『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第4回 中島義道】 哲学者に「自己実現」は必要ない?――幸福を求めることが不幸を招く、の真意

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2019/4/11

哲学者の辞書に「自己実現」の文字はない

ムーギー なるほど。ところで話は変わりますが、ビジネスパーソンの中には、承認欲求が満たされずにひたすら競争している人が多いんですね。そういう人たちに対するアドバイスは、他人と比べず自分の価値観で物事を体現する自己実現を追求しましょうというものが大半です。そこで、哲学の観点では、自己実現をどう認識されているかお聞きしたいのですが。

中島 自己実現という言葉、意味がわからないから哲学者は使わないんだけど。自己満足ってこと?

ムーギー そうですね。人から見た幸せな状態ではなく、自分の軸で幸せと思えることですが、自分がどうやって生きるかというフレーム自体が社会にインストールされてしまっているので。

中島 幸福を求めることが不幸の原因なんですよ。幸福を求めると他人の幸福とぶつかりますし、他人から誤解されますし、人間が期待するほど現実は上手くいきません。いつ地震が起きて命を落とすかもわかりませんからね。そもそもDNAも含めて、人間はみんなはじめから条件が違うわけですよね。だから競争しても仕方がないし、評価することにも価値がない。では何に一番価値があるのかと言うと、誠実さや真実さだという考えなのです。カントもデカルトもキリスト教も。しかし多くの人は幸福を第一にするので、不幸になるなら真実を語らないことを選びます。これが一番よくない。真実というのは、幸福を犠牲にしてはじめて光輝くものでもありますから。

ムーギー 人生で目指すべきは幸福か、それとも真理か。難しい問題ですね。そもそも何をもって幸福とするかも、人の数だけさまざまな形態があると思うので。

中島 幸福というのは矛盾概念で、その人自身の幸福に加えて、やはり他人からの評価が入っているんですよ。だから哲学の原理で説明できるものではないんです。

ムーギー つまり、私たちが考える幸福そのものが、哲学の対象ではないと。それでは、一般のビジネスパーソンにとって、哲学はどんな価値を持ちうるでしょうか。

“自分で”考えていますか?

中島 どんな人でも明日死ぬかもしれないし、人類もいつか絶滅するだろうし、真実も含めてわからないことだらけなので自分で考え続けるしかない、ということがまず前提としてあります。そして、認識的には科学が対応しても、存在論は科学が対応できないので、なぜ自分がいるのか、自分は何を感じて、何を考えているのかを重視すること。そうやって遅かれ早かれ確実に死ぬことを意識したうえで、自分が価値を置くものは何なのか考えることが大切で、それが哲学の価値と言えると思います。

ムーギー 幸福を目指して頑張ったつもりでも、結局、最後に人生意味なかったよねとならないように、生きる価値とか、生きる目的を考える必要があると。個人的な体験は人それぞれで最適解などないから、結局は自分で考えるしかない。それが哲学なんですね。

中島 そうです。大事なのは、どうやったら成功できるかなどと問うことではなく、自分のマイナス面を全部見て自己欺瞞を引き剥がすこと。そしてゼロから出発するのです。他人の評価は本当にくだらないから、そこから解放されるだけで自分に本当の自信が持てます。

ムーギー 先生の哲学塾では、優しい哲学は一切教えず、カントの難しいものを教えているのですよね。それでも手応えがある人だけ残ればいいと思っていらっしゃる。そうやって生きる目を養って、浅はかなことを見抜き、人生はもっと重厚で簡単には説明できないことや、二者択一ではなく矛盾も多いことを知る必要があるんですね。

中島 たとえば、突然、自分の子どもを殺された親は、「なぜ自分の子どもが殺されたのか?」と問い続け、地震で子どもは死んだのに自分は生きている親は、「なぜあの時、手を離したのか?」と“なぜ”を問い続けます。日頃、どれだけ科学的なことを信じていても、ある理不尽な状況に陥った時、そうじゃないものを求めるのが人間です。その時に問うのは、やはり“真実”なんですね。誰にも答えることのできない問いに向き合う。そして、そういう目に遭わなくても“真実”を問う能力がある者が哲学者なのです。

(構成・樺山美夏)

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