感動ポルノは御免だ。3年の余命宣告を受けた写真家が語る「自分で決める」の大切さ

社会

2019/7/13

 2017年12月、ネットの海の片隅にひとつのブログが生まれた。

 書き手は写真家の幡野広志さん。ブログを始める少し前、34歳の若さで血液癌を告知されていた。そして翌1月、難治性の「多発性骨髄腫」と診断され、余命は平均で約3年と告げられる。

 そこから始まった幡野さんの赤裸々な心情の吐露、自分と周囲をまっすぐに見つめる文章はネット上で注目されるようになり、多くの読者を得ていった。

 本書『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(ポプラ社)は、そんな幡野さん2冊目の本である。糸井重里さんと古賀史健さん、2人の助っ人の力を借り、何を伝えるために本書を世に送り出したのか。2019年6月23日に開催された刊行記念「幡野広志×糸井重里×古賀史健 トークイベント ~幡野広志のいちばん出したかった本ができるまで~」の様子を交えながら、心の内を語ってもらったインタビューをお送りする。

――まず『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』という長いタイトルに込めた気持ちを聞かせてください。

幡野 前作の『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』はあくまで息子に宛てた個人的な内容だったので、主語を「ぼく」にしました。ただ、予想以上にたくさんの方々が読んでくれた結果、高い評価をもらった一方で「これを読んで自信をなくした」という声も一定数聞こえてきたのです。要は、「幡野さんと比べると自分は親として全然なっていない」と考えてしまった方々がいたんですね。

 また、現在親子関係がうまくいっていない人にとってもプレッシャーになってしまいました。「あんな風に考えられるのは、良い親に育てられたからだろう。だから、そうでない自分には到底無理だ」と捉えられたのです。でも、実際はそんなことはまったくないんであって、僕だって決して良好とはいえない親との関係を騙し騙しにしていた結果、病気が発覚したとたんに壊れてしまいました。

 でも、たとえ親とうまくいかなかったとしても、子との関係は自分次第でいくらでも良くすることができる。確かに自分で選べないことはたくさんあるけれども、それでも選べることは必ずあるし、誰でも変わることはできるのだということを一番伝えたかったので「ぼくたち」にしました。

――本書は6つの章に分かれていて、そのうち3章まで幡野さんがご自身で取材した3人の女性のパーソナル・ヒストリーに割かれています。こうした構成にした意図は?

幡野 今回の本は、読んだ人みんなが自分事として捉えてくれる本にしたかったので、僕以外の人たちの経験も入れることにしました。でも、読み手がただ同情して終わり、にはしたくはなかったんです。僕に対しても、取材対象の方に対しても。

――「お涙頂戴のいい話」として消費されることへの拒絶感、嫌悪感はたびたび表明されていますね。

幡野 実は、前作を出してから出版の誘いが複数ありましたが、すべて「いい話」を求めるものでした。親や周囲への感謝なんかを入れてくれと。そうじゃないと企画は通らないと。でも、それは、僕がやりたいこととは正反対です。だから、「感動ポルノは嫌いです」ってはっきり表明するのが一番いいと判断しました。結局、感動ポルノの先にあるのは同情や哀れみだけなんですよ。当事者には迷惑でしかない。

 とはいえ、普通は「同情は迷惑」なんて言いづらいんですよね。相手は好意で言っているだろうし、下手に拒絶したら反感も買うだろうし。でも、薄っぺらな同情はすごく人を苦しめます。だから、誰かが「それは迷惑です」と明言しなきゃいけないんです。僕のもとには、毎日いろんな方からメッセージが来ますが、特に難病を抱えている人から「自分では言えないことを代弁してくれてスカッとします。助かっています」という声をもらいます。

――一方、第5章「家族のかたちを選びなおす」と第6章「ぼくが最後に選ぶもの」では、「自分で選ぶこと」の大切さが強く訴えられています。

幡野 繰り返しになりますが、「誰でも自分で選べるし、選んでいいんだ」というのが本書で一番言いたかったことです。たとえば、自分で安楽死を選ぶ話をすると、必ず「安楽死の許容は周囲からの死の強制に繋がる」と反論してくる人がいるんですが、実際にはそうはなりえません。安楽死には、耐え難い苦痛や不可避の死、本人の強い意志など、かなり厳しい制約がありますから。

 それなのに、そんな発想になってしまう人って、その人自身がずっと他人に生き方を制限されてきたからだろうと思うんです。進学も就職も結婚もすべて親や世間に合わせてきた。そして、そういう人は死さえ他人に決めてもらおうとします。これはお医者さんから聞いた話ですが、余命がわずかな人にどのような終末医療を望みますかと尋ねると、先生が選んでくださいって答える人が少なからずいる。それも年を重ねている人ほど多いそうです。昔は、仕事は親の後継、結婚は見合いといった具合で、決定権なく人生を過ごす人が多かったですよね。

 その結果、死に際さえ自分では決められない人になってしまったのでしょう。それで本当にいいんですか? って話ですよね。僕としては、この本を、同年代の、できれば子供がいる人に読んでもらって、子供に「人生は自分で選べるし、選んでいいんだ」と教えてあげてほしいと思っています。

 100名を超える人が集まった出版記念イベントでは、本書の出版に尽力した糸井重里さんと構成を担当した古賀史健さん、そして幡野さんの3人が、本ができるまでのあれこれ、そして幡野さんの人となりについて語り合った。

 糸井さんが幡野さんの存在を知ったのはインターネット経由だという。そして、書籍出版の意思を知り、手伝いを申し出たそうだ。

糸井 でも、最初の取材原稿をいくつか読んだ時、これはこのままでは出せないなと感じました。カルピスの原液のような濃度の原稿だったからです。それをちょうどよく調整するために第三者が入ったほうがいい。そのための最適な人材を探す過程で、自ら手を挙げてくれたのが古賀さんでした。

古賀 難しい仕事になるとの予感はありましたが、やるからには幡野さんの思いをできるだけ尊重したかった。売れ行きだけを考えれば感動を煽る形がいいのだけれど、それでは駄目だ、と。それに、僕が一番興味を持ったのは、なぜ幡野さんが他人の取材をする方向に向かっていったのかということなんです。余命宣告を受け、普通なら内向しそうなものなのに、幡野さんは意識が外に向かっていった。その動機を知りたかったんですね。だから、本書を幡野さんの心の旅を描く、一種のロード・ムービーにしたいと考えました。

糸井 意識が外に向いていったのは、幡野さんが写真家だからじゃないでしょうか。表現するために外側の対象を撮影して、その反射で自分を見せるのが写真家。そういう意味でも、この本は幡野さんらしい一冊になっていると思います。

 糸井さんと古賀さんの口から飛び出る言葉の数々を、謙遜や照れを見せることもなく静かに受け止める幡野さん。その姿は、まるで揺るがない山のようだった。

幡野 この本は健康な人にこそ読んでもらいたいと思っています。体が病んでからだともう遅い。心身ともに健康なうちに、死を意識することで、どう生きるかを選んでいく。本書がその一助になれば、僕としてはとても嬉しいですね。

取材・文=門賀美央子 撮影=内海裕之