『閃光のハサウェイ』で表現された、モビルスーツの「怪物感」の正体――増尾隆幸(CGディレクター)インタビュー

アニメ

公開日:2023/1/15

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 © 創通・サンライズ

 2021年6月11日より全国公開され、興行収入22.1億円、観客動員108万人超(※2021年11月14日時点)を超える大ヒットを記録した『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。本作は『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季さんが1989~1990年に執筆した小説『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』全3巻(上・中・下)を映像化した作品だ。本作の主人公はガンダムシリーズで活躍してきたかつての英雄ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノア。彼はマフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、反地球連邦政府運動に身を投じている。なぜ彼はマフティーを名乗るようになったのか。そのドラマが緻密に描かれている。

 本作の3DCGのディレクターを担当しているのは、増尾隆幸と藤江智洋の両氏。増尾氏は長いガンダムシリーズの中で度々関わってきたCGクリエイター、藤江氏はサンライズ第1スタジオに席を置くCGスタッフだ。ふたりは『閃光のハサウェイ』で、最新の3DCG技術を駆使してガンダムシリーズの映像をアップデートした。

 今回は増尾氏に、ガンダムシリーズとの関係と『閃光のハサウェイ』で行った3DCGのクリエイションについて伺った。美術を支え、より臨場感あふれる画を作り上げる。本作で発揮された3DCGの可能性とは?

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40年来の付き合いとなるガンダムシリーズとの深い関係

――増尾さんはこれまでもガンダムシリーズ作品に関わられています。増尾さんにとってガンダムシリーズの魅力とはどんなものだとお考えでしょうか。

増尾隆幸(以下、増尾):そもそも、40年程前の「MSV」(モビルスーツバリエーション/『機動戦士ガンダム』放送後に始まったメカニックデザイン企画)からガンダムシリーズに関わってきました。当時はデザインやカラーリング、メカニカルマーキングなどを担当しましたが、そもそもMSVの仕掛け人とも言える編集さんに色々お世話になっていて彼との繋がりで参加させて貰いました。最初は講談社さんの雑誌から始まって、それからバンダイさんの『模型情報』や『B-CLUB』でお世話になって、プラモデルのパッケージを描かせていただいたこともあります。ただ、そのころはサンライズさんと直接やり取りはありませんでした。

 その後暫くして、実写系CGに仕事をシフトしたので「ガンダム」関連の仕事は20年くらいブランクがありました。だから、私は宇宙世紀ものしか知らないんですが、「MSV」に関わっていたときは「今までとは違うものがやりたい」という気持ちや、「リアリティを追求しようぜ」みたいな仲間内での盛り上がりがあり、その思いが社会に受け入れられて、さらに大きな人気になった。それがガンダムシリーズの面白さであり、懐の広さだったような気がします。

――「MSV」からお時間が経って、『GUNDAM THE RIDE ‐宇宙要塞A BAOA QU‐』(2000年稼働)、『GUNDAM EVOLVE』シリーズ(2001年)、ガンダムフロント東京のCGムービー(2013年)など、ガンダムの作品に関わるようになったのはどんな経緯だったのでしょうか。

増尾:CG業界での昔からの知り合いにプロデューサーの松野美茂さん(『GUNDAM THE RIDE』『SDガンダムフォース』プロデューサー)がいまして、彼から当時サンライズの堀口(滋)さん(プロデューサー)を紹介して頂き、その流れで『GUNDAM THE RIDE』の仕事をさせてもらうことになりました。サンライズさんとの直接の付き合いはそこからですね。『GUNDAM THE RIDE』のあとに、『GUNDAM EVOLVE』シリーズの中で監督を、ちょっと時間が空いてからガンダムフロント東京の「DOME-G」のドーム映像をやらせてもらい、それで今回という流れになります。気が付けば、サンライズさんとの付き合いも長くなりました。

――『GUNDAM THE RIDE』や『GUNDAM EVOLVE』シリーズなどを手掛けるときに富野由悠季監督とやり取りはあったのでしょうか。

増尾:『GUNDAM THE RIDE』のときは、残念ながら富野監督と直接やり取りしたことは有りませんでしたね。EVOLVE の際に『GUNDAM EVOLVE 5 RX-93 ν GUNDAM』のストーリーが富野さんでしたのでご挨拶をしたくらいです。スタジオでは何度もお見掛けしているのですが。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

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映像化不可能と言われた作品に挑む

――今回『閃光のハサウェイ』に参加することになるには、どんな流れがあったのでしょうか。

増尾:『閃光のハサウェイ』は村瀬(修功)さん(『閃光のハサウェイ』監督)が、小形(尚弘)さん(『閃光のハサウェイ』エグゼクティブプロデューサー)に私のことを紹介してくださったんです。

――村瀬監督とは『虐殺器官』『ブレードランナー ブラックアウト2022』(渡辺信一郎監督作品)でもごいっしょされていますよね。村瀬監督とのお仕事はどんな特徴がありますか。

増尾:村瀬さんの作品は、精緻で緻密ですよね。昔、大友(克洋)監督の映画『STEAMBOY』に参加させていただいた際に、大友さんの絵コンテを見て「なんてすごいんだろう」と思ったんですが、それに匹敵する感動が村瀬さんの絵コンテにはありました。『虐殺器官』のときに感服しましたね。ただ絵が上手いだけでなく、あらゆるところにこだわっていて。よく精神力が続くな、と思っていました。感心します。それだけの画を作れる人ですから、アニメとしてスクリーンに映る画の最終形態は当然頭の中にあるわけで、こちらとしては村瀬さんがどんな画を望んでいるのかを想像しつつそれを上回るものを作らなければならないので大変です。

――宇宙世紀のシリーズであり、新しいモビルスーツたちが飛び交う、『閃光のハサウェイ』という作品にどんな印象をお持ちでしたか。

増尾:映像化不可能とか、いろいろと噂だけは聞いていて、小説を読んでみたら「ああ、こういうことなのか」と。登場人物が多いし、物語が暗いですよね。村瀬さんがそれをどう料理するのか楽しみでした。

――今回は藤江智洋CGディレクターと共同でディレクションをされています。作業の分担はどのようにされていたのでしょうか。

増尾:モビルスーツを表現する部分に関しては、3DCGモデルも含めて、サンライズさんに長い技術の蓄積があるので、そこは藤江さんにお任せして、私はそれ以外のところを担当するというかたちでした。村瀬さんはリアリティを追求される監督ですから、昔ながらのアニメの制作スタイルではもの足りない。アニメの世界にリアリティを持ち込むために3DCGを上手く使おう、という考えが村瀬さんにはありました。『虐殺器官』のときに堀口さんからご紹介いただいて、村瀬さんと初めてご一緒したのですが、アニメとは違う3DCGの使い方をしたいという考え方をお持ちでした。私もアニメにおける3DCGの在り方を勉強しつつも、ステレオタイプではない、いままでと違うアプローチをしたいと思っていました。村瀬さんは明確なビジョンをお持ちなので、私はそれを完成させるという立場でしたね。

――今回、増尾さんは、村瀬監督とどんな3DCGの作業を進めていかれたのでしょうか。

増尾:今回、村瀬さんが特に重視していたのは「カメラマップ」をより効果的に使う、ということです。「カメラマップ」とはシンプルな立体構造に色々な方向から画像を投影して「動く美術」を作るというもの。『虐殺器官』のときも同様のことをやっていたのですが、「カメラマップ」を使うことでリアリティを担保しつつ、作業を省力化していくことができます。今回もいろいろとチャレンジしなくてはいけないことがありました。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

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3DCGで作りあげた「動く美術」

――『閃光のハサウェイ』で3DCGディレクターとして挑んだチャレンジは、どんな部分だったのでしょう。

増尾:サンライズさんはアナログベースのプロダクションだと思います。アナログ的な手法をされている美術さんの作業を3DCGでサポートして、今までの美術ではできなかったことを実現できるようにしていきました。たとえば、作品冒頭に登場する往還シャトルのハウンゼンの客席内は、基本的に3Dのカメラマップベースで作っています。最初にざっくりと3DCGで作って、それを一度描き出し、その描き出したものを美術さんにレタッチをしてもらう。そのレタッチした画を様々に投影してカメラマップにしています。そうすることで美術の中をカメラが自由に動き回れるようになるわけです。

――増尾さんの3DCGと美術が連動することで「動く美術」を作っていたということですね。

増尾:ハウンゼンの中は狭いのですが、すごくゴージャスなんですよね。そのゴージャスさを表現するためには、テクスチャをどんどん貼り付けていく、という手法が考えられます。でも、その手法だと、1カットごとの作業コストが増えてしまう。でも、カメラマップを使えば、その作業を省力化できるのです。そして省力化するだけでなく、美術の立体感や動きを表現できます。

――ハウンゼン以外に、カメラマップを駆使しているカットはどんなところがありましたか。

増尾:ハサウェイがクルーザーに乗って飛行艇に向かい、飛行艇が半島の周りをぐるっと旋回するシーンもカメラマップを使っています。ここでは美術さんの負担を減らして、いかに半島を立体的に見せるか、という点を追求しています。あのカットはけっこう大変だったんですよ(笑)。ベースになるものを一度3DCGで作り、どれくらいの解像度で、どれくらいの分割をして、美術さんに背景を描いてもらえれば良いのかシミュレーションしました。また、マップを貼る方向によって木々が立体っぽく見えるので、そのあたりも踏まえて、美術さんに背景を複数枚描いていただき、それを組み合わせています。

――3DCGというと、ロボットや乗り物、人工物によく使われる印象がありますが、『閃光のハサウェイ』では美術を立体的に見せるために使ったり、自然物を表現したりするのに3DCGが使われているんですね。

増尾:自然物という意味では、『閃光のハサウェイ』では海がたくさん出てきます。海面はもっぱら3DCGで作っています。海面の波打ちを作画で描こうとすると、かなり大変なので。昨今3DCGのプラグインを使って海面をリアルに見せるのは簡単です。でも、リアルな海面にすると、作画のルックと合わなくなってしまうので、3DCGだけど3DCGっぽさがないように、「画が動いている」くらいのさじ加減で、海面を作っています。海のカットはたくさんあったので大変でしたが、そこはこだわって作っていきました。こういう部分って、お客さんが観ているときは、自然と流しちゃうところでもあると思いますが、作り手としてはこだわっているところなんです。

――ただリアルを追求するわけではなく、アニメから感じられるリアリティを模索されていたわけですね。

増尾:アニメ作品における「リアリティ志向」とは何だろうと。アニメの画作りにウソは付き物ですが、あからさまなウソはやりたくない。たとえウソであっても、見ている人が普通に受け入れてしまうくらいまで、ウソをしっかりと手間暇をかけて作り込む。そういうところは気を遣って、お手伝いをしていたつもりです。

――ほかに3DCGの担当されたカットで印象に残っているものはどんなものがありますか。

増尾:ハサウェイたちが乗ったリムジンが、ダバオの地下ハイウェイを走行するカットがありますが、あれも時間をかけて作っています。当初はカメラマップでやろうと思っていたのですが、かなり長大なカットだったので通常のマッピングベースでやっています。このカットでは光を表現しようとしていました。最初、こちらでダバオの位置と時間から計算して太陽光の入射角などを算出していたのですが、あとからその位置が間違っていたことがわかりまして。あらためて全部光を計算し直したんです。太陽の光の角度によってハイウェイに落ちる影が変化します。そのカゲはどこまで伸びているのか。どこが明るくて、どこが暗渠になるのか。そういった細かな計算も含めて、かなりこだわったカットです。

――太陽光の入射角度まで計算してお作りになっていた、と。まさにリアルな計算をして、リアリティを作っているということですね。

増尾:村瀬さんの作品だから、そこまでやらざるを得なかったというところもあると思います(笑)。

 他にモブカー(市街地を行き来するクルマ)も私が担当しました。そこで藤江さんたちがお作りになっているメカの3DCGのこだわりを学びながら、3DCGのセルシェーダーでルックを作っています。藤江さんは、とくに線(輪郭線)の表現を大事にされていると感じました。ラインを外して塗り分けだけで見せた方が良い場所、ラインをしっかり入れる場所などをひとつひとつ確認しながら、藤江さんといっしょに作っています。あと、ハサウェイとギギが乗るリムジンの車内も、キャラクターのサイズ感をしっかりと調整しながら作りました。普通の作品なら背景画一枚で見せるだろうところも、しっかりと作り込んでいるのは、さすが村瀬さんだなと思いますね。

――ほかに増尾さんとルーデンスさんのチームで担当された3DCGワークはありますか。

増尾:基本的にモビルスーツは藤江さんたちにお任せして、ハウンゼン機内や背景、海を我々が担当するという分担になっていたのですが、最後のペーネロペーとΞ(クスィー)ガンダムの対決シーンの一部もルーデンスが担当しました。大量のミサイルがどんどん飛び交うカットだったのですが、最後の最後にそのカットをお手伝いしたので、もうちょっとモビルスーツ戦をやりたかったなと思いました。

――今後、第2部、第3部の制作がございますが、どんな思いで臨まれるおつもりでしょうか。抱負などあればお聞かせください。

増尾:第2部はまだまだこれからですから、私もまだよくわからないところがあります。いまは、これからの作業を楽しみにしています。村瀬さんは常に新しいことをやろうとする人なので、きっと山のようなチャレンジをしなきゃいけないでしょうね。もちろん大変ですが、それがないとつまらないですから。

取材・文=志田英邦

増尾隆幸(ますお・りゅうこう)
イラストレーター、CGディレクター。1983年、モビルスーツバリエーション(MSV)のメカデザイン、イラストなどで活躍。1990年3月に、ルーデンス(現TREE Digital Studio ルーデンス事業部)を設立。CMや映画、イベント映像を中心に数多くの作品のCG制作とディレクションを手がけてきた。2020年末でルーデンス代表を退任し、現在フリーのCGディレクター、アーティストとして活動中。

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