音楽に、潜る。出色の名曲を導いた、「これから」への希望――中島 愛インタビュー

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公開日:2019/11/6

 11月6日にリリースされる中島 愛の両A面シングル、『水槽/髪飾りの天使』。“水槽”はTVアニメ『星合の空』のオープニングテーマ、“髪飾りの天使”はTVアニメ『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』のエンディングテーマに、それぞれ起用されている。作品を重ねるごとに音楽的なチャレンジを繰り返し、長く愛せる楽曲を届けてきた中島 愛らしく、2曲ともに表現者としての充実を感じさせてくれる内容だ。特に“水槽”は、タイアップ作品の性質上「少年の心に寄り添う」という新たな挑戦を経て、音楽の中に心地よく潜っていくような体験をもたらし、ドラマティックに展開するサウンドの先に光が見える楽曲となっており、「中島 愛といえば、この曲」と聴く者に強く印象づける1曲だ。この曲が生まれた背景には、今年7月19日に行われた「中島 愛 10th Anniversary Live~Best of My Love~」へと至る、自身名義での活動10周年イヤーで経験したさまざまな要素が、大きく作用している。圧巻の名曲をたぐり寄せた背景について、じっくり話を聞いた。

痛みや陰りに真正面から取り組むことによって、開ける扉があるタイミングなんじゃないか、と思った

──今回の両A面シングルは、2枚ともにすごく豊かな音楽体験をもたらしてくれる作品になっていると思います。どんな手応えを感じていますか。

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中島:手応えは、ありますね。10周年イヤーは、「楽しいでーす! この10年も楽しかったし、これからもきっと楽しいでーす!」って大声で言う感じで、実際に楽しかったんです。ひと区切りあってからの今回のシングルには、静かにふつふつと湧き上がる充実感があります。今はまだ世に出てないので、「やってやったぜー!」みたいな表に出る喜びよりは、静か~に、「すごくいいものできたな、これはしっかり残っていくだろうなあ」っていう噛み締め感がある感じです。

──なるほど。

中島:自分の気持ちに、静かさがありますね。今日、お話をする上でちょっと思いを巡らせたときに出てきたのは、「今、気持ちがすごく静かだな」っていうことでした。それが、このリリースに結びついている感じがします。

──10周年イヤーは、夢中で駆け抜けた感じもあったんでしょうね。

中島:ありました。俯瞰で見ているつもりの部分もあったけど、それよりもお祭りを純粋に楽しんでました。だから意識的にわあわあしてた部分がありますけど。もともとそういうタイプでもないから、もとの自分に戻った感じ、かな(笑)。静かというか、あまり波打ってない感じで。

──それって、完全にもとの自分なんですか。

中島:と、思いますね。「なんでこの仕事してんの?」って感じですけど(笑)、表に出たり、人と交流するのが得意なほうではないし。結果的に、10周年を終えて、いったん「はぁ~……」ってなったんです(笑)。10周年は本当に楽しかったし、それはまったく嘘偽りないけど、気はぴーんと張っていて。

──意識的に自分のテンションを持続させて、7月の10周年ライブを境にふっと緩めたとして、立ち止まってみて思ったのはどういうことでしたか?

中島:けっこう、無でした(笑)。何を考えるのも、一回手放した感じはありましたね。でもそれは、淋しいとか、悲しいとか、疲れたということではなく、「まだ活動できそうだな」っていう手応えだけが残った感じです。前回のベストアルバムのインタビューを読み返してたんですけど、わたしは7月21日のライブを、「自信をつけるライブにしたい」って言ってたんですよね。で、7月21日を経て、自信はついたと思うんです。「今まで、何を気負ってたのかな」って考えたときに、「アーティスト然とできないことにストレスを感じてるんだなあ」と思って。

 でもわたしのライブは、「よく来たな!」じゃなくて、「まあ、いらしていただいて。お茶でもどうぞ」くらいの感じなんですよ。MCはそのテンションで、曲はしっかり聴いてもらって。その感じを、7月21日のライブでは素直に出さざるを得ない感じになったときに、「しばらくは、このスタイルでやっていっていいのかも」と思えたんです。

──10周年イヤーを経て、自信がついてるのかもしれない、という実感がグラデーションで芽生えていった、ということですよね。「自信ない、自信ない」って言ってて、10周年のライブが終わったら、「はい、自信つきました!」ではないだろうし。

中島:うん、そうですね。グラデでした。

──ということは、そのプロセスで“水槽”のレコーディングもしている、と。そのことは大いに関係していると思うんですけど、“水槽”が名曲すぎるんです。これはすごいな、と思ったし、心の底から感動してまして。

中島:よかった! 嬉しいです。

──ライブで聴いたときにもそう思ったし。「中島 愛といえば、この曲」という存在になりえる曲だと思います。そして同時に、今まで聴いたどの曲と質感が違うな、という印象もあるんですけども。

中島:まず、去年の暮れくらいにタイアップの『星合の空』の話をいただいて。オリジナルアニメーションで、オープニングで、ソフトテニス部の青春ものなんだけど、ヒューマンドラマでもある、という。今まで、わたしがオープニングを担当させていただくときって、どこか開けた曲というか、「明るい曲が求められてるのは?」って思ったんです。で、数曲聴かせてもらった中で、わたしの圧倒的イチオシが、矢吹香那さんが作られた“水槽”のメロディでした。自分のキャリアとしても、『星合』のオープニングとしても、「明るさを残すことが、守りにつながるんじゃないか?」って感じたんですよね。今回は光とか希望を打ち出さずに、痛みや陰りみたいなものに真正面から取り組むことによって、開ける扉があるタイミングなんじゃないかなって思いました。それで、「この曲が好きです」って赤根(和樹)監督に提出したら、OKをもらって。その後で、アレンジは菅田将暉さんやあいみょんさんなど、ど真ん中のJ-POPもやっていらっしゃるトオミヨウさん、歌詞は“サブマリーン”(4thアルバム『Curiosity』収録)の印象があって、少年の傷ついた心を描く曲でもあるので、新藤晴一さんがいいな、と思いました。

──なるほど、確かにテーマ的には“サブマリーン”と通じるものがありますね。

中島:“サブマリーン”はわたしの目線から見た、「つらい現実からちょっと逃げたい」みたいな感じの曲で、青春とは限定してないけど、どこか多感な雰囲気もあったし、ラストのサビでちょっとだけ光を見つける、みたいな曲ですね。

──つながりますね。“水槽”を聴いて浮かぶワードって「浮上」なんですけど、“サブマリーン”と質感が近いのはそういうことなんだな、と。

中島:曲のジャンルとしてはまったく違う方向ですけど、向いてる方向が“サブマリーン”と似てると思います。歌の中で、ずーっと傷ついてるんだけど、最後に少しだけ希望を見つけるっていう。それが欲しかったし、それ以上の歌詞を晴一さんが書いてくれて、ピースがハマったとき、純粋にいち音楽好きとして嬉しかったです。「わたしのシングル、いける! やったー!」ではなくて、「この曲、すごく好き!」ってなりました。

──変な話、誰が歌っても名曲だと思うんですけど。今の中島 愛が歌うことで超名曲になるというか。

中島:そこは、すごく考えました。いつも思うんですけど、どの曲もいい曲なんですよ、ただ、自分がどう歌うかによって、「普通だね」「あんまりだね」「超いいね!」が決まってきそうだな、という壁に、いつも悩まされてきて(笑)。「どういうマインドで、どう声を出すかで、この曲の色、いい・悪いが決まっちゃうぞ?」という感じは、“水槽”にもあります。

──毎回問われてきたけど、今回はものすごく問われる曲ですね。

中島:かなり。だからこそ、わたしが最初に感じた「これ、守りに入るタイミングじゃないな」って感覚は、勘として合ってるのかも、と思います。歌い方も、レコーディングに臨むマインドも、「今まではこうしてきたから、こういう歌い方だったら使われそう」みたいな、不要なコントロールを捨てました。

──指針になったのはどういうことなんですか?

中島:無感情。ちょっと記号的になるというか。AメロBメロは記号的なほうが映えるけど、サビで、同じ人ではない感じで爆発するような、振り幅が必要だと思いました。グラデーションで、ロボットがだんだん人間になっていくような感じというか(笑)。無感情って、難しいんですよ。今回の場合は、曲の中でいろいろやりたくなる自分を一回捨ててます。得意な武器を捨てて、自分らしさを出せるか、みたいな闘いでした。普段やらない方向を目指しつつ、余計な感情は出さず。10周年が盛り上がってる最中に、抑え目にこの曲を録ったからこそ、結果的に今、静かな気持ちになってるのかもしれないです。一方では超盛り上がってるんだけど、一方では別人のような自分がいる、そういう状況を作ることも、考えてたかもしれないです。やっぱり、未来の自分を作らないといけないから。

──得意なことを封印して、意識的に新しいアプローチが選択できた。それこそ、自信の表れだと思いますし、“水槽”への挑戦は、表現者としての領域を拡張したんじゃないですか。

中島:そうですね。表から見てどうかはおいといて、「自分の中での拡張」というのは、ピンポイントで刺さる言葉です。「違う方向に行きたいわけじゃないんだよ」ということも見せたかった、というか。今までのわたしを切り捨てて、「これからクールに行くんで」ではなくて、「わたしにはこういう側面もありました」をどう見せるか。だから、拡張ですね。

──あと、いちリスナーとして思ったのは、「こういう曲を待ってた」ということなんです。シンガー・中島 愛に歌ってほしい曲のイメージを総体を形作ると、“水槽”のような曲なんじゃないかなって思って。ライブ空間で、音楽の中に一緒に潜っていくような曲があるとさらに最高だなって思ってたので、「これだ!」っていう感じがして。

中島:嬉しいです。ライブで歌い終わった後の拍手や歓声から、「これは受け入れられたな」という実感はありました。曲に潜りたいと思うときに欲しいのって、熱く盛り上がる曲ではないんですよね。バカなMCをすることもあるけど(笑)、その後に「じゃあ、みんなで一緒にどっか行く?」みたいな感じで、静かに潜っていく曲を歌える落差は、自分でもちょっと気持ちいいな、と思ってます。それってたぶん、「オイ! オイ!」って盛り上がれる曲とか、バラードとはまた違うんですよね。この感じって、ライブでもレコーディングされた音源でも、バラードでは出せないから。

──ほんとにそうですね。だから、意外と言語化するのが難しいタイプの曲ではあって。ポップに弾けるわけでもなく、しっとり聴かせるわけでもなく。

中島:みんなが、呆然としながら聴くしかできない曲(笑)。みんなどうしていいのかわからない、でもそれは全然悪い意味じゃなくて、静か~に音楽を聴くことに終始する感じがありますね。波打ってた水面がちょっとずつ静かになるように、みんなの心も静かになって。「なんだろう、持ってかれる」っていう感じで聴いてもらえるような感じがします。

──そう、文字にするなら「凪」って感じですね。

中島:凪ですね。そういう曲は、タイアップでできたこともすごく嬉しいし。自分の曲というだけではなくて、「この曲は、これから放送されることによって、作品のファンのものにもなっていく。この感覚をいっぱいの人と共有できるのかあ」って思うと、楽しみです。オリジナルアニメーションだし、みんなが先の展開を知らない状態で観るので、それ自体が今、貴重なものでもあると思うんですけど、話が進んでいくごとに、毎回違う質感で聞こえる曲になると思います。

──そして今回の作品的には、「少年の心に寄り添う」というのが新たな試みですよね。

中島:少年がメインの作品なので、その気持ちに寄り添いたいなと思いつつ、今回は母のような目線で見るのは全然違うと思ったんですよ。誰でもないわたしが、彼らと同じ気持ちになって、この作品を受け止める、というか。それぞれ抱えてる問題は違いますけど、自分も中学生の頃、学校という四角い箱や勉強から逃げられるわけでもなく、部活もやらなきゃいけないという校則があったり、みんなが通ってくるような青春における縛りみたいなものは、多少なりとも感じてきたから、素直に共感はできました。

 ハッピーに学生時代を過ごしてきた人もいるだろうし、そうでなかった人もいるかもしれないけど、学校生活って、どこかで「わたしだけがおかしいんじゃないか」とか、無意識に比べ合いながら送るものなのかな、と思っていて。わたしも、人と違うのかも、というところで悩んでたけど、この“水槽”に出てくる《不安は誰にもあるって本当?》っていう歌詞が、当時の凝り固まった自分を溶かしてくれるような安堵がありました。「環境は違っても、人間はみーんな不安なんだな」っていう。「この少年たちもわたしも、どんな大人も、みんな一緒だな。このアニメは人間の本質を描いてるんだな」って思えて、腑に落ちた感じがありましたね。

──歌詞や作品の世界に共感することは必要だけど、没入してはいけない、という。無感情でいなければならないわけですね。

中島:そうですね、俯瞰ともまた違うし。無感情のわたし、ですね。

──一回自分の中を通す、一回そこをくぐる、みたいな。「誰でもない場所」から歌われることが大事なんでしょうね。そうすることで何が得られるかというと、曲がものすごく普遍的になる。

中島:そうですね。当てはまらない人がいない、と言い切ってもいいくらいに、普遍的だと思います。

10周年イヤーを少しでも一緒に過ごしてくれた人は、このシングルと無関係ではありません。
みんな、巻き込まれているよ(笑)?

──“水槽”の素晴らしいところは、歌い手と聴き手が一緒に音楽にダイブできることだと思います。で、そういう曲が作れたことは、今後の自信につながるのではないかと。

中島:そうですね。今までのシングルは、曲を褒めることはできるけど、歌った自分は「まあ、及第点かな」みたいな意識で、今回は「ひねり出せるものは全部出した! と思う!」という感じです。

──同時に、自ら選択したアプローチにより、曲に対する正解も出していると思うんです。

中島:そう言ってもらえると、すごく嬉しいです。曲に対して誠実であることが、一番。もちろんリスナーに対して誠実であるべきなんだけど、わたしは音楽が好きなので、やっぱり曲が求めてる正解を出したいな、とは思っていて。

──誠実でも間違っていたり、力が足りないこともあるじゃないですか。同時に、それが魅力になることもあると思うんですけど。力も備わっていて、しかも正しい選択をしているから、曲の完成度がものすごく上がる、というか。

中島:そういう曲が出せるタイミングは、逃したらもう何年も来ないだろうし、「今だ!」と思ったので、なんとかつかもうと思いました。わりとそこはちゃんと意識して、やりたいと思ってましたね。

──10周年イヤーは、お客さんの声が自分に向かってくる機会がたくさんあったんじゃないかと思うんですよ。聴いてくれる人の言葉や声も、自信を形成するひとつの要素になって、だからこの曲ができた。「中島 愛ひとりでこの曲にした」というよりは、これまでの10年間やこの1年で、いろんなものが集まって、そこに自分の技量も合わさって、“水槽”はこういう曲になったんだろうな、と思います。

中島:その通りです。10周年イヤーで会ったいろいろなものが、このシングルに注がれているのは間違いないので。10周年イヤーを少しでも一緒に過ごしてくれた人は、このシングルと無関係ではありません、という。みんな、巻き込まれているよ(笑)? 10周年を経て「ふ~っ」ってなってるのはわたしだけじゃなく、お客さんもそうだと思うんですけど、「きみきみ! このシングルに関係あるよ! 関係者だよ!」みたいな(笑)。

──(笑)両A面のもう1曲である“髪飾りの天使”は、“水槽”とはまだだいぶ印象違いますね。非常に軽快だし、大人感がすごくあって。無理してもいないし、等身大の歌い手の姿が見える感じというか、個人としても歌に寄り添えているんじゃないかな、と思いました。

中島:そうですね。この曲は吉澤嘉代子さんに書いていただいて、清竜人さんにアレンジしていただいたんですけど、わたしを含めて、この3人は同世代なんですね。でも、吉澤さんと清さんって、「人生何回目なのかな」みたいな(笑)、不思議な落ち着きや達観した感じがあるんですよ。そのエッセンスを頂戴した感じかな、と思います。今までは大人になろうと頑張ってもがいてみせるような曲を歌ってきたと思うんですけど、こっちは“水槽”とは違うベクトルで、年齢をあまり考えないけど結果的に達観しちゃってる感じ、というか。それは自分が意図したというよりも、曲に引っ張ってもらったと思います。

──曲に引っ張ってもらいつつ、その側面が自分にないと、そういう歌にはならないのでは?

中島:わりと、委ねたほうが強いかな。自然と、曲が「こう歌ってほしい」って叫んでる感じがしたんですよ。「こういう歌、声色かな」って頭で考えるよりも、おふたりの世界観に飛び込んで、委ねたらこういう歌い方になった、という。“水槽”は、無感情になろうという目標を掲げてるから、どちらかというと、頑張ってるところもある。「無感情になろう! なるよ!」っていうテーマに向かって全速力。“髪飾りの天使”は、ごちゃごちゃ考える曲じゃないな、って思ってました。

──なるほど。物語の質感が伝わってくる曲でもありますよね。作品のあたたかさとか、温度感が、曲を通してわかるというか。

中島:歌詞にある、《編んでゆく》という言葉に尽きるなあ、と思います。編み物感もあるんだけど、作品のテーマが本作りじゃないですか。そういう意味の「編む」でもあるし。編むことって、何かをすっとばしたら、ものが完成しないですよね。こつこつ、小さく日常を作っていく実感が、声から出ていけばいいんだなあ、っていう。編み物も、手慣れた感じでやればすんなり行くけど、「次なんだっけ?」「これでいいんだっけ?」って考えると、手が止まっちゃうと思うんですよ。そうならないように、滞りないように、流れていくままに、を意識しました。まあ、編み物できないんですけど(笑)。

──(笑)今回の両A面シングルはすごく大きな意味があると思うんですけど、今後のご自身にとってどんな存在になっていくと感じてますか。

中島:「これが出来たから、わたしは大丈夫」って思います。この曲たちを歌えたんだから、これからのわたしは大丈夫なんだって、振り返ったときに自信をつけてくれる1枚になりました。この先、活動していく中で迷ったり、ぐらつきそうになったときに、しっかり柱になってくれるし、ヒーリングにもなってくれると思う。還る場所、みたいな感じの存在になってくれると思います。

取材・文=清水大輔