『UC』と『NT』。感情を激しく揺さぶるガンダムの音楽は、どう生まれたか――澤野弘之インタビュー(『NT』編)

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更新日:2018/12/10

『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』公開中、松竹配給 (C)創通・サンライズ

『UC』とのエピソードを語ってもらった前編に続き、新作の『機動戦士ガンダムNT』で劇伴と主題歌“narrative”を手掛けた澤野弘之へのインタビューをお届けする。『NT』の物語は『UC』と地続きになっており、音楽の基本的な質感は踏襲しながらも、『NT』の楽曲には新たな手触りを感じることができる。すでに劇場版をご覧になった方には共感していただけると思うが、宇宙空間での戦闘シーンで流れるメインテーマ“Vigilante”は、映像とあわさることで観る者を昂揚させてくれる。『UC』『NT』には澤野弘之の楽曲が不可欠――そんなことを感じさせてくれる、最高のシーンのひとつだ。また、澤野弘之のボーカルプロジェクト・SawanoHiroyuki[nZk]として、LiSAをボーカルに迎えた“narrative”も、『UC』のepisode6、episode7のエモーションを加速させた“Re: I AM”“StarRIngChild”に並ぶ、出色の名曲になっている。『NT』の音楽に感じている手応えとともに、音楽家・澤野弘之の現在についても話を聞いた。

メインテーマの“Vigilante”は自分的にもすごくやりがいがあったし、『NT』の音楽に没頭できるきっかけになった

──『NT』の音楽制作についてですが、『UC』の音楽はひとつ完成したものとして存在していて。『NT』は近しくはあるけれども、まったく同じではいけないわけですよね。

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澤野:そうですね、はい。

──澤野さんは野心的な部分を持った方だから、「もっとやってやるよ!」もあったかもしれないし、「いやいや、これちょっとできすぎでしょ。『UC』を越えられるの?」みたいな認識もあったかもしれない。『UC』は音楽の完成度がものすごく高かっただけに、比較は避けられないけど、それって実はけっこうハードなことかな、と思いまして。

澤野:そうですね。逆に言うと、『UC』に対抗してやるというよりは、『UC』の音楽もある程度使う前提が最初にあったので、「『UC』の音楽があるから大丈夫かなあ」みたいな(笑)。

──ははは。

澤野:困ったときには『UC』が助けてくれるというか。吉沢俊一監督からは、「『NT』には差別化した音楽が必要だ」って言われたので、『UC』に対抗するというよりも、その差別化の部分に意識を持っていけばいいのかな、という気持ちが強かったです。『UC』に足りなかった音楽をどう構築するかを意識していた部分も強かったので、そこまでプレッシャーはなかったです。

──『NT』は『UC』と地続きの話ですけど、印象として『NT』はよりシリアスな話になっているじゃないですか。『UC』にも運命に翻弄される人たちがたくさん出てきましたけど、『NT』のストーリーをどのようにとらえていたんでしょうか。

澤野:『UC』のときも、たとえば悲劇的な音楽を作るときはものすごく悲劇のようにするというか、たとえばジンネマンの過去は救いようのない悲劇だったりするので、そこに対してものすごく「ド悲劇な音楽」を自分の中で意識して作ったりはしてました。

──(笑)「ド悲劇」って言葉、初めて聞きました。

澤野:(笑)『NT』の場合は、大枠は聞いてはいたんですけども、内容に寄り添って音楽を作るというよりは、監督から「とにかく差別化したい」ということと、エレクトロニカの要素を強くしてほしいという要望があって。監督から渡された音も、激しめなテクノのような曲で、それは『UC』ではあまりやってなかったサウンドなので、「こっちにけっこう振っちゃっていいんだ」という認識だけして、音楽に取りかかっていったところがありましたね。『NT』はこんなサウンドになりますよって、サントラを聴いた人にも伝わりやすいアプローチができればいいかな、という感覚でした。

──結果、完成した『NT』のサウンドトラックには、どれくらい満足してるんですか?

澤野:それはもちろん、大変満足してます(笑)。でも、最初に『UC』の音楽を作ったときとは、ちょっと感覚が違いますよね。できあがった映像に音を当てはめてるのを観たり、改めて『NT』のサントラを通して聴いたりしたんですけれども、『UC』でやれなかったことを『NT』でできた部分もあったな、と思いました。一番大きく感じるのは、ダンスミュージック的なアプローチを入れたメインテーマの“Vigilante”っていう曲なんですけど、そこで歌ものの曲を使ったのは、『UC』のときにはなかったことで。『NT』では戦闘シーンの重要なところでかかるんですね。そこは、自分の中で新しい感覚になれた、というか。できあがった映像を観て、これは『NT』だからこそできたことだな、と感じてます。“Vigilante”のような曲がメインテーマになったのは、自分的にもすごくやりがいがあったし、この曲が『NT』の音楽に没頭できるきっかけになったなあ、とは思います。

──なるほど。ちなみに、今回のサントラの収録曲リストをいただいたんですけど、タイトルを見て驚きました。澤野さんのサントラなのに、曲名にダジャレがなくて。

澤野:(笑)そうそうそう、珍しくダジャレがないですね。『UC』のサントラの4枚目のときに、シンフォニック~みたいなタイトルをつけちゃってたので、その流れです。今回は大人しくしました(笑)。もういろいろやりすぎてて、だんだんタイトルが思いつかなくなっちゃったんです。大人の対応というか――大人なのか、逃げ腰なのかわからないですけども(笑)。

──(笑)主題歌“narrative”のゲストボーカルはLiSAさんを起用しているわけですけど、これはどんな経緯があったんでしょうか。

澤野:最終的には僕が決めることではあるんですけど、もともとはプロデューサーの小形さんとレーベルの方が事前に話していて。『UC』のときにAimerさんをフィーチャーしたりしていたので、『NT』でもアーティストとコラボするのはどうですか、みたいな案があって。その中でLiSAさんの名前が出て、ふたりの中で「いいですね」ってなった後に僕のところに話がきて、「もし本人がOKだったらやってみたいです」というところでお願いしました。もともと、機会があったらご一緒してみたいな、と思ってましたし。

──機会があったら一緒にやりたい、と思っていたのはなぜ?

澤野:今年、『銀河英雄伝説』の主題歌をやったときにUruさんというアーティストとコラボして、[nZk]のほうでもアーティストコラボみたいな動きをやっていけたら面白いですね、みたいな話をしてはいたんですよ。LiSAさんも同じSACRA MUSICにいるし、活躍もされているので、いつかプロジェクトの流れでやれたらいいな、と思っていて。あと、AimerさんとLiSAさんは一緒にライブをやったりしていた中で、その後でたまたまAimerさんと僕が会ったときに、「LiSAさんの声、絶対澤野さんの曲と合いますよ」って言ってくれて、それも自分の中で印象に残ってました。

──実際に一緒にやってみて、どのように感じましたか。

澤野:やっぱり、いろんな曲を歌われてきてるじゃないですか。LiSAさんのボーカルアプローチって、彼女の中で確立されていると自分は思っていて、エッジが効いた声というか、特にアップテンポの曲でカッコよく歌っている方というイメージがあったんです。僕の場合、バラードだとそれこそAimerさんだったり、ちょっとハスキーな感じの声の人にお願いすることが多いんですけど、LiSAさんの歌声が乗ることで、今までとは違うアプローチの楽曲になるんじゃないかな、という期待がすごくありましたね。LiSAさんもいろんなことを考えてレコーディングに挑んでくれたことで、今回完成した曲は、僕が想像していた以上のものにしていただけたな、という感じはします。

 歌録りにもお邪魔させていただいたんですけども、何も言うことがなくて。普通に出てきた歌の感じが、「やっぱりすごいなあ」という感覚で、ただの視聴者みたいな感じで聴いちゃっていました。もう、「すごいっす」しか言えないんですよ。「全然大丈夫っす」「適当にやっているわけじゃないんですけど、ただ本当にすごいです」みたいな感じでしたね(笑)。

──(笑)特にディレクションすることもなく。

澤野:はい。でも、LiSAさんがいろいろ考えてきてくださったなあ、という感じはしました。方向性も、同じ方向を向いていてくれたというか。LiSAさんがやってくれたことで、『NT』だからこその主題歌にしてもらえたな、と思いますね。今回、劇伴の曲に関してはエレクトロニカ中心で作っていて、そこは『UC』と差別化して作っているんですけど、主題歌に関しては自分の中で“RE:I AM”“StarRingChild”の流れをある程度は汲みたいと思っていて。もしかしたら、曲調という部分では、僕は同じような曲調を書いちゃってたかもしれないけど、LiSAさんのおかげで違う世界観の曲に持っていってもらえたと思います。

──ではここで、歌った本人から澤野さんへのメッセージをお伝えしたいのですが――。

澤野:クレームですか!?(笑)。

──(笑)質問でした。「ビタミンC食べてますか?」と。

澤野:ははは! まだ食べれてないっす。この間対談したときにもらったんですよ。「めちゃくちゃまずいんですよ!」って言われてもらったら、めちゃくちゃまずくて(笑)。来週から摂ります!

──(笑)澤野さんからのメッセージ返しもお願いします。

澤野: LiSAさんって名前が出るだけで、ファンの方もそうですし、ある程度LiSAさんを知っている方は、彼女がどういう歌を歌っていて、どんなパフォーマンスをしてるのか、ある程度イメージがありながら曲を聴くじゃないですか。その人が歌うことに意味がある、というか。たとえば『NT』を観ていない人でも、LiSAさんが歌っているというところで、LiSAさんではない人が歌っていた場合とは、楽曲の聞こえ方が違うと思うんですよね。ガンダムファンの方は、『NT』を観た流れで主題歌を聴いて、『NT』の曲として感情移入すると思うんですけども、『NT』を観ないLiSAさんのファンは、LiSAさんが普段歌わないような壮大なバラードを歌ったことに物語を感じてくれて、そこでまた感情を高ぶらせてくれるところもあると思うんですよね。そういう意味で、LiSAさんという存在に、歌をたくさん助けてもらえたことに感謝してます。あとは、「怖い人じゃなくてよかったです」という(笑)。

──(笑)どんな印象だったんですか。

澤野:ロックをやっているボーカリストの方なので、すごくつんけんされたり、話しかけても「あ、今違うんで」とか言われたりしたら、「おっさんヘコむなあ」と思ってたんですけど、全部受け止めてくださって、すごく優しい方でよかったです(笑)。今回はMVにも出演してもらって、LiSAさんの存在もあって今までのMVとはちょっと違う感じになったな、と思いますね。

──澤野さんもバッチリ決まってたじゃないですか。

澤野:いえ、そんな(笑)。LiSAさんに影響されて、バッチリ決まってるように見えただけですよ。よーく見たら、「こいつ決まってないな」とたぶん思いますよ(笑)。

『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』公開中、松竹配給 (C)創通・サンライズ

『NT』は、僕にとって『UC』のまた新しいスタートの作品

──澤野さんには過去に三度、1年に1回お話を聞いていて、毎年の質問で恐縮なんですが、久石譲さんや菅野よう子さんのようなブランドを持った作曲家になりたいという目標に、この1年で近づけた感覚はありますか? まだまだと思っているとして、近づくためには今、何が必要だと思いますか。

澤野:まず近づけているかということについては、毎年同じ答えで申し訳ないんですけど、近づけてるとは思ってないです(笑)。それは、感じていますね。もちろん、5ミリくらいは近づいたかもしれないですけど、そんなの匙加減で戻る可能性もありますから。

──ははは。

澤野:近づくためには……結局、自分の中で大事にしなきゃいけないと思っているのは、この間Aimerさんと対談したときに――Aimerさんが大活躍されてると僕はよく言ってますけども(笑)、やっぱりRADWIMPSとかONE OK ROCKといった人気アーティストに楽曲を提供されたことで、Aimerさんの見え方も変わったりしたじゃないですか。あるいは『Fate』という作品によって、見え方が変わったところもあったかもしれないですけど、そういう影響はあったにしても、その影響があったからAimerさんが今のようになったかというと、そうじゃないと僕は思っていて。彼女の音楽への向き合い方、どの曲に対してもちゃんとボーカルとして向き合わなきゃいけないという部分は、彼女のほうが年下ですけど、勉強になるというか。音楽に対してちゃんと向き合ってきた人だから、チャンスも近づいてきたり、作品が寄ってきたところがあると思うんですよね。

 僕も、「大きい作品に関わるようになりたい」みたいな意識を持ちそうになっちゃう部分は、まったくないわけじゃないんですよ。でも、そこに囚われちゃいけないんだなって、Aimerさんの向き合い方を見て、改めて思ったというか。作品頼みで音楽に取り組む、それはしてはいけないことではないんですけど、そういう意識で音楽を作るのではなくて、あくまで音楽に対して、一個一個作るものに対して、ちゃんと向き合う。向き合ったものが、関わる作品がたまたま大きかったり、知らず知らず大きくなっていくことで自分の見え方も変わっていく、ということを大事にしないといけない。そこの根本がフラフラしてると、行きたいところに行けないんじゃないかなって感じたんですね。だから、その部分を大事にしていくべきだろうって、今は自分に言い聞かせていますね。

──なるほど。

澤野:たとえばおいしい話が来たとして、「もしかしたらちょっとファン増えるかな」とか、なりそうになるんですけれども。そこに意識を持っていっちゃうと、本来向き合わなきゃいけない音楽から離れていっちゃうと思っていて。それを選んで、今よりも認識してもらえる場所に行ったとしても、今度は音楽に対する自分の関わり方が、理想と違うことになってしまう可能性もあるなあ、という気がしています。根本の部分で揺るがないようにしないと、チャンスも活かせないんじゃないかなって、改めて感じていますね。

──では最後に。『UC』と差別化することを明確に意識して音楽に取り組んだ『機動戦士ガンダムNT』という作品に関わった経験は、今後澤野さんにとってどういう意味を持っていくと思いますか。

澤野:やっぱり『UC』があったからこそ『NT』につながったので、僕にとっては終わっちゃった『UC』のまた新しいスタートの作品、という気持ちですね。新たな『UC』の始まり、というか。自分の中で、「だんだん『UC』という作品から離れていくなあ」という意識があった中で、『NT』があったことで、また始まる感じがしてます。『NT』で終わるのではなく、『UC』という作品がまたここから広がっていく期待もあるし、ここからもし派生していくとして、必ずしも自分もそれに関わっていたいとかではなくて、仮に他の方が音楽を担当したとしても、『UC』がいろんな形で広がっていってほしいという気持ちも込めて、音楽を作ったところがありました。なので、僕にとっては『UC』の再スタートの作品になった気がしています。

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取材・文=清水大輔