11年前の誘拐事件に秘められた謎。色彩豊かな感動のミステリー『星空の16進数』逸木 裕インタビュー

小説・エッセイ

2018/7/6

 第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作『虹を待つ彼女』で2016年、鮮烈なデビューを果たした逸木裕さん。謎解きミステリーの面白さと繊細なタッチの人間ドラマを融合させた作風で注目を集める新鋭が、新たに挑んだのは「色彩」にまつわる青春ミステリー。心を揺さぶるその世界に迫った。

 

『星空の16進数』

『星空の16進数』
逸木 裕 KADOKAWA 1500円(税別)
ウェブデザイナーとして働く17歳の藍葉は、ある風景が気になっていた。それは6歳の時、誘拐犯に連れ込まれた部屋の壁にあった色の洪水。藍葉はひょんなことから知り合った私立探偵みどりに、自分を誘拐した女性・朱里を探してほしいと依頼する。事件に隠された意外な真実とは──。色鮮やかな傑作ミステリー。

 高校中退後、ひとり暮らしをしながら、ウェブデザインのアルバイトをしている藍葉、17歳。単純な作業を命じられるだけの職場だが、人づき合いが苦手な藍葉にとっては、学校よりも居心地のいい場所だ。そんなある日、アパートに私立探偵の森田みどりが訪ねてくる。みどりがバッグから取り出したのはある人物から託されたという白い封筒。その中には百万円の札束が入っていた――。

 巧みなストーリーテリングで注目を集める新鋭・逸木裕さんの第3作『星空の16進数』は、新境地に挑んだ現代ミステリーだ。

「デビュー作の『虹を待つ彼女』と2作目の『少女は夜を綴らない』では、予想のつかないストーリーを評価していただきました。もちろん嬉しいことなんですが、ストーリーの転換点が多く、まるで〝空中戦〟のような小説といった印象があります(笑)。そこで3作目ではよりオーソドックスなミステリーに挑戦することにしたんです。作中にも名前を出していますが、ロス・マクドナルドやヒラリー・ウォーなどの捜査小説が好きで、そうしたテイストに少女の成長物語を重ねてみました」

 育児休暇中だというみどりは、デビュー作にも登場していたキャラクター。『虹を待つ彼女』は近未来を舞台にしていたので、こちらが前日談ということになる。

「『虹を待つ彼女』ではみどりに思ったほど活躍の機会を与えることができませんでした。それがずっと心残りでいたんです。読者からも『みどりの活躍をもっと読みたい』という声をいただいて、みどりメインの長編を書いてみることにしました。執筆してみると藍葉の物語が中心になって、みどりは第2主人公のポジションになりましたけどね(笑)」
 

あやうさを抱えた大人の成長譚でもあるんです

 藍葉は6歳の頃、母親が目を離したすきに路上で誘拐されたという過去をもつ。犯人は主婦の梨本朱里。後の捜査で、不妊治療に悩んだすえの突発的な犯行と断定された。百万円の送り主は朱里だ。そう直感した藍葉は、みどりに人捜しを依頼する。実母と折り合いの悪い藍葉にとって、朱里と過ごしたわずかな時間は、鮮烈な記憶となって焼きついているのだった。

「聞き分けのない子に腹を立てて、両親が遠くに行ってしまうというのは日常的に目にする光景ですよね。そのすきをついて、子どもが欲しくてたまらない人が誘拐してしまう。そんな誘拐犯に思い入れを抱くのはどんな女の子だろうと想像しながら、藍葉のキャラクターを作りました。藍葉はコミュニケーションが苦手で、人とうまく繋がることができない。対照的にみどりは相手の感情を察知することに長けたキャラクターです。僕はどちらかというとみどりタイプなので、不器用だけど自分だけの世界を持っている藍葉のような人に興味があるんです」

 藍葉は連れ去りの最中、四角い枠の中に美しい色が並んだオブジェを目にしていた。その記憶は事件から11年経った今も、色彩感覚に優れた藍葉の心をときめかせる。タイトルの『16進数』からキャラクター名、事件の手がかりまで、本書にはさまざまな色が氾濫している。

「ほんの短時間目にしただけで記憶に焼きつくものって何だろう、と考えて『色』というモチーフが浮かびました。藍葉は色彩感覚が鋭くて、ふだん目にする色でもカラーコードで表現できる。カラーコードというのはウェブデザインで使用する16進数の指示で、赤なら#FF0000、青なら#0000FFと表現します。知らない人には暗号みたいでしょうけど(笑)。僕はプログラマの仕事もしているので、カラーコードには日常的に接しているんです。これは藍葉の感性を象徴するのにぴったりだな、と思って使うことにしました」

 藍葉の依頼を受け、朱里の足取りをたどりはじめたみどり。朱里の元夫が暮らす家を訪ねた彼女は、そこでヤミ金業者らしい男たちに襲われかける。危うく難を逃れた彼女のなかに、平穏な日常では決して味わえない、危険な充実感が湧き上がってくる。

「みどりにとって探偵は、やらずにはいられない〝業〟のようなものなんです。この作品では『虹を待つ彼女』では踏み込めなかった、みどりの危うさを描きたいなと思いました。みどりは母であり妻であり、藍葉の前では成熟した大人としてふるまっていますが、彼女なりに問題を抱えているんですね。それが調査の進展によって変化してゆく。この物語はみどりの成長譚でもあるんです」
 

色彩を介してつながる母と子の物語

 物語は藍葉とみどり、それぞれの一人称で交互に綴られてゆく。みどりのパートは地道な聞き込みから手がかりが見つかり、事件のベールが一枚ずつ剥がれてゆく、という捜査小説の王道的展開。東京から神奈川、そしてまた東京へと向かうみどりの調査パートは、それだけでもミステリーとして読み応えがある。

「そう言ってもらって安心しました。ミステリーとしてはごくシンプルな展開なので、最後まで飽きずに読んでもらうにはどうしたらいいか苦心したんです。リアルな設定だけに、派手なアクションやカーチェイスを入れるわけにもいかない。結局、みどりのパーソナリティで読ませていくという形になりました。聞き込みで出会う人たちとの会話や人間観察を楽しんでもらえたら嬉しいですね。個人的にはみどりの夫の司が気に入りのキャラクター。みどりが好きになるだけあって、落ち着いていて高潔な男性ですよね」

 一方の藍葉はオブジェの色を再現することで、どこかにいるはずの朱里と繋がろうとする。その行為は日々の仕事にも着実に影響を与えていた。与えられたチャンス、初めての挫折、ものを作りだす喜び。傷つきながらも変わろうとする藍葉の姿に、あなたもきっとエールを送らずにはいられない。

「それまでの藍葉は与えられた仕事をこなすだけで満足していた。そこから自分の作りたいものを作るという段階に入っていきます。そのためには理論や技術が必要だし、壁にぶつかることもある。天才性がすべてを解決してくれる、という物語にはしたくなかったんですよ。僕は生まれつきの才能というものを信用していなくて、後天的に身につけたものの方が大切だと思います。藍葉が感じる創作の苦しみや喜びは、僕が小説を書いていくときに感じていることが反映されていますね」

 長い調査の果てに、みどりは11年前の誘拐事件の真相にたどり着く。藍葉が目にしたオブジェの正体は。そして梨本朱里とは何者だったのか?

「周辺情報からある人物を浮かび上がらせるという手法は、宮部みゆき先生の『火車』の影響かもしれません。もちろんあの傑作に正面からぶつかるわけにもいかないので、自分なりのやり方で朱里というひとりの女性の人生に迫ってみました。直接登場するシーンは少ないですが、朱里は思い入れの強いキャラクターですね。前作の『少女は夜を綴らない』が親と断絶する話だったので、今回は母と子が繋がる話が書けたらいいなという思いがありました」

 雨の日の悲劇を描いた印象的なプロローグから、『星空の16進数』というタイトルがすっと腑に落ちるエピローグまで、道に迷いながらも前に進もうとする女性たちの姿を描いた、しなやかで美しい傑作。高いハードルをクリアした逸木さんのこれからの活躍が楽しみだ。

「謎解きとキャラクターの成長が同時に描かれるのが、僕の理想とするミステリー。藍葉たちと一緒に旅をするような感覚で、じっくり楽しんでください」

取材・文=朝宮運河 写真=海山基明 イラスト=loundraw(THINKR)

 

逸木 裕×loundrawの世界

デビューから3作品。逸木さんの著書はすべてloundrawさんのイラストによって彩られている。
装画イラストとあわせて、過去作のあらすじを紹介。

『少女は夜を綴らない』

『少女は夜を綴らない』 逸木 裕 KADOKAWA 1400円(税別)
中学3年の理子は“人を傷つけてしまうかもしれない”という強迫観念に苦しみ、空想上の殺人をノートに書きつける。下級生の悠人にノートの存在を知られたことで、運命は狂い始めた。悠人は横暴な父親を殺す計画を、理子にも手伝ってほしいと迫るのだが――。少女と少年の切実な思いが胸を打つ青春ミステリー。

『虹を待つ彼女』

『虹を待つ彼女』 逸木 裕 KADOKAWA 1600円(税別)
2020年、研究者の工藤は死者を人工知能化するプロジェクトに携わる。試作品のモデルに選ばれたのは、センセーショナルな最期によってカルト的な人気を誇る美貌のゲームクリエイター・水科晴だった。工藤はやがて晴の人格に共鳴し、異性として惹かれてゆく。各選考委員絶賛の、第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

著者 逸木 裕さん

逸木 裕
いつき・ゆう●1980年、東京都生まれ。ウェブエンジニア業のかたわら小説を執筆し、2016年『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビュー。予想のつかないストーリー展開と繊細な人間ドラマを融合させたミステリーで、広く注目される新鋭。他の作品に『少女は夜を綴らない』がある。