野宮真貴「時代を経ても、自分たちが作った音楽を自信を持って届けられるって本当に幸せなこと」

あの人と本の話 and more

2019/11/16

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、ピチカート・ファイヴのベストアルバムをリリースする野宮真貴さん。大好きなファッションのこと、90年代に音楽シーンをにぎわせた“渋谷系”のこと、そしてピチカート・ファイヴのこだわりについてたっぷりとお話をうかがいました。

野宮真貴さん
野宮真貴
のみや・まき●北海道生まれ。1990年、ピチカート・ファイヴに3代目ボーカルとして加入。2001年の解散後はソロ活動を行っておりビューティーのプロデュース、エッセイストとしても活躍中。11月26日(火)から「野宮真貴、ピチカート・ファイヴを歌う。」を大阪、名古屋、東京で開催。11月には『おしゃれはほどほどでいい』(幻冬舎)が刊行予定。
ヘアメイク:冨沢ノボル

 現在、音楽活動をしながら、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュースも手がける野宮真貴さん。ファッションに興味を持ったのは母親の影響が強いと話す。

「母がとてもオシャレな人で。洋裁もしていたので、私と妹はいつも母が作ってくれたお揃いの洋服を着ていたんです。それがすごく嬉しくて。また、私は1960年代生まれなので、当時はツイッギーのミニスカートなど、子どもの目線でもワクワクするデザインの服が多かったんですよね。それを見ながら育ったので、“早く私もあんな服が着てみたい”と思ったことがファッション好きになったきっかけかもしれません」

 そうしたなか、20歳の頃に今回紹介してくれた一冊、『チープ・シック』に出会う。

「ほかにもいろんなファッション誌を読んでました。当時は『VOGUE ITALIA(ヴォーグ イタリア)』が輸入本で8000円くらいしたけど、それでも勉強のためと思って、頑張って買ってましたね。今は私もエッセイ「赤い口紅があればいい」「おしゃれはほどほどでいい」を出してますが、この本はそのベースの一つでもあります。」

 こうして得た経験と知識は、やがてピチカート・ファイヴの活動にも大きく役立っていく。

「ピチカート・ファイヴって60年代がベースになっているんです。小西(康陽)さんが60年代の映画や音楽が好きで、そこに私の60年代ファッション好きも合わさっていって。ですから、レコーディングもそうですが、ビジュアル撮影もとても楽しかったです。“いろんな衣装を着て、いろんな女性に変身できる!”って(笑)」

 ピチカート・ファイヴが日本の音楽シーンを席巻したのは90年代半ばから。いわゆる“渋谷系”と呼ばれるポップカルチャーが流行し、ピチカート・ファイヴはその中心的存在だった。

「“渋谷系”ってひとくくりにされていますが、当時の自分たちは正直ピンときてませんでしたね(笑)。しっかりとした定義がないものですし、人によって解釈も違って。ひとつ言われているのが、渋谷には独自のセンスでCDやレコードを並べるお店が多く、ヒットチャートに流されない音楽好きが、自分だけのサウンドを求めて集まっていました。そこで支持されていたアーティストを総称して“渋谷系”と呼んでいた部分もあります。ただ、今振り返ると、音楽だけじゃなく、ファッションや映画など、カルチャー全体を巻き込んだムーブメントが渋谷にはあったように思いますね」

 また、“渋谷系”を語る上で欠かせない人物にアートディレクター・信藤三雄の存在がある。ピチカート・ファイヴのジャケットデザインを手がけ、バンドをビジュアル面で支えたキーマンでもある。

「今回のベスト盤のパッケージデザインも手がけていただきましたし、16枚組になっている7インチレコードのジャケットもすべて信藤さんによるものです。自分たちの音楽の世界観をアートでも具現化し、部屋に飾りたくなるようなデザインのジャケットを作ることは小西さんのこだわりでもありました」

 ただ、そのこだわりは相当なものだったそうだ。「あの頃のことを思い出すと、大変でしたけど、面白いことがたくさんありましたね」と笑う。

「例えば、ジャケットのコンセプトを考える企画会議に、私もメンバーとして参加するんですが、アイデアを出すのは主に小西さんと信藤さん。2人にアイデアが降りてくるまで、ずーっと沈黙の時間が続くんです (笑)。信藤さんがボソッと提案したものに、小西さんがボソッとひとこと返していって、また静かになる。そうやって少しずつアイデアが固まっていくんです。私も含め、ほかのスタッフはひたすら待つだけ。スタイリストさんやカメラマンさんも会議に参加することもありましたが、あの沈黙に耐えられなければピチカートのビジュアルの仕事はできませんでしたね(笑)」

 また、こだわりは撮影当日に起こることも……。

「『ハッピー・サッド』というシングルのときに、シャツとネクタイの胸元だけが切り取られているジャケット写真を作ったんですが、そのシャツはオリジナルのものだったんです。小西さんが古い写真集のなかからドット柄のデザインのシャツを見つけて、『これと同じにしたい』と言って。そのため、生地を新たに作り、世界で一つだけのシャツを仕立てたのですが、撮影当日に着てみたら、イメージしていたものより襟が少し大きかった。それで作り直すことになって(笑)。でも、生地がないので、仕方なく背中の部分を切り取って、それで急遽小さい襟を作って撮影したというエピソードがあります(笑)」

 納得するまで、一切の妥協を許さない。それは音楽でもビジュアルでも徹底してきたこと。だからこそ、今でもピチカート・ファイヴが作り出したサウンドやデザインは色あせることなく、我々を楽しませてくれるのだ。

「いいものがずっと残っていけば、やがてそれはスタンダードと呼ばれる。ピチカート・ファイヴも活動休止して20年近くになりますが、こうして多くの方に今も聞いていただけることで、スタンダードになっているのかなと感じます。当時、私たちは世界で一番かっこいいものを生み出しているという自負がありました。今聞いても、やっぱりかっこいいと思える。改めて自信を持って自分たちの音楽を届けられるって、こんなに幸せなことはないですね」

(取材・文:倉田モトキ 写真:干川 修)

 

アルバム『THE BAND OF 20TH CENTURY:Nippon ColumbiaYears 1991-2001』

アルバム『THE BAND OF 20TH CENTURY:Nippon ColumbiaYears 1991-2001』

PIZZICATO FIVE 
7inch BOX/発売中 2万5000円(税別)、CDアルバム/11月6日発売 3200円(税別) 日本コロムビア 
●ピチカート・ファイヴが日本コロムビア在籍時代にリリースした数々の名曲を網羅したベストアルバム。7インチレコード仕様に小西康陽みずからがエディットした楽曲や、今では廃盤で入手困難なものまで、“最新”にして“完全版”と呼べる内容に。シリアルナンバー付きの7inch BOXには直筆サイン入り生写真も封入。