ミステリーとしても見逃せない著者初めての“異能バトルもの”『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二インタビュー

小説・エッセイ

2019/6/10

 科学の標準理論では説明のつかない能力「匿技」。日本特別技能振興会は、その研究開発と振興を目的とする組織。振興会の人材活用課に身を置く麻楠均は、国内で10年ぶりに発見された19歳の匿技士・君待秋ラのもとに向かった。会のスカウトを退けた彼女を、実力で制圧するために――。

『電氣人間の虞』『亡霊ふたり』などの本格ミステリーでファンをもつ詠坂雄二さん。2年ぶりとなる新作『君待秋ラは透きとおる』は、ラノベやコミックで人気の〝異能バトルもの〟に挑戦した長編だ。

著者 詠坂雄二さん

詠坂雄二
よみさか・ゆうじ●1979年生まれ。2007年『リロ・グラ・シスタ  the little glass sister』でデビュー。ビターな味わいと奇想を兼ね備えた本格ミステリーを中心に、多彩な作品を発表している。主な著書に『電氣人閒の虞』『亡霊ふたり』『T島事件〜絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか〜』などがある。

 

「異能バトルものにしたのは、この手の作品に強いKADOKAWAさんの依頼だったから(笑)。初めて作品を出す出版社だったので、新しいことに挑戦してみたいと思ったんです。実はラノベもコミックも、最近のものはあまり詳しくありません。好きなのは『ジョジョの奇妙な冒険』や初期の『ハンター×ハンター』あたり。そんな人間が手がけるからこそ、独自性のあるものが生まれるかなとも思いましたね」

 第一章から早々に、君待のマンションの廊下でくり広げられる激しい異能バトル。麻楠の匿技は、任意の長さと太さの鉄筋を自由に取り出せる「鉄筋生成」だ。対する君待の匿技は触れたものを透明にする「透明化」らしい。人知を超えた力と力のぶつかり合いが、迫力とスピード感たっぷりに描かれてゆく。

「いろいろな匿技が出てきますが、最初に浮かんだのは君待の透明化。というか透明人間のイメージだったんです。透明人間という存在はH・G・ウエルズが考案したものですが、映画でくり返し取り上げられたことで、今や陳腐なイメージがついてしまった。それをあらためて語り直したいという目論見があったんです。麻楠の鉄筋を生み出す能力は、どこから思いついたのかな? 子どもの頃からなぜか棒を振りまわすのが好きだったので、そこから浮かんだのかもしれません(笑)」

透明人間というモチーフを生まれ変わらせたかった

 圧倒的な透明化の能力を前に、あえなく敗北した麻楠。しかしその戦いは無駄ではなかった。初めて自分以外の匿技士と会話したことで、君待は振興会に興味を抱くようになったからだ。こうして物語は、東京都千代田区の一画に建つ、振興会の古いビルを主な舞台に展開してゆく。

 振興会最大の存在理由は「匿技士を組織に属させること」。特別な力を持って生まれてきた者たちに、居場所と経済的安定を与え、匿技が悪用されるのを未然に防ごうというのが狙いだ。そのため振興会に属する匿技士には毎月、一定の給与が支払われている。

 女性職員・土倉牡丹の口から語られる振興会の趣旨は、いかにもありそうな話として納得がいく。

「身も蓋もない話なので、せめて土倉の口から語ってもらいました(笑)。個人的な願望として、組織は義理人情で動いてほしくない。リアリストの目を持っていてほしいと思います。匿技士であろうがなかろうが、孤立と貧困は反社会的行動に結びつきやすい。匿技士に居場所を与えることは、結局社会にとってプラスに働くんですね」

 ちなみに振興会の二課は、匿技の研究をするセクション。彼らは君待の透明化のメカニズムについても、詳しい仮説を立てていた。

「透明人間に対する突っこみとして、透明になったら目が見えないじゃないか、というものがあります。理屈としては確かにそうなんです。ただそれで終わっては面白くないわけで、なんとか〝目の見える透明人間〟を描きたいなと思いました。それとウエルズの原作にあった透明人間は、憂鬱な存在なんです。君待が自分の能力を持て余しているのは、その影響があるからですね」

 君待は双子の弟・春トの人生を変えてしまったというトラウマのため、匿技を使うことに消極的だ。

「匿技に抵抗がなくなっていく姿を、段階を踏んで描きました。タイトルにもなっていますし、やはりこれは君待をめぐる話なんだと思います」

活字ジャンルならではのバトルの面白さを追求して

 振興会の毎日は、基本的には淡々として平和なもの。匿技士チームが世界征服をたくらむ悪と戦う、というパターンに走らないところがユニークだ。さすがデビュー以来、〝ひねくれた〟作家と呼ばれてきた詠坂さんである。

「ひねくれっていうのは編集者のつけたキャッチフレーズで、僕自身はそう思っていません(笑)。今どき世界征服をたくらむ悪役を登場させるのは、動機の面でかなり厳しい。戦うだけの面白い理由を思いつければいいんですが、そっち方向に勝算があるとは思えませんでした」

 中盤に用意された見せ場は、アメリカ軍に属する2人の匿技士との模擬戦だ。麻楠・君待ペアが戦うのは、「座標交換」の持ち主ラザロと、「猫化」の能力を備えたサフィ。唯一無二の力がぶつかり合うバトルシーンには、知性と知性が火花を散らす将棋的な興奮もある。

「匿技をどう組み合わせるかという話にすることは、当初から決めていました。派手なアクションを書いても、CGを駆使した映像作品にとても敵いません。小説ならではの異能バトルの可能性を追求したら、こういう形にならざるを得ないですね」

 ちなみに座標交換は、空間を瞬時に移動できるという、物理法則を超越した匿技。一見むちゃな力だが、作中では科学的な解説がていねいに施されている。

「科学雑誌の『ニュートン』が長年の愛読書なんです。エンターテインメントとしてですが、継続的に科学知識に触れてきた。それでつい匿技にもそれらしい理屈を付けたくなるんですね」

 模擬戦で劣勢だった麻楠・君待ペアだが、お互いの長所と短所を検討することで、勝つためのルートが見えてくる。これぞ異能バトルものの醍醐味というワクワクの展開だが、著者の狙いは勝敗にはないそうだ。

「勝敗はどうでもいいというか。クライマックスに向けて、重要な設定はこれこれですよ、と提示する意味合いが強いです。ミステリー作家はつい、退屈な説明を長々してしまいがちなので、意図的にバトルシーンを織りまぜているんです」

 詠坂さんの言葉通り、3分の2を過ぎたあたりで物語は大きく動き出す。語られる振興会の過去。戦後の混乱期に起こった事件。さまざまな大人の事情を背負って、麻楠はある人物と対峙する。やがて訪れる、壮絶にして悲痛なクライマックス。

「それぞれのキャラクターが抱えている人生観は、執筆しながら浮かんできたものです。戦うからには感情に任せるのではなく、このくらいの考えは持っていてほしい。麻楠はある意味大人で、悪く言えば融通が利かない人物。彼が振興会のために戦うシーンが、ひとつの見せ場になっていると思います」

 結果、振興会設立当初からの大きな秘密が解き明かされてゆく。いくつもの伏線が回収され、意外な真相に帰結する構成は、ミステリーとしても読み応え十分。

「ジャンルはあまり意識していませんね。読んだ方が自由に決めてくれたら。透明人間のアップデートでもあるし、居場所をめぐる話でもある。伏線が回収される面白さも、エンタメの要素としては大事にしています。興味を惹かれた方は、読んでみてください」

 君待と同世代の10~20代はもちろん大人にもおすすめしたい、仄暗くスタイリッシュな異能バトル×ミステリーである。

取材・文=朝宮運河 写真=川口宗道