なぜノンフィクション『極夜行』と桜木紫乃の『裸の華』がウイスキーにあうのか? 【書評家・杉江松恋さん×書店員・新井見枝香さん】

文芸・カルチャー

2019/5/17

 ひとりオフの時間に、ウイスキーを片手に燻したような香りの余韻に浸りながら、読書という「航海」に出る。そんな至福の夜を過ごすのにぴったりの本を書評家の杉江松恋さん、書店員の新井見枝香さんに紹介してもらいました。

――お2人はふだん、ウイスキーは飲まれるんですか。

杉江松恋氏(以下、杉江) 好きですね。というのも、僕の父親は北海道の余市生まれなんですよ。ニッカウヰスキーの蒸溜所があるのと同じ場所。見学に行ったこともありますし、実家にはニッカのウイスキーが日常のものとして置かれていました。大人が飲むビール以外のお酒といえばウイスキーというイメージだったから、大学生になって飲むようになると、自分のヒップボトルを買ったくらい。

新井見枝香氏(以下、新井) 私はお酒に縁のない家庭で育ったんですが、高校を卒業したあと、幼なじみが水商売の世界に行きまして。あるとき、出世した彼女が六本木で勤めることになって、お店で水割りを作ってもらったんです。そこで、煌びやかなお店でウイスキーを飲む大人のかっこよさ、みたいなものに触れて以来、憧れのお酒です。ショーパブに行くのが好きなんですが、そういうときもだいたいウイスキーを頼んでいます。

――ウイスキーを飲みながら読書することはありますか?

杉江 昔はよく、ひとりでバーに行って、ウイスキーを飲みながら本を読んでいましたね。ちびちびと飲んで、ちびちびと読む。その時間がいいんですよ。だんだん酩酊してくるから、一気に読みたいミステリーより、短編とかエッセイとか、ちょっとずつ読み進めるのに適した本のほうがいい。あんまり大きな声では言えないけれど、いまだに、ウイスキーを飲みながら読んじゃって、結末の内容に自信がないミステリーがあります(笑)。

新井 私はそんなに自宅では飲まないんですけど、言われてみればウイスキーと読書ってあうなあと思いました。ビールは放っておくと気が抜けちゃうし、ワインはぬるくなるとおいしくなくなる。氷がゆっくり溶けて、からんと鳴るのを聞きながら読書するのは、いい時間だろうなって。

■夜の世界に生きるプロの矜持を味わう『裸の華』

――今回、お2人には「ブラックニッカ ディープブレンド ナイトクルーズ」を飲みながら読むのにぴったりの本をそれぞれ選んでいただきました。新井さんは、桜木紫乃さんの『裸の華』。

新井 主人公のノリカは元ストリッパー。怪我が原因で引退し、故郷の北海道で、若い踊り子を育てながらダンスショーを見せる店を開きます。そこで働くバーテンダーの男性もまた、大事な役どころ。店が終わったあと、彼はそれぞれが飲むお酒を作ってくれるんですが、彼女たちがウイスキーを頼むこともあったはずです。読みながら、緊張がゆるんでほっとしたいときに飲むお酒なのかもしれないな、って思いました。それと、ウイスキーって糖質が低いじゃないですか。ノリカも若い踊り子たちも体の線を気にしなければならないので、選ぶにはそういう理由もあるのかもしれませんよね。

杉江 ウイスキーを夜の世界に生きる人たちが飲むものとしてとらえる発想が抜けていたので、なるほどと思いました。読んでみると、選んだ理由がよくわかる。

新井 私がウイスキーに出会ったきっかけが、夜のお店だったのも大きいかもしれません。煌びやかな場所できれいなお姉さんが作ってくれる憧れが、原風景だから。水割り一つでも、お客さんにおいしく飲んでいただくためにこだわりがあると聞いていたので、プロの人たちの矜持、みたいなものもウイスキーを通じて感じていたのかもしれません。

杉江 工程は単純だけど、プロの作る水割りはびっくりするほど味が違いますよね。

新井 違いますね。この小説は、ノリカが若い踊り子たちに見せる生き様が描かれているのもよくて……。女の子たちはノリカの教えを吸収して育ち、小さなお店ではおさまらなくなっていく。だけどノリカは、彼女を引き留めようとしない。自分の持っているものは全部あげて、背中を押す。もともとストリッパーだった彼女は、全国の小屋を渡り歩く根無し草のような生活をしていた。引退してもその生き方は変えられないし、彼女の人生そのものが旅なんだな……というのも、今回の「ナイトクルーズ」にぴったりな気がします。

――くだんのバーテンダーとも、くっつくかと思いきや。

新井 よくある恋愛関係には着地しない。そこもいいですよね。実は、3年前に読んだときはそこまでぴんとこなかったんですよ。でも文庫化されて、改めて読んでみると、自分も年をとったからこそわかるものがありました。泥臭さとかっこよさが全編に流れていて、大人の小説だなとしみじみ思います。

杉江 僕は、90年代から2000年代の初めにかけて、10年くらい新宿に住んでいたんですよ。ショーパブに通っていたわけではないけど、働いている人たちと飲み屋で親しくなることはありました。すごく華やかな世界なんだけど、店の灯りを落とすと、がらんとして信じられないくらいさみしくなる……その瞬間がけっこう好きでしたね。

――ウイスキーって、そういう、ふとさみしくなった瞬間に飲みたくなるお酒のような気もします。心が浮ついちゃいそうなとき、自分を落ち着かせてくれるというか。

杉江 わかります。地元に、クールダウンするためのお店ってありません? つまり、華やかなところに行って自分の部屋に帰る前、ちょっと心を鎮めるために立ち寄るお店。そこで再びテンションをあげちゃう飲み方をすると、失敗。だから、強いお酒を一杯だけ頼む。

新井 ああ、わかります。そのままでは、興奮しちゃって帰れないから。

杉江 時間も、20分くらい。自分を醒ますために、飲む。ウイスキーは確かに、そういうときのお酒のような気がします。

■生きるか死ぬか、極限の自問自答が描かれる『極夜行』

――杉江さんが選んだのは、角幡唯介さんの『極夜行』。太陽がまったく姿を見せない極夜のなか4か月旅した記録を綴ったノンフィクションです。

杉江 今回のお話をいただいて、最初に思い浮かんだのがこの本でした。ちびちび読めて、夜の世界が描かれていて、北や冬のイメージがある冒険行。途中で食糧を失い、行くか戻るか葛藤する場面が何より好きなんです。この先の谷にはヘラジカがいるから食えるかもしれない、でもそこで食糧を補給できなかったら旅の道連れである犬を食うしかなくなる。極限状態で迷うその場面に、人生がぎゅっと濃縮されている気がしました。もちろん、生きるか死ぬかの選択を迫られることはふだんの生活にあまりないけれど、俺の人生はこれでいいのか、と自分と向き合う瞬間は誰にでもある。極限まで自分と対話し続けるその時間が、僕にとって、ウイスキーを飲むときのそれに近いような気もしました。

新井 まだ読んでいる途中ですが、妻の出産シーンで始まる冒頭もいいですよね。最初は「えっ?」て思ったけど、そこに冒険のすべてが詰まっているという描写に納得させられて。冒険ノンフィクションとだけ聞くと、ふだん小説しか読まない人にはなじみにくいけど、ただどこか遠く厳しい場所へ出かけていくことだけが冒険ではない、ということが最初に提示されているから、先へ先へと読み進めていける。

杉江 冒険って言われても、絵空事みたいな気がしちゃいますよね。

新井 そうなんです。あんまりにも現実と違いすぎると、自分とは関係ない気もしてしまうから。だけど、人生に密接した冒険の発端を教えてくれるから、そうではないんだとわかる。

杉江 読みながら、自分の感覚も研ぎ澄まされていくんですよ。それも、ウイスキーを飲むときに似ている。先ほど、バーで本を読んでいたと言いましたが、実は、溶けていく氷を見つめ、自分の内面に向き合いながら飲むことのほうが多いんです。酩酊しながら醒めていく感じが好きというか。

新井 こんなに味に集中するお酒って、なかなかないですよね。がっと飲んで酔っ払うのも楽しいですけど、飲んだあとに漂う時間も楽しめる、贅沢なお酒だと思います。

■言葉ではなく背中で見せられる生き様の美しさ

――お2人にはもう2冊ずつ選んでいただきました。

新井 『珠玉』(彩瀬まる)は、主人公が“黒真珠”といういっぷう変わった設定。ふるさとが黒い夜の海、というのでイメージが近いかな、と。黒真珠視点で展開するので、最初は冗談みたいな小説だと思うかもしれませんが、黒真珠にも性格があり、自分は価値のあるものだという矜持もある。プロの作った水割りもそうですが、理由もなく「これは本物だ!」って思うことがあるじゃないですか。それってやっぱり、作られる経緯や、作る人のこだわりが見えるからだと思うんです。五感を使ってさまざまな角度で味わえるのが、本物。そういうところもウイスキーに似ていますよね。

杉江 僕が選んだ『雪の階』は、二・二六事件の前夜を舞台にした、奥泉(光)さんらしい企みのある小説です。谷崎潤一郎っぽい文体を駆使した華やかさがあり、旅行小説としての味わいもある。武田泰淳の『貴族の階段』のオマージュでもあり……と、とにかく仕掛けが豪華。二・二六の話なので、冬の雪まじりの情景描写も美しく、ちびちびと読むにはもってこいの小説です。

新井 文章を堪能しながら読んでいたら、ものすごく時間がかかりそうですが、それも醍醐味ですよね。もう一冊の『ゼロ・アワー』(中山可穂)は、まさにウイスキーを飲むシーンが出てくるので選びました。主人公は、血も涙もない殺し屋なんだけど、悪人ではなく、拾ってきた猫に尻に敷かれたりとかわいい一面もある。それと、ものすごく規則正しくて、家に帰ったら10時にお風呂に入って11時に寝る、みたいな生活をしているなかで、寝る前に一杯のウイスキーを飲むのが決まった習慣なんです。そんなふうに、特別視しない飲み方もかっこよくて。

杉江 刊行当時に僕も読みましたよ。久しぶりの小説で、しかもミステリーをお書きになったと話題になった。

新井 それまでの中山さんらしさとは違うかもしれませんが、すごく楽しそうに書かれている感じがして、読んでいるこちらも楽しかったです。杉江さんのもう一冊、浦沢直樹さんの『MASTERキートン』は私も夢中になって読みました。まさに、という感じですね。

杉江 スコッチウイスキーの蒸溜所のある村を舞台にしたエピソードもありますしね。全体的に、ザ・大人の男という雰囲気のマンガなんですが、主人公のキートン・太一が見せる表情の変化がすごく好きで。きりっとした顔と家族に見せる抜けた顔の対比とか、ユーモラスさとクールさのメリハリとか。名言の宝庫でもあるので、読んでいるとセリフを反芻したくなる。それもまたウイスキーと相性がいい。いま、大人の男性をヒーローにした作品で、誰に薦めても間違いないのはこの作品だなと思いますね。

新井 小さなバーに置いてあったら、飲みながら夢中になっちゃう気がします。

杉江 後ろ姿が印象的に描かれている作品でもあるんですよ。背中を描いているマンガ、というのかな。言葉ではなく、絵で読者に何かを伝えようとしている。

――そういえば、『裸の華』の表紙も背中が描かれていますね。生き様を言葉以外で見せる、というのは通じるところがあるのかもしれません。

杉江 去り際の美しさは確かにありますよね。バーに入ったとき、最初に見えるのはお客さんの後ろ姿ですし。ときどきくずれている背中もあって味わい深いけど(笑)、年配の方がしゃきっとした背中で飲んでいるのを見ると、ちょっと憧れます。

■読書もウイスキーも、正解のない「深読み」が楽しい

――「ナイトクルーズ」を実際に飲まれていかがでしたか。

杉江 あまり甘くない、海藻っぽい香りが漂っていて、僕が好きな、ウイスキーらしいウイスキーでした。大学生の頃は、ミステリーもハードボイルド系が好きだし、バーボンなんかを飲みがちなんですよ。バニラっぽい香りがするから、若者には飲みやすくもある。だけどだんだん、蒸溜所によって味は全然違うし、ヨード臭っぽいものもあると知るようになる。しだいにアイリッシュやスコッチを飲むようになったんですが、ウイスキーの世界に一歩踏み込んだ頃のことを思い出しながら飲みました。

新井 すごくいい、スモーキーな香りですよね。私、ウイスキーは全然詳しくないんですけど、いいものかどうかは割とわかるタイプで(笑)。匂いにとても敏感なので、お酒でもお茶でも、まず香りで判断するんです。同じスモーキーなものでも、お酒によって香りが全然違う。「ナイトクルーズ」は、水割りとかソーダ割りとかにしてしまうにはもったいないくらい、香りがいいなと思いました。

杉江 僕は、いろいろ試してみましたが、今のところソーダ割りがいちばん好き。水以外の味つけをしないのに、飲み方によって味わいが変わり、時間の経過とともに楽しむことができるのもウイスキーの醍醐味。すごく深読みのできるお酒です。

新井 読書と同じ。大人の静かな夜を楽しむのにぴったりだと私も思いました。杉江さんが薦められた本も、読んでみます。

取材・文=立花もも 撮影=花村謙太朗
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