上白石萌音が選んだ1冊は?「大きなものをかみ砕き、真理を得る。そんな考え方の癖を自分もつけたい」

あの人と本の話 and more

公開日:2024/2/15

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年3月号からの転載になります。

上白石萌音さん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、上白石萌音さん。

(取材・文=河村道子 写真=booro)

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「藤沢さんも“崩れ”だよね」。三宅唱監督からその言葉が零れたのは、映画『夜明けのすべて』撮影中のこと。

「“最近、何を読みました?”という私の問いに、監督はこの一冊を示し、自分ではコントロールのできない原因から苛立ちが抑えられなくなる、私の演じる藤沢さんの予測できない不安定さや脆さはこの本に著された崩れだとおっしゃって。即座に買い求め、撮影中ずっと読んでいました」

 突然、山が崩れ、川が荒れる。土石流による崩壊地は日本のあちこちにある。地の内部の力をまざまざと見せつける崩れに取り憑かれた著者が、その様を見るため、各地へ出かけていく様子が綴られる随筆『崩れ』。

「台所、着物、お父様とのこと……。暮らし周りのことを数多著されてきた幸田文さんが、晩年に取り憑かれたのが、これほど大きなものだったということに感じ入りました。ご自身のエネルギーと山のそれは、出会うべくして出会ったんだなと。72歳にして足を使い、心動かし、挑みつづけるお姿に憧れを抱きました」

 地質的な現象を文学の視点で捉えたところから見出したことにも。

「全体を捉えられそうにない大きなものであっても、小さくかみ砕き、そこから真理を取り出す。そんな幸田さんの思考がとても好きで。私もそういう癖をつけたいと思いました」

 PMS(月経前症候群)による苛立ちに悩む藤沢さんとパニック障害を抱える同僚の山添くん(松村北斗)。生きがいも気力も失っていた二人が、職場の人たちの理解に支えられながら見つける光。『夜明けのすべて』のなかの人々も、かけがえのない思考の“癖”を示唆してくれる。

「それぞれ自分の中に嫌な部分はあるだろうけど、そうではない自分で、人と関わりたいと思っている人たちの話なんだろうなと思うんです。いい人だね、ではなく、いい人でありたいんだね、というところにあるギャップはとても素敵な気がする。それは原作を読んだときにも感じたこと。だから『夜明けのすべて』という物語で描かれる人のやさしさは、綺麗ごとに見えないんだなと」

 とにかく皆でいろんな話をしていた撮影現場だったという。その幸せな空気がスクリーンから舞い降りる。

「簡単に名前を付けたくないような藤沢さんと山添くんのような関係がこの世にあると思うと、これからの出会いが楽しみになってくる。各々が手を差し伸べるあの素敵なやり方で、誰かに手を差し伸べることのできる人でありたいなと思います」

ヘアメイク:冨永朋子(アルール) スタイリング:嶋岡 隆・北村 梓(Office Shimarl) 衣装協力:タートルネックニット8万1400円、スカート4万7300円(ともにsuzuki takayuki TEL03-6821-6701)、イヤリング3300円(COTOMONO MARCHE/COTOMONO MARCHE ハンズ新宿店 TEL070-3229-6807)*すべて税込

かみしらいし・もね●1998年、鹿児島県生まれ。2014年『舞妓はレディ』で映画初主演。出演作に映画『君の名は。』『羊と鋼の森』、連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』、舞台『千と千尋の神隠し』など多数。著書にエッセイ『いろいろ』。映画『奇跡の子 夢野に舞う』ではナレーションを担当。

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映画『夜明けのすべて』

映画『夜明けのすべて』

原作:瀬尾まいこ(水鈴社/文春文庫 刊) 監督:三宅 唱 脚本:和田清人、三宅 唱 出演:松村北斗、上白石萌音 配給・宣伝:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース 2月9日(金)ロードショー
●自分ではどうしようもない理不尽な体の症状で生きにくい日々のなかにいる藤沢さんと同僚の山添くん。交流をしていくなか、二人が見つけたものは―。原作にオリジナルの要素を加えた、闇のなかに光を見る物語。
(c)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会