ジェーン・スー「娘として父にできることは全部やった」――両親の入院と看病、借金の話も。父娘が織りなす家族の肖像

新刊著者インタビュー

2018/6/17

 テーマは「父と娘」。ジェーン・スーさんの最新エッセイは、タイトルや装丁からして、これまでの彼女の作品とは明らかに違う。
「父についてはこれまでもあちこちで書いたりしゃべったりしてたんです。そしたら新潮社の『波』から『お父さんのことを書いてみませんか』とお話をいただいて。母のことがあったので、父に同じ後悔はしたくなかったんですね。それが執筆の動機です」

著者 ジェーン・スーさん

ジェーン・スー
じぇーん・すー●1973年、東京生まれ、東京育ち。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』のMCを務める。著者に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』『今夜もカネで解決だ』など。

 

 24歳のとき、明るく聡明でユーモアに溢れていた母が病気で亡くなった。享年64歳。大人になってから向き合う時間が短かったため、「母」以外の顔を知らないままの別れだった。後悔の源はそこにある。

「だからこそ父とのことを書いて残したほうがいいと思って。ひと月に1回、父に会って、それを文章にする。そうすることでさらに父と向き合う、という作業を、ずいぶんと時間をかけて行うことができました」

〈七十七歳の父と四十二歳のひとり娘だけの、限界集落ならぬ限界家族〉の物語は、元日の墓参りから始まる。

「墓参りって便利なんですよ。たとえば、父が最近何してるかなぁってなったときに、『ごはん食べに行こうか』『待ち合わせはどうする?』みたいなことを考えるのって面倒じゃないですか。だから私たち父娘にとっては、とりあえず墓地で待ち合わせるのが普通。学校帰りに校門前で待ち合わせるのと同じで。カジュアルにとりあえず墓場で。ってゲゲゲのアレみたいですけど(笑)」

 序盤から父親のキャラクターが強烈だ。作中の父の第一声は「俺はババア専門なんだ」。愛嬌たっぷりで老いてなお女にモテる。全財産をスッカラカンにした過去がある。勝手に決めた新居の家賃を平然と娘におねだりする……。〈「この男になにかしてあげたい」と思わせる能力が異常に発達しているのが私の父だ〉

「苦労して誇張して書いているとかでは一切ないんです。本当のことをつらつらと書いていくだけで、父親のキャラクターが勝手に立ち上がっていく。そういう意味では楽というか便利でしたね。まあでも、父に対しては私も露悪的なところがあるんです。居住まいを正したところを世間様には見せなきゃ、みたいな気持ちがなくて、その場が面白ければいいという露悪的なところがある。そこはお互い自覚しています」
 

子どもが40代になるくらいで家族のひずみが表出する

 気前よく甘やかす娘と、それにちゃっかり乗っかる父。けれどもふたりの間には自立した大人同士の節度がある。安易な美談に陥らない、一筋縄でもいかない父と娘。そんな複雑な関係が、軽やかなユーモアと抑制のきいた筆致で描写される。

「家族って、子どもが小さいうちが一番タッグが強く結ばれる時期だと思うんです。子どもが大人になってしまうと、『果たしてこの人たちと、このままずっと一緒にいなければならないのか?』という疑問が生じてくるんじゃないでしょうか」

 自身が40代半ばを迎えた今だからこそ、書けたエッセイでもある。

「自分が思っていた家族像は実際のところは全然違った……ってことが、子どもといわれていた人たちが40歳を過ぎたあたりから、ひずみとして出てくる気がしていて。もう限界とばかりに熟年離婚をする家庭もあれば、親の病気や介護がきっかけできょうだい間で信じられないようなケンカが勃発したり。40年って、ギュッと強く縛っていた口のヒモが緩む時期なんだろうなと思います」

 親子という繋がりは一生変わらない。だが子が成長し、親が老いていくにつれて関係性は変化していく。「父」「母」という顔は、サイコロの一面に過ぎないのだ。

「成人した子が老いた親と向き合うと、見たくもないことばっかり見えてくる。そこにどう対峙していくかというのが、成人した子と親の大きなテーマだと思いますね。それに、そもそも、まったく悩まないで家族をやっていけるなんてこと自体がありえない。しょせん他人ですから」

 母亡き後、マン・ツー・マンで向き合わざるをえなくなった父娘。けれども持って生まれた各々の性格、そして世代によって育まれた価値観の違いによって、ふたりは幾度も衝突を繰り返す。例えばアメリカ大統領選挙。トランプを断固支持する父と、〈有色人種の女として看過できない発言が多すぎる〉とヒラリー擁護に回る娘の対比は象徴的だ。

「でも私がなぜ『トランプはありえない』と言えるようになったのか、政治的な正しさを学べる機会を持てたのかというと、高卒の父が一生懸命働いて稼いでくれたおかげなんですよ。そのお金によって娘である自分は、ある種の教育を受けることができた。そのねじれもまた、人生の面白さですよね」

 過去と現在を行きつ戻りつ距離感を模索する父と娘。その努力の痕跡が、行間から浮かび上がってくる。〈付かず離れず、こちらの都合に合わせてやさしいまなざしを向けろと言うのも我が儘な話かもしれない。私たち親子は、お互いそう期待しているフシがあるけれど〉という一節に共感する読者も多いだろう。いくつになっても「わかってくれない」と不満を抱えながら向き合っていく。どこの家族もきっと同じはずだ。
 

大人の成長譚としての家族エッセイ

 けれども、水に流せる話ばかりではない。後半には、両親の入院と看病、〈四億コカした〉借金の話、人手に渡った実家など、家族史のシリアスなパートが語られる。

「どうしてもしんどい話は後ろになってしまいましたね。思い出さずに済むのなら思い出したくない、というのが本心ですけど、やっぱり大きな出来事なしにうまくやってきたわけではないので。思い出したくない家族の記憶も含めて、ちゃんと記しておきたかった」

 母の入院中も、見え隠れする女性の気配。そんな父から「事業を手伝って欲しい」と頼まれた娘は、35歳で仕事を辞め、親孝行のつもりで実家に戻る。だが、沈みゆく船は止められず、父娘は住み慣れた「小石川の実家」を出ていくことになる。

「そこまでは月報を書くようにスラスラと書けたんですけど、あのくだりだけは読み返すと、他と比べてちょっとみっともないな、と自分では思っています。私の目から見て何が起きたのかという事実を書き連ねているようで、行間から不満が滲み出ている。『かわいそうでしょう、私』みたいなことを、やっぱりどこかで思っているんでしょうね。でもこれ以上、引いてしまうとやっぱり嘘になる。だからこれより他に書きようはなかったんですけれども」

 母は消え、大切な居場所は失われた。けれども、父と娘の関係性はそれでも断たれない。その理由はぜひ本書で確かめてほしい。これは普遍的な親子の物語であると同時に、大人の成長小説でもあるのだ。

「ああ、本当にそうなんですよね。おばさんとおじいさんの成長譚(笑)。でも、この本を書いたおかげで、娘として父にできることは全部やった、という思いがあって。母の死を思い出すと今でも悔やんでしまう部分があるんですけど、父に関してはもういつ死なれてもオッケー(笑)。もし明日死んでしまったとしても、きっとまっすぐな気持ちで恋しく思えるし、寂しくなれるんじゃないかなと思います」

 困難で、愛おしい家族。ラストシーンのこの一節を読めば、きっと誰もが自分の家族とのあり方に思いを馳せずにはいられないだろう。

〈親子は愛と憎をあざなった縄のようだ。愛も憎も、量が多いほどに縄は太くなり、やがて鋼の強度を持つようになるのだろう〉

取材・文:阿部花恵 写真:冨永智子