ベテラン通訳者は、どMアスリート!? 現場で見た「ここだけの話」とは? 【インタビュー】

ビジネス

公開日:2019/5/9

「一度、ネットで炎上バトルっていうのを体験してみたい」

 こんな過激なことを茶目っ気たっぷりに言うのは、『同時通訳者のここだけの話 プロ通訳者のノート術公開』(アルク)の著者である関根マイクさん。職業は通訳だ。聞くところによると、人前での失敗や恥を糧に成長する職業のため、通訳者は打たれ強くてM気質な人もいるらしい。とはいえ、想像のはるか上を行くこのコメントには、納得するよりのけぞってしまう人も多いだろう。

 マイクさんは、同時通訳はじめ、会議通訳、法廷通訳、スポーツの現場通訳まで経験豊富なベテラン。これまで20年以上にわたって、世界中の政治家やビジネスマン、さらにスポーツ選手や日本国内で罪を犯した外国人まで、さまざまな背景や事情がある人たちの声を代弁してきた。日本語と英語を巧みに操る“ちゃんとした”プロの通訳者なのだが、これまでのイメージを覆す異色な通訳者であることには違いないだろう。ユーモアにあふれ、アスリートのように負けず嫌い。今までフリーランスとしてキャリアを重ねた実績は、経験と周囲からの信頼が裏付ける。そんなマイクさんの“奮闘記”でもある同書が、業界を超えて話題沸騰中だ。最近では通訳の現場に行くと「本、読みました!」と声をかけられることが増えたと、恥ずかしそうに頭をかくマイクさんに話を伺った。

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『同時通訳者のここだけの話 プロ通訳者のノート術公開』(関根マイク/アルク)

■通訳の現場を美化せずありのままに。通訳で筋肉痛、胃痛になるってどういうこと?

――この本は英語学習月刊誌『ENGLISH JOURNAL』の連載をまとめたものですね。2015年から続いているとか。連載が始まった経緯と内容のこだわりを教えてください。

関根マイクさん(以下マイク): はい。『ENGLISH JOURNAL』という雑誌の特性上、英語はこうやって勉強しようみたいな真面目なコンテンツが多いんですよね。そこで、交流のあった当時の編集長・永井薫さんと、ちょっと口直しになるような、軽めの、でも“言葉”と関係のあるコンテンツをつくろうとスタートしたんです。

 居酒屋でもネタにできるような軽いノリがいいね…、最初はそんな感じだったと思います。通訳のエッセイ本は、これまでにもあるけれど、自分にはどこか美化しすぎてるように感じていたんです。きっとイメージやブランディングもあるからだと思うけれど、ぼくはもうちょっと現場のありのままを伝えたかった。

 それで、自分の失敗談も盛り込みながら、「苦労してるのは(読者、英語学習者の)君たちだけじゃないんだよ。プロのぼくたちも苦労してる」という内容を軽いタッチで綴ることにしました。それが人気になって、おかげさまで今も連載は続いています。

――国際会議や裁判所での修羅場、都内をスーツ姿で自転車に乗って駆け回る通訳に、国際スポーツ大会など、一般人にはなかなか体験できないような現場で活躍されてきました。キャリアや心境に変化はありましたか?

マイク: いろいろやってきましたね。自転車に乗っての通訳は足がパンパンになりましたよ(笑)。変化というと、長く通訳をやっているとやっぱり慣れてきてしまうので、緊張感も鈍くなるというか麻痺してしまいがちだけれど、“通訳の仕事が人の人生を左右する”ことは忘れちゃいけないと思っています。

 特に裁判は本当にそう。最初の頃はすごく胃が痛くなりました。ガランとした傍聴席にぼくが通訳する被告人の奥さんしかいなくて、ずっと泣いていたり…。自分もものすごく辛い気持ちになったことは、今でも鮮明に思い出せます。

――精神的にも体力的にも過酷な裏話がたくさんありましたが、なかでも「体力の限界」を具体的に綴ったエピソードには驚きました。「肩こり、腰の痛みがきて、だるさ、聞き取り能力の低下と思考の空白の頻度が増して、目がチカチカして、腕がしびれ始める」って!

マイク: そうそう、通訳をしているとだんだんと身体が壊れていくのがわかるんです(笑)。手足がしびれていきますね。さすがに今は、そこまで酷使させられる仕事はやらないです。でも、若かった頃はぜいたくを言えなかったし、何でも請けてやるぐらいの気持ちでやっていました。

■実は勉強嫌い。メンタルはモンスターペアレントに鍛えられた!?

――マイクさんは中学から大学時代にカナダ留学していたそうですね。通訳になったのは、本書にもあるように学生時代のアルバイトがきっかけだとか。打ちのめされながらも、独学で通訳になろうと思ったことが、すごくタフだなと。

マイク: 本当なら通訳学校に行けたら良かったと思いますよ。でも、学生で、お金もなかったから。大学のコンピュータルームに朝までこもって、どうやったら通訳になれるか、必死になって調べました。大学のコンピュータならお金もかからないですからね。

 プロになるためにいろんなことをしてきたけど、最初はプロのパフォーマンスを聞くことから始めました。片っ端からいろんな国際会議に行きましたね。そうやって、たくさん聞くと、プロがどうやって通訳しているのかわかってくるんです。

 とにかく独学で実地体験しながら走ってきました。始めた当初は未熟で、たくさんの人に迷惑をかけました。でも、スクール1年分の勉強を、現場1カ月ぐらいのペースで習得していった気がします。そうやって痛い目にも遭ったから、早く学ぶことができたと思います。

 当初はめげることもありましたよ。でも、生活していくために仕方なかった。今も実は勉強は嫌い。でも、勉強していかないと生き残っていけないですからね。

 昔は、メンタルも弱かったんです。でも、カナダでの大学時代に鍛えられた。というのも、学内のスポーツやイベントを増やしたくて、立候補して生徒会に入ったんです。そうしたら、なぜか校内規定をつくる内務担当理事というのをやらされてしまって。例えば、ロッカーに荷物を72時間以上放置したら、どんなプロセスを経て、どういう処分をされるか、とか。校内のいろんな“法律”を、ぼくがつくって、対応したんです。

 そうしたら、“法律違反”した人たちの反発がすごかった。3年ぐらいの間に、モンスタースチューデント、そのモンスターペアレントたちとたくさん対決することになって、それでメンタルが強くなりました(笑)。今も法律分野の通訳を専門にしていますが、基本的な考え方は最初にここで養われたのかもしれません。

■ぜひ真似したいノート術! 「弟子に追い抜かれたい」という真意は?

――本書巻末で紹介されている「ノートテイキング」は、目からウロコでした。通訳だけでなく、誰でもこれを習得すれば大切な情報をリアルタイムで逃さず書き留められるんだと思いました。

マイク: ジャン=フランソワ・ロザンの教本ですね。1956年のものなんですけど、なんで今まで誰も日本語に訳してこなかったんだろう…。今のノートテイキング術の骨格にもなっていると思います。通訳者のノートテイキングって本当に人それぞれなんですが、参考になったのなら、うれしいです。

――マイクさんは日本会議通訳者協会(JACI)を立ち上げ、通訳者同士の情報交換の場をつくり、通訳者の地位向上や若手育成など、通訳業界の発展にも尽力されていますね?

マイク: ぼくがいつも言ってるのは、通訳の“技術”と“実力”は別物だということ。通訳の技術を持ってる人は多くいるけれど、営業力や交渉力などすべて含めたビジネスとして“実力”のある人は、意外と少ない印象です。だから、技術はとても高い人が、とても低いレートで仕事を請けていたりします。

 そういったいろんなことが解決に向かうように、この協会を立ち上げました。2015年に発足したばかりですが、200人以上の通訳者が集まるイベントができるようにまでなりました。この人数は、おそらく日本最大規模です。

 ぼく自身の通訳の技術はそんなに優れているとは思っていません。でも、ぼくは他の人よりも情報に貪欲なので、入念に準備や勉強をするし、後でそれを補う。また、人との繋がりを大切にしています。新しいことにもチャレンジします。失敗することもあるけれど、それで新しい繋がりができて、また別のプロジェクトや活動に繋がったりするから、楽しい。最終的には得をしてるんだと思っています。

 協会の活動も順調なので、今後は奨学金みたいな制度を作りたいと思っています。そこから次世代の通訳者が育って、ぼくなんて些少な存在だけれど、どんどん超えてってもらえたらな、と。教える側として一番うれしいのは、弟子や教え子が自分を超えていくことです。そうやって、次世代を育てていけたら、ぼくはひとつの役割を果たしたことになるんじゃないかなと考えています。

■8月末には日本最大級の通訳イベント開催!

日本通訳フォーラム2019
・日時: 2019年8月24日(土)9:00~18:00
・場所: 昭和女子大学(最寄駅:三軒茶屋)
・参加方法: WEBでチケット購入
・申込サイト: https://jif2019.peatix.com/view

取材・文=松山ようこ