「教授はもっとエロく、野獣じゃないと!」 荒木経惟V.S.坂本龍一【撮影現場レポ】

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公開日:2017/12/9

『ダ・ヴィンチ』12月6日発売号の巻頭連載「男-アラーキーの裸ノ顔-」には坂本龍一が登場。闘病生活を乗り越えいま再び世界で活躍する音楽家を、写真家・アラーキーが撮り下ろした。二人の出会いはまだ坂本さんが東京藝術大学の学生であった頃に遡るという。それから41年、小さなスタジオに合間見えたふたりの天才アーティスト。そこには懐かしさと共に、どこか心地よい緊張感が走っていた。
スタッフ達が見守る中繰り広げられたこの「対決」の様子をレポート形式でお伝えします。

「おー! 久しぶり!」
 11月2日、六本木にある地下のスタジオに現れた教授(坂本龍一)を、アラーキー(荒木経惟)は笑顔でむかえた。教授が挨拶とともに8年ぶりの新作『async』を手渡すと、「ありがとう。さっそくかけよう」とアラーキー。スタジオに第1曲目「andata」が流れ始めた。教授とアラーキーの会話は、41年前の出会いに遡る。詩人で小説家の富岡多恵子が歌ったアルバム、『物語のようにふるさとは遠い』。まだソロデビュー前でスタジオミュージシャンだった教授は、このアルバムで富岡の詩に曲をつけ、ピアノを弾いた。ジャケット写真はアラーキー。インサーツ写真には富岡のかたわらでピアノを弾く長髪の教授の姿。アラーキー、36歳。教授、24歳。
「坂本さん弾くピアノの前に富岡さんがいて。その光景を覚えている」とアラーキー。
「そうですよ。面白いレコードでしたね」と教授。
 アラーキーから教授に、写真集『淫春』が手渡される。

 白いホリゾントのスタジオは、安斎信彦と野村佐紀子、そしてアラーキーによって、ライトも三脚もすでにセッティングできている。
「よーし、いっちゃおう」というアラーキーの声で、撮影が始まった。
 ホリゾントの中央に教授が立つと、スタイリストの山本康一郎がジャケットの襟やマフラーの形を整える。
 アラーキーはファインダーを覗き、「ライトを回してくれる? ちょっとメガネの影が出るね。うんうん」
 安斎信彦と野村佐紀子が、三脚や照明の位置を細かく調整する。
 シャッターが連続して切られる。デジタルではなくフィルムカメラ。中判カメラのシャッター音がスタジオ内に響く。それと呼応するように『async』が流れ続ける。
「坂本さんのメガネはどこの? アタシのはフォーナインじゃなくってシックスナイン。アハハハ」
 アラーキーのギャグに教授が吹き出し、表情がなごんでいく。
「いい、いい」「いえーい」「そうです」
 シャッターを切るたびにアラーキーが声をかける。ブローニー判のフィルムが次々と入れ替えられる。アシスタントの額には汗。

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「(表情が)柔らかくなった。いい人に見えます」「そのまま目線をください。そうそう。エロが出てきた。アハハ」「ちょっと唇を舐めて。そうです。優しいね。いいね」
 絶え間なく発せられるアラーキーのことばに、教授は照れたように笑う。
 サイコロと呼ばれる白い台に腰かけ、ピアノを弾くように指を動かす教授。その手首から先がエロティックだ。スタジオ内に流れる『async』は、第7曲目「ubi」から「fullmoon」、そして「async」へと変わっていく。

「かわいい感じに撮りたくなっちゃうんだけど、もっと野獣じゃないとさ」とアラーキー。「野獣」ということばに反応し、目を大きく見開く教授。教授の表情がだんだんいたずらっぽくなっていく。
「曲で身体が揺れますね。ちょっとふざけてください。横に倒れるような感じで」
 身体を傾ける教授。
「危ないぞー、ふふふ」と笑うアラーキーに、教授も笑い返す。
 ひとまず撮影が終了したところで、スタッフ一同が一斉に拍手する。しかし、まだ続きがある。野村佐紀子がデジタルカメラで、アラーキーと教授を撮る。教授もアラーキーと一緒にいろんなポーズをとる。ふたりの天才が戯れあう奇跡のような瞬間がしばし流れる。

「はい、OKです」の荒木の声で、二度目の終了。スタッフから、もう一度拍手が起きる。
 アラーキーの声に送られて、教授はスタジオの階段を上っていった。

文:永江 朗

撮影:野村佐紀子

映画『Ryuichi Sakamoto: CODA

©2017 SKMTDOC, LLC
11月4日(土)より全国公開中
配給:KADOKAWA

監督・プロデューサー:スティーブン・ノムラ・シブル プロデューサー:エリック・ニアリ、橋本佳子 コンサルティング・プロデューサー:エリン・エディケン 撮影監督:空 音央、トム・リッチモンド 編集:櫛田尚代、大重裕二 コンサルティング・エディター:出口景子 音響デザイナー、ミキサー:トム・ポール

スティーブン・ノムラ・シブルによるドキュメント映画。2012年から5年間にわたり本人に密着しながら、被災地訪問などの現在の映像とデビュー以来40年間の映像をたくみに配置。坂本龍一のすべてを凝縮して見せる。震災で津波をかぶったピアノの音は、調律から外れているのではなく、自然に戻ろうとしているのだという坂本の言葉は象徴的である。