やまじえびね×吉本ばなな。『女の子がいる場所は』&『かわいそうなミーナ』発売記念! 10年越しの初対面で語り合う「漫画」と「小説」のこと
公開日:2022/8/30

漫画家・やまじえびねさんの5年ぶりとなる新刊『女の子がいる場所は』と『かわいそうなミーナ』を読み、いち早く感想をTwitterに綴ったのは小説家の吉本ばななさんでした。2012年に書かれた吉本さんのブログの記事をきっかけに交流がはじまり、やまじさんの新刊が出るたびメールを交わしてきたおふたりの、意外な共通点も明らかになった初対談。《この人の絵で描かれると全てが瞑想のよう。だからこそ描かれている現実がまっすぐに入ってくる》と、吉本さんを唸らせた新作について、長く漫画を読み続けてきた吉本さんから見たやまじえびね作品の魅力や、それぞれに異なる、漫画と小説の生まれ方についてもお話をうかがいました。
(取材・文=鳥澤光、撮影=後藤利江)
やまじえびねさん(以下、やまじ):ばななさんとは、『鳥のように飛べるまで』という作品についてご感想をブログに書いていただいたのを読み、お礼のメールをお送りして、お返事をいただいたところからのお付き合いです。それがちょうど10年前のことでした。
吉本ばななさん(以下、吉本):そんなに経ちましたか!? ブログでは、《瞑想空間に入っていけるような、よき人々がよき人生のために歩んでいくような静かな世界》が好きだ、と書きましたが、やまじさんの作品はあの記事よりもっと前、かなり初期から読み続けていました。絵がものすごく好きで書店で手に取ったのが最初で、そこから絵がどんどん確立されて今の形に近くなっていく様子も覚えています。
やまじ:ありがとうございます。私は、学生時代にばななさんの卒業制作の原稿を読んだのが最初でした。
吉本:え! そうなんですか!?
やまじ:同じ大学の後輩なんです。ばななさんは私が大学4年生のときにデビューされたと思うんですが、卒業制作の「ムーンライト・シャドウ」の原稿が大学に残されているのを見本として見せてもらって。
吉本:やまじさんは、もちろん美術学科ですよね?
やまじ:いえ、私も文芸学科出身なんです。
吉本:そうでしたか! びっくり! 江古田で同じお店に通ったりしていたかもしれませんね(笑)。
やまじ:そこから数年おいて、『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』『哀しい予感』『TUGUMI』と立て続けに読みました。
吉本:今回出された『女の子がいる場所は』と『かわいそうなミーナ』は、それぞれ形や趣向は変わっても、やっぱり変わらない、やまじえびね作品としての安定感というか、熟練の技を堪能しました。
やまじ:ありがとうございます。『女の子がいる場所は』は、10歳の子どもたちを主人公にしたことで、今までになくいろいろな人に読んでもらえているようで嬉しいです。

国も宗教も文化も違う5か国の少女たちの日常を描いた作品集。それぞれに異なりながらも通底する「女の子だから」が浮かび上がる。
吉本:サウジアラビア、モロッコ、インド、日本とアフガニスタンの少女が出てきますが、日本の女の子が一番身近な存在だし、強調されてしまってもおかしくないのに、どの女の子も同じように愛おしく感じられる。平等の精神に胸を打たれました。モロッコのお話を読んで、「字が読めない」ということは、本が読めないとか日常の買い物が不便だとかではなくて、命に関わる、本当に危険なことなんだということにも初めて思いいたりました。
やまじ:作品を描く前にいろいろな本や資料を読み、リアリティを前面に出したいと考えた場面では、実際にあった出来事を基に描いています。ただし、事実をそのまま描くのではなく、どこかファンタジーを盛りこんだり、違った形を探ったり、自分なりの描き方をしたいというのはいつも考えていることです。

吉本:ひとりの人間が思いつくことなんてそんなには多くなくて、引き出しだって限られているけれど、それをすこしだけ地面から浮かせて抽象化することで、多くの人に届くものにしたいという思いは私も持っています。
やまじ:作家がなにかを見たり、考えたりしたうえで、そこから出てきたものを読みたいんですよね。
吉本:そうなんです。私の場合は、出来事よりも、そこで起こってくる気持ちや、もっというと潜在意識を描きたいというのもあって。『女の子がいる場所は』では、インドのお話が一番辛くて、でも一番心に残りました。インドには2回行ったことがあるのですが、決まったことは決まったこと、という問答無用の空気があって、実際にこういう境遇にある人がいるし、主人公の少女も、この状況からはこういうふうに切り替えるしかない。家出をするとか、親に離婚してもらうこともできない、その諦めのなかでどうやって将来を考えていけるか。本当にこれしかないんだなっていうのが沁みてくるようでした。
やまじ:ラストは悩んだのですが、これしかなかったですね。この女の子ももうすこし大きければ別の選択肢があるかもしれないけど、まだ10歳ですから、このお父さんのもとで生活するしかない。でも、状況をどう解釈するか、気持ちの持ちようや考え方でこうもなる、そうしてどうにか乗り切ろうよ、ということを伝えたかったんです。

吉本:心のなかで思っている大切なものが自分を救ってくれるというこの終わり方は、私にとってはすごくリアルで、心の置きどころというか希望の持ちどころが理解できるように思えました。一方の『かわいそうなミーナ』は、ミーナちゃんがすごく怖かった! 見えないはずのものが見えるようになっちゃう真っ黒なドリンクもすごいですよね(笑)。
やまじ:『かわいそうなミーナ』は、童話のような可愛い感じのお話にしたいなと思って描きました。

儚い生涯を終えた少女が幽霊となって現世を彷徨う表題作と、若き日の初恋を追想する青春文学『みずうみ』のコミカライズを収録。
吉本:一緒に入っている「みずうみ」は原作があるんですよね。
やまじ:はい。テオドール・シュトルムの短編を下敷きにしています。私はもともと小説に憧れがあって、言葉だけで世界を作っちゃうというのはすごいことだ! とずっと思っています。自分でも書いてみたいなと思うこともあるんですが、どうしてもアイデアが漫画として浮かんできてしまうので漫画を描いています。
吉本:私も漫画は大好きなんですが、小さい頃、5歳前だったと思うんですが、絵ではお姉ちゃんに敵わないから、自分は「字」だな、と決めちゃったんです。
やまじ:それはすごい!
吉本:どうしてそのふたつしか選択肢がないのかって今なら思いますけどね(笑)。ついこの間、子どものときに描いてた「おとなびなすびくん」っていう漫画が発掘されて、漫画家を目指さなくてよかったー! と改めて思ったところです。
やまじ:小説家の方にうかがってみたかったのですが、小説を書くときって、言葉が浮かんでくるんですか?
吉本:作家によるとは思いますが、私は映像ですね。
やまじ:映像として見えてきたものを言葉に置き換えるという感じですか?
吉本:はい。映画みたいなものが見えて、登場人物が着ている服やいる部屋なんかも見えているんですけど、それをただ書いていくと読む人が退屈してしまうので、省いたり、イメージだけ伝えたりして、解像度は下がってしまうけれどなんとか近づけよう、近づけなきゃって。いきづまると、出てくる人たちにインタビューするように「どうしてここでこうするの? こっちじゃないの?」なんてきいてみることもあります。
やまじ:対話ができるんですね。私は、覗き見というか……話の筋などは確かに自分が作っているんですけど、それとは別に、物語の世界でキャラクターが動いたり喋ったりしているのを覗き見て、写し取るという感じです。アイデアが浮かぶ瞬間は、たとえば映画や小説など、別の作品を観たり読んだりしたときに頭がグワーッと動いて、急にキャラクターたちが見えてきたり、一本分のストーリーが出てきたりして、これは描けそうだぞ、となるんですが、そのときはもう絵になっていますね。
吉本:文芸学科だけど、そこは絵なんですね。
やまじ:はい。キャラクターの見た目なんかも浮かんできて、そこから具体的に形にしていきます。
吉本:覗き見方式いいですね、みんな自由に動いてくれそう。キャラクターが勝手に動くことは私の場合あまりないけど、手が勝手に書いてくれることはあります。「あっちじゃなくてこっちへ行くの?」「なんで急に電車に乗ったの?」などと思っているうちに、あ、高尾山に行くのか、と謎解きのようにあとからその理由を了解したりする。柴犬って書いてみてから、あれ、違うな、待て待て、と映像を見直し、ズームしてみたらポメラニアンだ! みたいなこともあります。映像を見たものを書くのですが、読んでくれる人を嫌な気持ちにさせたくない、嫌な気持ちになるにしても、そこに意味がなければお金は取りたくないという思いもあるので、一筋の救いや、よい兆しというものを書くように心がけています。それに、登場人物たちも小説が終わったらそこで死んで消えてしまうわけではないですから、このあとも続いていくという感触がないと、書いている自分にとってリアリティがなくなってしまうんですよね。
やまじ:物語の終わりはいつでも難しいですよね。そのときに考えたベストだし、結局それ以外にはないんですけど。読者に対しても、ここまで読んでもらったのにこれか、とがっかりはさせたくない。ここまで読んできてよかったと思ってもらえるラストを描きたいと思っています。
吉本:『女の子がいる場所は』は、映画のエンドクレジットの後におまけ映像が出てくるような本の作りにもびっくりしました。1話ずつの扉ページに植物の絵が重ねられているのも素敵ですね。
やまじ:奥付のあとに最終話を置くのは編集さんのアイデアで、扉ページは私も出来上がったのを見て、こういうデザインは初めて! と思いました。

吉本:今回の2冊、どちらもすごく素敵な装丁で、紙の本の良さを味わわせてくれる。これは電子じゃなく、ぜひとも紙で手元に持っておきたいです!
やまじ:ありがとうございます。『女の子がいる場所は』はサトウサンカイ佐藤亜沙美さん、『かわいそうなミーナ』はnist柳谷志有さんのデザインで、装丁についてはデザイナーさんにすっかりお任せしました。
吉本:やまじさんの絵があったら、なにをどうしても素敵になってしまいますよね。絵の力、この線、本当にすごい。
やまじ:ありがとうございます。私は主にGペンを使っているんですけど、筆圧がかからないというか、線の入り抜きなどもせず均一に描いているからか、ペン先も減らなくて、何年もずーっと同じペンを使っています。
吉本:作業はやっぱりアナログで?
やまじ:アナログとデジタルと両方です。下がきにペン入れして、消しゴムをかけたらスキャン。あとはデジタルで作業しています。
吉本:なるほど! すごい秘密をきいちゃった、嬉しいです。やまじさんの作品はおそらく全部読んでいるんですが、なかでも『レッド・シンブル』は私にとって特に大きな存在。レイプについて自分が納得いく形で描いてもらえた初めての作品だと思います。レイプとは、それまでは暴力の部分に目を奪われていたけど、朝好きな服を選んで、自分らしく1日を過ごそうと出かけていくような、人の生活が破壊されるということ。大切なものが壊されるということ。その恐ろしさが説得力を持って迫ってくる。

謎の差出人から手紙とシンブル(指ぬき)が届き「過去の罪」を問われることとなった男性が、妻と共に追い込まれていくサスペンス。
やまじ:ある時期までは、レイプを描くことにずっと抵抗を感じていたのですが、もう避けられないと観念して『愛の時間』を描きました。そのために読んだ資料で、レイプされた後の女性たちにさまざまな形で影響が現れてくるというのを知ってから、短編のアイデアが結構浮かんできたので、しばらくそういう作品を考えてみることにしたんです。
吉本:いくつかの作品で繰り返し描かれていますよね。『レッド・シンブル』なら、あの夫婦がダメになってしまうのは、嫉妬や過去への不信だけではなくて、彼が、彼女の痛みを絶対にわからない、本当にはわかりえないということなんだと思いました。これは、女性が自由に、思うように生きることを考えるうえでどうしても避けられないテーマで、『女の子がいる場所は』にも通じていく話だと思います。
やまじ:そういえば、18年ほど前に大学に招かれての公開インタビューで「裸のシーンがいっぱいあるのはなぜ?」ときかれたことがあって、すごくびっくりしたんです。『LOVE MY LIFE』から何冊か描いて、『フリー・ソウル』を連載中の頃の話ですが、それで、女の人のヌードって、私が考えているよりずっと読者は意識して見ているものなんだ、とガーン! となりました。女性にとって裸って自分の体そのものじゃないですか。それがそれ以上の特別なものとして見られるということを、私はまったく予想していなかったので。『LOVE MY LIFE』での女の子同士の裸のシーンも当たり前のこととして描いただけなんだけど、読む方はそう受け取らないんだ、と。
吉本:流れるように自然に描かれているのに。作品のなかでそこだけ取り上げて、注目するものではないですよね。
やまじ:ストーリーのなかで必要だから描いているものが、そこだけ別の目で見られてしまうなら、自分が描いていることと違ってしまう。裸を描くことをもっと意識しなきゃいけないんだ、と思うようになり、それ以降、『レッド・シンブル』でもそうですが、裸のシーンを最小限に、なるべく減らすようにしています。

吉本:『LOVE MY LIFE』でいえば、内容よりも女性同士の関係であるということが話題になることも多かったですよね。でも、やまじさんは、女性の裸を自由や主体性と結びつけずに描くことは一度もされてこなかったと思うし、その考えが『女の子がいる場所は』『かわいそうなミーナ』にも受け継がれている。女性が生きていくことを描き続けられていることこそが、やまじさんの、絵だけではなくて、ストーリーに、作品に自分が惹きつけられる理由だと思います。
やまじ:本当にありがとうございます。ばななさんの新刊『私と街たち(ほぼ自伝)』も楽しみに読ませていただきます。
吉本:タイトルのとおり、街が主役のエッセイです。読みながら、同時に自分の住んだ街が意識のなかを流れていくような本になっていれば、と思っているので、よろしければぜひ読んでみてください。
(プロフィール)
やまじえびね
1965年生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。85年「LaLa」でデビュー。主に「フィールヤング」「コーラス」などで執筆し、近年は青年誌の「コミックビーム」に発表の場を移す。代表作に、『LOVE MY LIFE』『インディゴ・ブルー』『愛の時間』『ナイト・ワーカー』『レッド・シンブル』など。
吉本ばなな
1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版されている。近著に『ミトンとふびん』『私と街たち(ほぼ自伝)』など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。
『女の子がいる場所は』試し読みはこちらから。
『かわいそうなミーナ』試し読みはこちらから。
『レッドシンブル』試し読みはこちらから。