『大家さんと僕 これから』を読む前に読む、矢部太郎さんインタビュー!「もう描けないかなと思っていた」

マンガ

公開日:2019/8/1

 高齢の大家さんと、同じ家の2階に住む芸人の矢部太郎さんの心温まる交流を事実に基づいて描いたフィクションマンガ『大家さんと僕』。80万部に迫るベストセラーとなり、第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞、さらに番外編『「大家さんと僕」と僕』も出版されるなど、人気を集め続けている。

 7月、ついに続刊『大家さんと僕 これから』が発売された。作者の矢部さんは、いったいどんな思いで「続き」を描いたのだろう? 「『大家さんと僕 これから』を読む前に読む」インタビューです!

『大家さんと僕 これから』(矢部太郎/新潮社)

■「もう描けないかな」と思っていた

――以前、矢部さんは「続編は描かない」とおっしゃっていましたよね。

advertisement

矢部 最初に本を出したときは、僕が伝えたいと思っていた大家さんのユーモアあってかわいらしいお人柄など、描きたいと思ったことは描けたという気持ちがありました。でも、「もう少し描けるかな」とはずっと考えていて。あるとき先輩に「続編描かないの?」と聞かれて、「週刊誌での連載の話があるんですけど……でも……」と答えたんです。そうしたら「描いたら大家さん、喜んでくれるんじゃないかな」と言われたんです。

――先輩は博多大吉さんですよね。大家さんがその姿を見て「戦前の紳士」と形容なさった(笑)。

NHK『あさイチ』に出演した際、司会の博多大吉さんを漫画に描いたと話していたところ、相方の博多華丸さんを描いていないことに気づき、単行本で華丸さんの後ろ姿を加筆したそう(『大家さんと僕 これから』110ページより)

矢部 そうですそうです。1冊目が出た頃、ちょうど大家さんが入院されて、毎週漫画が載ってて、それを読んだら喜んでくれるかな、そういうものだったら描いてもいいかなと思ったんですよね。あとはやっぱり、漫画描きたいな、もう1回描けるかなって。

――矢部さん、「どこまで行っても自分に自信がない」といつもおっしゃってますけど、漫画家・矢部太郎としてどうしても描きたくなったんですね。そして『週刊新潮』での連載が2018年5月から始まります。

矢部 できないと思ってるけど、やってみないとわからないな、やってみたらできるかもしれないし、って。でも描けるもんですね。本当に僕、もう描けないかなって思っていたんですけど、皆さんに本当にすごく助けていただいて……。

■喪失感と僕

――残念ながら連載中の2018年8月、大家さんが亡くなり、『週刊新潮』の連載をしばらくお休みされました。

矢部 1冊目は大家さんに「少し湿っぽいわね」と言われたので、続編の前半はなるべく賑やかで、明るくて楽しい話を描こうと連載前から決めていました。それをちょうど描き終わって、大家さんが入院されるところを描こう、と思っていたときだったんです。

――「Book Bang」に掲載された漫画「小野寺史宜『夜の側に立つ』と僕」で、大家さんを亡くした後の心情を「僕は悲しみの中にいました」と描いていますね。このときは最後まで漫画を描こう、と思っていたのでしょうか?

矢部 最後まで描きたいなとは思ってましたけど……でもその瞬間はわからなかったですね。休載している間は『大家さんと僕』とは違う漫画の仕事を頂いて描いたりしていたので、連載のことはあまり考えていなかったんです。それもよかったんでしょうね。再開するのはきっかけがあったというわけではなく、徐々に気持ちが変わった、という感じですね。

■絵がどんどん丸く、可愛くなった

――改めて最初の絵と今の絵を比べると、全然違いますね。

(『大家さんと僕』4ページより)

(『大家さんと僕 これから』4ページより)

矢部 今見ると最初はちょっと丁寧に描きすぎてる感じですね。

――漫画家さんって、描いているとどんどん上手くなっていくんですよね。

矢部 どんどん可愛く、丸くなってきてますよね、大家さんが。僕もすごく可愛くなってる(笑)。これは1冊目と2冊目の間に、いろいろ漫画やイラストを描いたりしたから、その影響かな……そうだ、サインをすごく描いたんですよ! それかもしれない! 速く描くために、どんどん丸くなっていったのかもしれないですね。それでだいぶ画力が向上したと思います。

――『「大家さんと僕」と僕』で、漫画家の秋本治さんが「画力を上げないで下さい」とコメントを寄せていらっしゃいましたが?

矢部 それはまったく心配ないと思います(笑)。

■今後もお笑い芸人と漫画家を続けたい

――1冊目の『大家さんと僕』を出したときと今、どう違いますか?

矢部 1冊目は描くのがすごく楽しかったし、描いて本になったけど、知らないおばあちゃんと知らない芸人の話を誰が読むんだろう、と思ってたんですよ(笑)。今回は描きたかったことは全部描いたし、描き残したことはないんです。もし何年か後に描いたら違う内容になっていたのかもしれませんが、今の段階で描けることは描いたし、ここに描いたことは忘れないと思うんで、よかったなって思います。

――そういえば矢部さん、インタビューで「お笑いをやっていないと漫画は描けない」と話していらっしゃいましたけど……最近いろいろとありましたが、今後はどうなさるおつもりですか?

矢部 どうですかね……舞台に立つのは好きですし、「ルミネtheよしもと」で先輩が座長の班のSPコメディには出ているから、別にお笑いを辞める気はないですし、一生続けていきたいとは思っているんですけど、その形がどうなるかはちょっと……まあなるようになるかな、と思ってます。

――もちろん漫画も描いていくんですよね?

矢部 描けるなら描いていきたいです。今はちょっと余裕ができたので、漫画や本を読んだりしてますね。最近面白かったのは『新版 近藤聡乃エッセイ集 不思議というには地味な話』です。エッセイも絵も気持ちいいです!

――では楽しみにしている読者の方へ、『大家さんと僕 これから』の見どころをぜひ。

矢部 前回もたくさん描き下ろしをしましたけど、今回も30ページくらい描き下ろしたので、1冊目よりも50ページくらい分厚いんですよ。なので前のよりコスパいいと思います。

――そこですか(笑)。今年の後半はどうされる予定ですか? 芸人と漫画家の仕事に加えて、インタビューやトークショーなどのイベントもあるかと思いますが。

矢部 もう今年は何もしなくていいかな、って……(笑)。

――後半始まったばかりですよ! ベストセラー作家になっても矢部さん、変わりませんねぇ。

矢部 いやいや~そうでもないんですよ、今日も伊勢丹でランチしてきちゃいましたから~!(笑)本を出して以来初めて、大家さんと一緒に行った長嶋茂雄さんの絵のある店へ行ってきたんです。そうしたら『大家さんと僕』を読んで来る人がいるそうで、長嶋さんの絵の前で写真を撮ったりしているそうです。そういうのを聞くと、嬉しいですね。いろんな方が読んでくださっているんだなって思います。

この後、ランチ代をご馳走しようと伝票を見ると、なんと1万円超。「恐るべし! 長嶋さんの絵がある店!」とビビる矢部さんが描かれて(『大家さんと僕』63ページ 伊勢丹ランデブーより)

『大家さんと僕 これから』を読んだ後に読む 矢部太郎さんインタビュー(2)に続きます。

取材・文=成田全(ナリタタモツ)撮影=花村謙太朗

矢部太郎(ヤベ・タロウ)
1977年東京都生まれ。97年に「カラテカ」を結成。また個性派俳優としてドラマや映画、舞台でも活躍している。気象予報士の資格を持つ。父親は絵本作家のやべみつのり。漫画家デビュー作『大家さんと僕』が、第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。お笑い芸人としては初の受賞となる。