ある現象が、見る人によって見方が違う。そんな人間の勘違いを“すこし・ふしぎ”に「青春ブタ野郎」シリーズ【鴨志田一インタビュー】

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更新日:2018/10/22

思春期症候群――それは『他人の心の声が聞こえた』『誰かと誰かの人格が入れ替わった』といった、思春期特有の不安定な精神状態によって引き起こされる現象を指す。高校2年生の梓川咲太は図書館で野生のバニーガールと遭遇し、彼女の身に起こった思春期症候群の解決に身を乗り出す。

TVアニメ『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』

鴨志田 一
かもしだ・はじめ●1978年、神奈川県生まれ。2007年、『神無き世界の英雄伝』でデビュー。TVアニメ化された『さくら荘のペットな彼女』では脚本も担当し、以降、小説家兼アニメ脚本家として活躍する。他作品に『Kaguya』『放課後あいどる』、アニメ版も手がけた『Just Because!』など多数。2014年より「青春ブタ野郎」シリーズを開始し、現在も継続中。既刊8冊。

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 小説『さくら荘のペットな彼女』シリーズや、青春アニメ『Just Because!』のシリーズ構成・脚本で知られる鴨志田一さん。
 2014年より取り組んでいるフシギ系思春期小説「青春ブタ野郎」シリーズが、今秋、TVアニメとなって放送開始する。

「僕はアニメの脚本の仕事もしていますので、制作側からすればやりやすい部分とやりにくい部分の両方があるのかもしれませんね(笑)。脚本の打ち合わせにも毎回参加して、増井(壮一)監督や脚本家の横谷(昌宏)さんと密にやり取りさせていただいています」

 原作を読んだお二人からの感想が、「もしこの作品がアニメ化されるとしたら、こういう部分を大切にしてほしい」と鴨志田さんが密かに思っていたことと合致していたという。

「ライトノベルのアニメ化というよりも、普通に青春ドラマを作ろう、というのが一番の軸であってほしかったのです。この世界に生きている僕たちと同じようにキャラクターたちにも歴史や背景があって、それを観る人に感じさせるようにしたい。生きている人間を描きたいという思いが3人とも一致していました」

 思春期症候群に関する部分は、アニメーションでは可視化されるからこそ表現するのが難しいのではないだろうか。

「横谷さんが理解の深い方なので、そのあたりはお任せしています。それに僕自身、不思議な現象の帳尻を完全に合わせる必要はないと思って書いているんです。あくまでも描くべきはキャラクターのドラマ、彼らの感情であるべきだと。それらを引き出す装置としての思春期症候群であるので、謎の全てをきっちりと解き明かしていくスタイルよりも、多少の曖昧さを残すほうがこの作品には合っているように感じて」

 たしかに、作中でもことあるごとに思春期症候群は「思い込み」「気のせいでは?」などと言われている。

 その最たるものが、咲太の妹かえでに降りかかった症状だ。SNSのコミュニティ内で誹謗中傷を書き込まれ、それを読むたび刃物で切り裂かれたような傷が体にできる。しかし、医師や周囲の大人は自傷行為とみなして理屈で説明づけようとする。その結果、梓川家には亀裂が入り、両親と子どもたちは別々に暮らしているのだった。

「ある現象が、見る人によって見方が違うというのは何ごとに於いても当てはまると思います。自分としてはSFを書いているつもりはなく、人間の勘違いのようなものを〝すこし・ふしぎ〟な範囲で書きたかった。それに登場人物たちが高校生なので、まだ彼らの見たことのないものや、知らないことだってたくさんあるはずなんです」

 自分の探していた答えが自分のまだ知らないことだったというのは実社会にはよくあること。いや、この世界に充ちている謎や不思議のほとんどがそうなのではないだろうか。
 

思春期症候群に立ち向かうヒーローとしての主人公

 本作品のそもそもの出発点を、「毎年夏になると映画などでやっている〝ちょっと不思議な青春もの〟ジャンルに、いつかは挑戦したかったから」と鴨志田さんは語る。

 では、どんな不思議がいいだろう?と思いを巡らし、思春期症候群がひらめいた。思春期ゆえに発生する特異な現象。たとえばバニーガール先輩ことメインヒロイン、桜島麻衣の身に起こるのは、周囲の人から見えなくなる透明化現象だ。

「こんな不思議が起こるのはどんな子なんだろう?という考えから女性キャラクターを作っていきました。麻衣であれば、他人から見えなくなる、つまり自分が消えてしまうわけですが、もとから影の薄い人物がそうなったとしても意外性がありません。ならいっそのこと影が薄くなりようもない国民的スターにしてしまおう。加えて、そんな女性とお付き合いしたらきっと楽しいよね、という男の子の願望充足的な部分も補完できる! と(笑)」

 加えて彼女が生きている芸能界には一発屋といった、いわゆる「消える人」たちが多い。そんな二重の意味がこもっている。

 そして主人公の咲太は作者曰く「斜に構えた性格」である。

 冷静で観察力があり、口にしていることのどこまでが本音でどこからがはぐらかしなのか読めない。噂話を信じない。携帯電話を持たない。前作『さくら荘のペットな彼女』の主人公・空太とは対照的な、なんとも掴みどころのない人物だ。

「咲太は、空太に対するカウンターから生まれた主人公です。読者目線からすれば空太は等身大で共感しやすい、ストレートな男の子です。対して咲太は、読者から見てカッコいいと思えるような男の子にしたかった。『なんでこいつがモテるのか納得いかない!』と言われるようでは説得力が生まれませんし、作中の女性キャラクターたちと読者である男性たち、その両方の目に魅力的に映る主人公を目指しました」

 実際、咲太は造型的にはヒーローにあたる。各巻ごとに異なる攻撃を仕掛けてくる思春期症候群と対峙して、倒す役割を担っている。

「彼の闘いは目に見える敵をやっつけるというものではありません。現実世界の問題が拳で解決しないのと同じように、思春期症候群によって引き起こされる様々な問題に立ち向かえる芯の強さ、ブレなさが彼の根幹にあります」
 

TVアニメ『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』

青春の主観から客観へと変わって理解が深まった

どうやら思春期症候群はSNSと相性がいいようだ。上記のようにかえではSNSでのいじめによって心身に傷を負った。第2弾のヒロイン・朋絵はSNSを駆使した女子高生生活にしんどさを感じており、第3弾の主役・理央は現実の自分とSNS上の自分に分裂している。

「思春期症候群という現象自体が、人は目の前にあるものをどう認識するかというものなんです。何を正義として何を悪とするか、そしてその正義を決めるのはSNSの投票です、という空気が当たり前のようになってきている感じがするんです。『みんながいいと言ってるからいい』という消極的賛成みたいな空気感が。SNSはとても便利なもので、『Just Because!』ではLINEをコミュニケーションの一つとして使っている高校生たちを書きました。一方で、便利さゆえに生まれる不幸というのもあるわけで、本作ではそんな消極的賛成が蔓延している空気対咲太という構図をとっています」

 10代の心を瑞々しく、躍動感に充ちて描き、多くの読者を獲得してきた鴨志田さん。作家自身が年齢を重ねていくにつれ、10代の物語を書くことに変化は生じてくるだろうか?

「たぶん30歳の頃の自分だったら、40歳になってまで青春小説を書くのは無理だろうと思っていたでしょう。でも、40歳になった今思うのは、年をとるにつれ青春期を客観的に見ることができるようになり、理解が深まってきたということなんです。青春の主観から、客観へと変わった。あの時期に感じていた自分でもよく分からない葛藤や苦しさ、悩み。それら主観の感情を、客観的な視点で見つめる。それを大事にしながら書いています」

取材・文:皆川ちか

 

TVアニメ10月放送開始
『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』

『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』場面写真

原作:鴨志田 一「青春ブタ野郎」シリーズ 原作イラスト:溝口ケージ 監督:増井壮一 構成・脚本:横谷昌宏 キャスト:石川界人、瀬戸麻沙美ほか
●たとえば「周囲の人間から見えなくなる」──不安定な精神状態が引き起こすという「思春期症候群」の少女達と、高校2年生・梓川咲太は出会う。心に響く、切ない思春期ファンタジー。2019年には『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』劇場公開予定。
公式サイト https://ao-buta.com/