てきたのとは、全然違う感情の動き方ですよね。

東山:そうですね。この5周年の記念のシングルとして、みんなが元気になれるような音楽を届けることがわたしにできることなんだ!と思って制作していたはずなのに、この楽曲ではまったく真逆の絶望を歌っているので(笑)、かなり異質な存在ではありますよね。ただこの“de messiah”は、曲の主人公は絶望してはいるけど、最後に《♪I’m a liar》って終わっていくんですね。1曲の中で、いかに自分が消えてしまいたいのかを訴えているのに、最後に「実は、嘘つきなんだ」と言ってる。「本当は誰かに助けてほしいんだ」って、1行言い残して終わっていくから、救いを求めている、希望を探している曲だというところに、すごく胸が締めつけられました。

――“de messiah”はインパクト十分な楽曲ですが、今回の新曲4曲はいろんな方向性を向いて、それぞれに対して力を尽くした楽曲なんだと思います。シングル全体として、東山さんの今後の音楽活動の中でどんなポジションを占める作品になったと思いますか。

東山:まだ答えは出せないかもしれないです。皆さんに届いてからやっと答えが出せると思うので。それを一番実感したのが、“歩いていこう!”というシングルを作ったときで、レコーディングのときにも「いい曲だな」と思っていたんですけど、リリースイベントで歌ったときに、目の前でみんながポロポロ涙を流しながら聴いてくれたんです。その後感想をもらったときに、自分が思っている以上にみんなが曲を解釈してくれていたり、みんなが曲の可能性を広げていってくれているんだなって思ったんです。音楽って、一緒に作っていくものなんだなって実感したので、現時点で今回のシングルは希望感があふれる楽曲たちだと思っていますし、“Growing”や“あの日のことば”は自分を重ね合わせることができる素晴らしい楽曲だと思っていますけど、さらにみんなと一緒に曲を育てていくことで、また違う景色が見えてきそうだなって思います。

“de messiah”は、YouTubeチャンネルでリアルアキバボーイズさんとコラボをして、ガッツリ一緒に踊らせていただきました。その中で、今までに挑戦したことのないタイプのダンスにも挑戦しています。 きっと“de messiah”は衝撃的な楽曲だったと思うんですけど、いつかライブでも見ごたえのあるナンバーに成長していくと思いますし、新しい刺激を皆さんにお届けできるんじゃないかと思います。

何をしていてもどこかで仕事のことを考えていても、全然日常が窮屈じゃなくて、それが表現との向き合い方になっている

――今、歌手活動の5周年イヤーなんですよね。

東山:はい、そうです。

――5周年イヤーをここまで走ってきて、東山さんにとってどういう時間になってますか。

東山:5周年イヤーは歌手デビュー日の2月1日からスタートしたんですが、5周年ということで5大企画を打ち出しています。このシングルは第3弾に当たるんですけれども、ここまでがすごく濃かったので、個人的には「この先どうなっちゃうのかな?」と思っています(笑)。わたし自身、いろいろこだわりたいタイプなので、5周年イヤーに費やす時間がどんどん増えていっちゃって。もっとよくしたいなっていうポイントに気がついちゃうと、もう止まらなくなってしまうが性(サガ)なんですが、その中で「あ、今、生きてるな」って感じています。「頑張ってるな、生きてるな」って。これまでも「いいものができたな」とも思いますし、それに付き合ってくださる皆さんもいてくれて――果敢に、一緒にチャレンジしてくださるスタッフの皆さんがいてくださるから、こういう活動ができていると思うので、引き続き頑張っていきたいと思います。

――5周年を経て、物事の感じ方や表現への向き合い方が深まったり、刷新されていったりする部分もあるんでしょうか。

東山:なんでしょう、でもあえて何かを変えていることもないし、大きく変わったなって思うこともなくて、わたし自身は自分が自分らしく過ごしてきた結果、こうなったという感じがあります。いつもワクワク顔で、「これをやりたい」「こういうこと思いついちゃった。できるかなあ」「これをやってる声優さんはあまり見たことないから、やったらみんな驚いてくれると思う。ワクワク」みたいな感じで提案をしています(笑)。それを、限りなく提案したものに近い形で実現してくださるので大感謝です。だからわたし自身は30歳になったことがターニングポイントで、大人になっていろんな知識を身につけて変わりました、という感じはあんまりないですね。

――30歳になったことも節目のひとつではあるとは思いますが、歌手活動5周年とともに、少し前には声優デビュー10周年もあったから、自分の歩みを振り返る、総括する機会は立て続けにあったじゃないですか。その中で、自分は何をしてきたか、何ができるのか、何がやりたいのかが出てくるだろうし、それらは目の前の表現にアウトプットするときに、何かしら影響があったりするのかな、と思うんですけども。

東山:ああ、それでいうと、わたしはお休みがあまりなくても大丈夫な人なんですが、表現者としては仕事だけじゃなくていろいろな趣味とか、仕事から離れたところから刺激を受けることで、人間的な魅力を上げていかなきゃいけないと思うので、「そういう時間もほしいな、お休みもいいかもな」と思えるようになった、という変化は訪れていますね。マネージャーさんは昔から仕事一辺倒のわたしに「仕事のための人生じゃないですからね」って言ってくれるんです。だけど、わたしとしては、別に仕事のための人生でもいいなって思うんです(笑)。もちろんそれ以外の時間があったらプラスアルファになるけど、仕事と人生が直結しても苦にならないんです。生きている時間が全部仕事に結びついていて、何をしていてもどこかで仕事のことを考えていても、全然日常が窮屈じゃなくて、それが表現との向き合い方になっているのかなって思います。その考え方は最近自覚したんですが、たぶん昔からずっとそうで、「声優になりたい」って思ったときからそうなんだと思うんです。ついつい仕事のこと考えちゃうからもうしょうがないし(笑)、それが変わらず今まで来てるんだなって思うし、これがわたしなんだって自覚しています。

――変化することで表現がよくなる人もいるけど、ブレないことでいい表現ができる人もいるんだと思います。東山さんの場合は、おそらく後者なんでしょうね。

東山:そうですね。表現自体は、常に変化し続けていかなきゃいけないと思います。ただ、表現を変化させることと、自分の軸を変化させることを混同してしまったらよくないだろうなって思います。何もかも変化させていかなきゃって思うと自分を見失ってしまうし、軸が変化してしまったらそれはもうわたしではなくなってしまうので。わたしらしくいろんな表現にチャレンジしていって、そのためには選択はいとわないし、いろんな方にアドバイスをいただきながら、柔軟に変化していけたらいいな、と思います。変わらないようでいて、変わるものもあって、みたいな感じです。

――「変化」を自分への肯定、否定でとらえると、「今の自分が何もできてないから」が変化のきっかけだとしたら、東山さんの場合それはあてはまらないと思うんですね。逆に、自分がやっていることに信念があるから、「変わらなきゃいけないんだ」ではないんだろうなって想像します。

東山:そうですね。自分のことは好きだし、出来ることも増えてきたという確信もあります、けど……。でもまだまだ自分に物足りないところはあるなあって感じています。だからこそ頑張れるし、もっと上手になりたいなって思います。今日お話しさせていただいたいろいろなことも、現時点ではひとつの正解かもしれないけど、もしかしたらもっと素敵な正解があるかも、と思って、世の中をいろいろ見て取り入れようって思っています。

――だからこそ進化していける部分もあるのかもしれないですね。いろいろな場面で振り返ることで、「自分が何であるか」をしっかり認識できている5周年イヤーでもあるという。

東山:そうですね、振り返る機会がとにかく多かったので。意外と、人間って変わらないんだな、とも思います。5周年の企画で、家族からコメントをもらう機会もあったんですが、お仕事でいろんな役にも恵まれて、歌手にもなって武道館にも立たせていただいて、波乱万丈な人生、ドラマチックな人生を歩んできたと自分では思っていたんですけど、それでもわたしはあまり変わらないんだなって思う昔話がいっぱい出てきたんです。わたしは最初からこういう人間だったのかっていう。

 意外と自分が感じている変化って、まわりから見ると些細なものなのかもしれなくて。飛行機から見下ろす街がミニチュアのように見えるけれども、ひとつひとつの窓の明かりの中ではいろいろなことが起きていたりするじゃないですか。だけど、飛行機から見下ろす街は、なんにも変化がないように見えるし、平然と時間が過ぎていく。そんなことを、飛行機に乗っているときに考えているんですけど(笑)。はたから見たらそんなに目立った変化ではなかったとしても、わたしにとっては大きいことだし、そういう感情の渦が表現になって、大きな水紋のよう広がりながら届いていって、皆さんの心が動いてくれたらいいなあ、素晴らしい心の体験になってくれたらいいなあ、と思います。

インタビュー前編はこちら

取材・文=清水大輔 撮影=GENKI(IIZUMI OFFICE)
スタイリング=下田 翼
ヘアメイク=田中裕子、江口かな子

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