漫画家・中丸雄一、アイドル業で培ったスキルを活かした漫画作りを語る――「アイドルとしての自分を知らない人も面白いと思ってもらえるものを目指したい」

マンガ

公開日:2023/11/14

中丸雄一さん
スタイリスト/河原歩 メイク/豊福浩一・KOICHI TOYOFUKU

「マッサージ店でほぐして欲しいところを伝えられない」「話しかけてきた人の名前が全く思い出せない」「エレベーターを降りる順番は?」――漫画『山田君のざわめく時間』は、日常の中に潜む「ざわめく」瞬間をきりとる、味わい系日常ショートストーリーだ。

山田君のざわめく時間
主人公の山田雄一(やまだおいち)。日常生活で起こる様々なことが、とにかく気になり、ざわめいてしまう。

 作者は中丸雄一さん。アイドルグループ・KAT-TUNのメンバーという印象が強い人も多いだろうが、彼は漫画家として『月刊アフタヌーン 2023年8月号』(講談社)でデビューを果たしている。

 漫画家デビューは中丸さんにとって「念願」の一言では済ませられないほどの夢だった。中学時代に目指したものの、一度は諦めることに。その後本格的に目指し、約7年かけてようやく勝ち取った。

 連載開始時には、「長年の夢である『漫画家になる』の一歩目を踏み出すことが、ようやくこの度決まりました」とコメントを寄せた。そう、あくまでデビューは夢の一歩目であり、彼は既に次なる目標を見据えていた。それが単行本の出版だ。

 そこで、初の単行本発売が2024年1月23日(火)に決定した中丸さんに話を伺った。

取材・文=篠原舞ネゴト) 撮影=金澤正平

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新人だからこそ、リスクを背負って表現の幅を広げていく。

 実は、2023年3月23日に「夢や目標は発言した方が叶うと信じて、ここに宣言します。2023年の内に漫画単行本、出版します!!!!!」SNSに投稿していた中丸さん。夢は言葉にすれば叶うことを証明したのだ。もちろん、そこには努力があることを忘れてはならない。

「僕はまだまだ新人なので」と話す中丸さんは、担当編集の助宗佑美さんとの密なコミュニケーションを欠かさないという。

「相談する相手は、助宗さんがほぼ全てです。知人にも、“生活する中で、人に言うほどでもないような悩み”や、“あるあるネタ”など、何かヒントになるような聞き取り調査みたいなものはしますけど、それをどう描くかの相談は助宗さんにしますね。

 助宗さんの助言は、僕の考えや、こういうのが描きたいんだろうなっていうのを汲み取った上でのものが多いんです。

 僕は漫画業界に参入したてなので、漫画業界から見るとこうだよ、というものは多分わかってないんです。だから完成に至るまで、その都度意見を聞きながら修正していきます。かなり頼りにしていますね」

 デビュー前から二人三脚で中丸さんと歩んできた助宗さんは、どのようなアドバイスをしているのだろうか。この日は助宗さんも同席していたので尋ねてみると、「ネタを出していただく時点で、中丸さんの個性や社会への目線が反映されていて、面白いんです。私はそれを漫画という形に仕上げるお手伝いをしているだけです」とのこと。コマの流れがスムーズじゃない、場面展開がおかしいなど、技術的なアドバイスが主だという。

「描きはじめた頃は、例えば自分や世間の人の悩みを自分なりに10ページの漫画にしても、漫画というより感想文や報告書になってしまっていました。事象をそのまま描くだけで、漫画的表現ができていなかったんですね。だから、さほど面白くもなく、『いや、確かにあるあるだよね』止まりになってしまっていた。

 でも、誇張するなどの漫画的表現、テクニックを使うと、同じ事象でも面白さが倍になるんですね。僕はまだ考え方の幅が狭いので、漫画的な感覚を描きながら広げるようにしています」

 漫画的表現と言えば、助宗さんをはじめとした“チーム中丸”のバックアップ体制も万全だ。「うまくなるためには純粋読者視点、物語構成学び目線、作画工夫学び目線で、とにかく良い漫画を読むべし!」と、資料となる漫画を用意。さらにSNSで「#中丸先生に教えたい表現最高漫画」を募るなど、表現の幅を広げるサポートを惜しまない。

 チームのサポートを受けながら、表現を広げるために中丸さんは何を意識しているのだろうか。

「これは気持ちの問題になっちゃうんですけど……。自分が考える“これが面白いんだ”という表現に変えてみたとします。でもそれって蓋を開けてみたら、読者に『1人で盛り上がってて寒っ!』と思われるリスクもあるんですよね。けれど、そう思われてもいいから、リスクを背負ってトライするようにしています」

アイドルとしてのアドバンテージは活かすけれど、シンプルに漫画業界にチャレンジしたい

 中丸さんのソロ曲のタイトルで、作中(第3話)にも登場する「ムーンショット」には、「困難だが、実現すれば大きなインパクトのある壮大な目標や挑戦」という意味もある。彼はムーンショットに対して着実に歩み続けている印象を受ける。とは言え、その道のりは平坦ではなく、思うように進まないこともあるだろう。そんなとき、どのように己を奮い立たせているのだろうか。

「今まで芸能活動で培ってきた部分でもあるのかなと思うんですけど、ネガティブな、後ろ向きな考えって、必要ないじゃないですか。

 学生の頃は考えすぎてしまうこともありましたが、今は凹むことがあっても、それ以上にこれが無駄な時間だなって思っていて。悩んでる時間があるんだったら、手を動かした方がいいってメンタルでやっていますね。

 ちょっと話がそれちゃうんですけど、大学でストレスマネジメントの授業を受けたことがあって(編集部注:2013年3月、早稲田大学人間科学部通信教育課程を卒業)。そこで、自分の考え方次第でストレスの度合いが変わることを知ったんですよね。悩む時間が無駄だと思うようになったのは、それもきっかけだったかもしれません」

 悩むより手を動かす。それを間近で見ている助宗さんは、「中丸さんはめちゃくちゃポジティブというか、夢に向かって行動する力があります」と語る。

 行動力がうかがえるエピソードとして、ネーム修正の早さが挙げられる。編集者がネームに赤ペンで修正を入れ、それを漫画家が直す作業があるのだが、漫画家によっては自分の信念が強すぎて、他人の助言を受け入れるのに時間がかかるという。

 しかし、中丸さんはたくさん赤が入っていても気にしない。すぐに受け入れ、修正する。修正箇所を送った翌朝には直しが上がってくる。

「僕は、アイドル業でライブのステージを作っているんですが、時間がめちゃくちゃ少ないんですよ。リハーサルから本番までの限られた時間でより良いものを作るためには、いろんな感情を捨てて修正していく必要がある。

 そういう環境で育ったので、修正点をすぐに直す感覚に慣れているんだと思います」

 アイドルとして長いキャリアを重ねている彼だからこそ活かせる強みだ。一方で、当然葛藤もあるだろう。デビュー時、「タレント活動も含めた評価の連載決定の部分はあるかもしれないが、そうだとしても今後世に出る作品にはバックボーンは関係無くなる。おもしろいと思ってもらえるように新人なりに最善を尽くす」と綴っていた

 彼は今、“アイドル中丸雄一”と、“漫画家中丸雄一”を、それぞれどう捉えているのか。

「同じ人間なので切り離すのは無理だと思うんですけど、気持ちとしては、本当にシンプルに漫画業界に挑戦したいと思っています。

 もちろんアドバンテージとしてアイドルとしての自分がいるので、いつも応援してくれている人たちにも楽しんでほしい。それとは別に、僕のことを全く知らない人から見ても、まぁまぁ面白い漫画だと思ってもらえるのを目指してやっていますね
」

中丸雄一さん
スタイリスト/河原歩 メイク/豊福浩一・KOICHI TOYOFUKU

単行本には描き下ろしネームを、電子特装版には消えゆく運命だった作品を収録

 漫画業界に目を向けると、日本のコミックの2022年の推定販売額は、紙媒体と電子媒体を合わせて総額6770億円と5年連続で成長している。紙媒体は2500億円前後と横ばい傾向だが、電子コミックは5年間で2.5倍に市場規模が拡大している(出典:公益社団法人 全国出版協会・出版科学研究所)。

『山田君のざわめく時間』は単行本と同時に電子特装版も発売されるのだが、中丸さんは紙と電子、それぞれの良さをどう考えているのか。

「内容は同じでも棲み分けがあるので、どちらが良い悪いというより選択肢が増えた感じですよね。

 場所を取らず、ネット環境があればいつでも読める便利さや手軽さは、デジタルの良さだなと。一方、アナログは手元に置いておきたい気持ちを満たしてくれます。多分年代にもよると思うんですが、僕の年齢的には、本当に気に入った漫画は、記念品として持っていたい気持ちが強いのかなと。

 あとは、僕ら(KAT-TUN)を応援してくれてるファンの皆さんは、手元に置いておきたい方が結構多いと思うんですよね」

 確かに、デビュー号である『月刊アフタヌーン 2023年8月号』は、重版がかかった。これは従来のファンの方々が記念品として購入した影響も大いにあるだろう。

 単行本には、アフタヌーン掲載話に加え、80ページ超の描き下ろしが収録されるという。そして、電子特装版には、漫画家を目指していた時代に書き溜めていた習作ネームが20ページ弱、特別収録される。

 習作ネームとは、いわゆる“ボツネーム”だ。竹取物語をモチーフにした漫画で、100ページに及ぶ超大作だったが、現状の実力に対してテーマが壮大すぎたため、見送りとなった。助宗さんとしても、編集者人生で一番長いページのボツだったという。

「(ボツになったことは)2分で受け入れましたね。いや、2分かかった(笑)。でも、出しどころがあってよかったです。あのまま消えゆく運命だと思ってたので(笑)」

 顔を綻ばせた中丸さんだが、おそらく忸怩たる想いはあっただろう。その漫画で中丸さんが描きたかったテーマメッセージは、「誰かと一緒だといろんなことができる できなかったことができる 叶わない夢が叶う」だ。今回は冒頭のみの収録だが、いつか完成した作品を読んでみたい。「叶わない夢が叶う」ことを、いち読者として願わずにはいられない。

漫画業界は夢のある仕事。気力と体力が続く限り、描くことはやめない

 連載開始、単行本化……とくると、アニメ化やドラマ化など、メディアミックスへの期待が高まる。

「こればっかりはオファーがないと発展はしないと思うんで。ただ、オファーがあるないに関わらず、ネタが尽きるまで……というか、尽きることはなさそうなんですけど。

 気力と体力が続く限り、ひたすらに描きたいなと思ってます。その結果、何かと繋がって話が膨らむと嬉しいですね」

 メディアミックスと言えば、中丸さんが、二宮和也さん(嵐)、山田涼介さん(Hey!Say!JUMP)、菊池風磨さん(Sexy Zone)と共に運営するYouTubeチャンネルで、ドラマ化について話題にしていた。

 山田さんが主人公の山田君を演じ、主題歌をYouTubeチャンネルメンバーで担当すると盛り上がっていたが、実現可能性はあるのだろうか。

「ワンチャンありますよ。先輩の地位を使って交渉しますよ(笑)。出演者は身近な人間で固めたいですね。

 本当に漫画業界って、夢のある仕事だなと思います。ありとあらゆる方面とコラボができると思うので」

 これからどんな景色を見せてくれるのか、想像しただけでワクワクする。次なる作品も読んでみたいという欲張りな気持ちも出てくるが、「別のシリーズは考えてないですね」と断言する。

「今の気持ちとしては、このシリーズをどれだけ発展させられるかに全力を注いでいます。

 というのも、経験が豊富な方が、そりゃもちろん(クオリティが)良くなると思うんですよ。そういう意味でも、なるべく早く成長できたらいいなと思っています」

 一つひとつの質問を咀嚼し、自分の思考を深め、巡らせながら言葉を選ぶ。軽妙な語り口と、時折はさむ冗談で、場を和ませる気遣いも欠かさない。しかし、姿勢こそ謙虚だが、その奥に揺らめく野心を決して隠そうとしない。そんな彼の魂のカケラが詰まった『山田君のざわめく時間』は、ページをめくるたびにいろんな表情を見せてくれるに違いない。

「現状では、自分の中では満足のいく、やや面白い漫画ができたと思っています。なので、そうだな……『微笑』ってなんて言い換えるんですかね? 微笑みじゃなくて……。あ、『小笑い』か。

 ちょっとクスッと小笑いしたいなという方に届けたい漫画なので、手に取ってもらえたら嬉しいです」

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