「日本人は社会に対する信頼が薄いのかな…」ノンフィクション本大賞受賞『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 著者と書店員の座談会

社会

2019/11/29

写真左から、未来屋書店 有松店 前田ゆきさん、有隣堂 藤沢本町トレアージュ白旗店 小出美都子さん、代官山 蔦屋書店 宮台由美子さん、ブレイディみかこさん

 Yahoo!ニュースと本屋大賞が連携し、全国の書店員による投票で選ぶ第2回「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2019年ノンフィクション本大賞」が11月6日に発表され、イギリス・ブライトン在住のライター・ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が選ばれた。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ/新潮社)

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 同作品は、ブレイディさんの息子が名門カトリック小学校から地元の「元底辺中学校」に進み、人種差別や貧富の差などさまざまな問題に直面しながら、母親であるブレイディさんと共に社会に向き合っていく様子を描いている。

 今回、ノンフィクション本大賞を受賞し、ブレイディさんと書店員さん3名を交えて座談会を行った。

座談会に参加した書店員さん
未来屋書店 有松店 前田ゆきさん
有隣堂 藤沢本町トレアージュ白旗店 小出美都子さん
代官山 蔦屋書店 宮台由美子さん

元底辺中学校に自分の子どもを入れられる?

――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んだ感想を教えてください。

前田ゆきさん(以下、前田):自分の子どもから元底辺中学校に進学したいと言われたら、私なら「うん」と言えるだろうか、とまず衝撃を受けました。その学校を選んだことで、子どもの人生が変わってしまうのでは、と思ってしまいそうで。

未来屋書店 有松店 前田ゆきさん

ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ):普通はそう思いそうですが、私は全然考えなかったんですよね。この学校に入ったら次はここに行ってみたいなことは。日本では、決められたルートに乗らないとダメかのような空気が強いと思います。でも、イギリスではルートの多様性があるというか、もしかしたら、イギリスでは、というより私が、なのかもしれませんが、別のやり方もあるよね、という考えです。

 私自身がものすごいヤンキー中学校に通って、そこから進学校と言われる高校に進みました。学年で、大学に行かなかったのは私ともうひとりいるかいないかでしたが、別に気にならなかった。今までもそういう人生を生きてきて、何とか食べていますしね。配偶者は、息子の進学先に、はじめこそ難色を示しましたが、最終的には息子がしたいようにしようねって。

――むしろ息子さんよりブレイディさんの方が、学校見学のときから乗り気だったとか。

ブレイディ:はい、中学校の廊下でセックス・ピストルズのアルバムジャケットを発見して驚いたり、「スタジオあるんですか?」とはしゃいだり。見るからに乗り乗りでした(笑)。

小出美都子さん(以下、小出):私はお客様からの問い合わせでこの本を知りましたが、「ぼくはイエローで…」とあったので、最初は“戦隊シリーズもの”かと思いました(笑)。

有隣堂 藤沢本町トレアージュ白旗店 小出美都子さん

 実際読んで印象深かったのは、おじいちゃん(ブレイディさんの父)と息子さんとブレイディさんの3人で日本料理店に行ったときの話です。酔っぱらった男性に、人種について絡まれた場面ですね。日本でもこんなことがあるのかって。

宮台由美子さん(以下、宮台):私はもともとブレイディさんの本を読んでいて、新刊をすごく楽しみにしていました。今までのブレイディさんの本の中でも、今回は息子さんを通して描かれたことで、より読みやすくリアリティを感じましたね。特に息子さんが「いろいろあるのが当たり前」と言えるのがすごい! つい「普通はこうだよ」と言いそうですが、こんな考え方もあるよって言えるのが素晴らしいなと。

代官山 蔦屋書店 宮台由美子さん

ブレイディ:彼の性格もありますが、日本でそう思えないのは教育も影響していると思う。

宮台:前に道徳教育について書いている先生のトークイベントがあって、これからの道徳教育は“いい子”になるより、“シティズンシップ教育”(市民としての資質・能力を育成するための教育)を取り入れるべきだと聞きました。現実問題を一緒に話し合ったり、異なる意見とどう対話するかが大事だと。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は実はトリッキーな本!

――(書店員さんに)この本をどんな人に読んでもらいたいですか?

宮台:教育関係の人ですね。

前田:お母さんたちや、子どもたちに読んでほしいと思ってポップも作りました。

小出:私もお母さんかなぁ。

――お母さんはもちろん、イギリス社会での出来事を通して幅広い層に刺さるメッセージ性がありますよね。

ブレイディ:育児や息子のことを書きたいというより、社会や政治のことが透けて見えるよう意識しました。これは私自身の著作で、一貫して変わらないテーマです。今回は、今まで私の本を読まなかった人だけでなく、人文書やノンフィクションは難しくて入りにくいと思っている層にも間口を広げたく、あえて主張も抑え目に書きました。一見、黄色い装丁でほのぼのしているように見えて、あまり人が書いていない、書きにくい部分も常識とは違う書き方で攻めている、実はこれまでの作品の中で一番トリッキーな本なんです。社会学の本を読んでいるようだと言われたこともありますね。

――どんな人たちが本を購入していきましたか?

前田:30~50代くらいの女性が多いですね。ジワジワと売れていった感じ。

小出:うちも子どもがいる家庭です。ノンフィクションと言っても重くないから入りやすいんだと思います。手書きポップを作るなどして販促して、ジワジワ売れていきました。

宮台:うちは男女半々で、年齢層も学生さんから50代くらいまで幅広い。代官山 蔦屋書店では発売に合わせてトークイベントを開催しました。ブレイディさんに会いたくて来た人たちばかりで、一気に売れましたね。ただ、通常トークイベントをやると、そのときは売れますが、ここまで長く売れ続けているのは珍しいです。

ブレイディ:よくTwitterとかエゴサーチしていますが(笑)、正確な年齢層はわからないけど、30代ぐらいの女性がけっこういる気がして、それがこれまでとは全く違う。この本に関しては、今まで見ていたお馴染みのアイコンの方々ではなく、初めましてのアイコンをたくさん見ましたね。ありがたいです。

――(ブレイディさんに)ちなみに息子さんからは、今回の本について何か感想とかありましたか?

ブレイディ:先日福岡に帰省したときに、ファッションビルに入ったんです。息子と一緒に上の階からゆっくりエスカレーターで降りて来たら、書店さんの入り口一角が黄色い。横を見たら『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のポスターも発見! 息子も表紙が黄色いのは知っていて、もしかして…!って。「見に行く?」と聞いたらすごく怖がって「もういい、もういい」って言いながらエスカレーターを逃げるように降りて行きました(笑)。初めてこの本が売られている現場に遭遇し、予想以上に大展開で衝撃も大きかったんでしょうね。今までは福岡の本屋さんに置いてもらっても棚にひとつくらい。「母ちゃんの本見に行こう」と自分から探して「あったよ!」とか言ってはしゃいでいたんですけど、今回は逃げていった(笑)。

ノンフィクションもアップデートする

――先ほどノンフィクションについてお話がありましたが、ノンフィクションってどんなイメージがありますか?

前田:重たい現実、というイメージでしょうか。

ブレイディ:「ルポ!! 潜入!!」とか。

小出:「衝撃!!」とかね(笑)。タイトルが激しくないと駄目みたいな。いろいろな現実を知っておいた方がいいんでしょうが、知るのが怖い気持ちも正直あります。

宮台:そうそう、ノンフィクションが重たすぎて入り込めない人が一定数いるんですよ。実生活でも大変なのに、さらに重いものは読みたくないと。読むのに覚悟がいる気がしちゃって。でも今回の本は、そんなノンフィクションの壁を崩してくれた気がします。

――そもそもブレイディさんは、ジャンルにこだわっていないとか。

ブレイディ:はい、ノンフィクションで書こうと思って書いたわけじゃないですね。ジャンルについてのこだわりもないです。わたしの本は、本屋さんでは人文書コーナーに置かれていることが多いようですが、大学の先生でもなければ研究もしていない。かといって、今回の本は小説でもないので、とりあえずノンフィクションに入っているのでしょうか。エッセイなのかコラムの書き手なのか、たまに聞かれますが、どちらでもいいし、なぜそれを分けなきゃいけないのとも思っています。

――今回はノンフィクション本大賞の受賞ですが、今までのノンフィクションのイメージが大きく変わるような、大きな意味がありそうですね。

ブレイディ:ノンフィクションというジャンルもアップデートするきっかけになったらいいと思っています。そもそも表紙も、今までのノンフィクションの装丁と全然違う。編集部が装丁デザイナーに「中高生にも中高年にも響くような」となかなかハードなことを言って困らせていましたが(笑)。

 私がノンフィクションど真ん中の書き手ではないので、その辺りは『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』チーム(新潮社の社内チーム)も意識していたのかなと。今までとは違う層の人たちにも届けられるよう、チーム一体でやってこれたと思っています。

イギリスの現状は、10年後の日本の姿

――舞台が日本ではなくイギリスですが、なぜ海外が舞台の本がここまで売れていると思いますか。

前田:主婦感覚からすると、イギリスの学校ってどんな感じだろう。向こうの生活ってどんなだろうって好奇心が湧きましたね。

宮台:イギリスは日本がこれから抱えていく問題を先取りしている国だと思っています。誰かと関わって生きていく中で、あの子とは関わらない方がいいとか、日本の風習とか、安心安全なルートを目指しがちですが、もうそれだけじゃやっていけなくなってきているのは、みんな気づいていると思うんですよね。そのときにどうしたらいいか。この本は、リアルな経験を通して描かれているからこそ、日本人にもヒントを与えてくれる本だと思っています。

日本は社会に対する信頼が薄い?

――ブレイディさんはこの本を出版され、周りの意見や感想はどのように届いていますか。

ブレイディ:わ、こんなに熱いの? とびっくりするくらい、熱量高い感想が多かったです! 言葉に反応する方も多いです。特に「エンパシー」や「他人の靴を履いてみること」と「多様性はややこしいけど、楽ばかりしてると無知になる」の3つでしょうか。

――最近も「エンパシー」や、「他人の靴を履いてみよう」と感じるような出来事があったとか。

ブレイディ:最近の息子の言葉で「日本は社会への信頼が薄いんじゃないか」と言ってきたんです。

 10月の台風19号で、ホームレスの被災者が区の避難所に入れない話がありましたよね。あのニュースはイギリスでは大きく報じられたんです。BBCもガーディアンもインデペンデントも取り上げ、イギリスの人たちがかなり反応しました。日本人は、自分さえ良ければいいのか、思いやりがなくなっているのか、と。しかしうちの息子は、「避難所で追い返した人は自分のことを考えてないんじゃないの?」と、違う意見でしたね。

 もし、自分が追い返したせいでその人が亡くなったら、責任を問われることを想像しなかったのか。それに、ホームレスが避難所に来て困惑する人がいたとしても、受け入れるべきと思う人も必ずいるはずだと信じることができれば、追い返さずに違う行動を取るのかもしれない。それができないのは、日本人は社会を信じていないのかなと。

宮台:実は、娘にこの本(『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』)をすすめてもなかなか届かないんですね。家族で社会問題の話もするし、本もたくさん置いてあるのにあまり興味を持たない。聞くと「私が何か考えて発信しても、言ったところで何が変わるの? 社会は変えられないから、自分は問題ないように生きていくしかない」と諦めているんです。正直、息子さんとは全然違うと思いました。誰かが助けてくれることより、うまく生きないと痛い目に遭う。そんなことを考えている余裕はないと。これがたぶん日本の現状なのかもしれません。

ブレイディ:その通りだと思います。先ほどのホームレスの受け入れ拒否もそうですが、断った避難所はメディアや一般の人たちから区が非難されることも想像していなかったのだろうし、やっぱり社会に対する信頼が薄いのかなと。イギリスの人たちもうちの息子も、まだどこか社会への信頼がある気がします。

 本書の中のエピソードでも、大雪の日に避難所の手伝いをしていたら、ホームレスの人から息子が飴玉を貰う場面がありました。人間関係ってはかないかもしれない。でも、あの飴玉って、社会には必ず存在するんですよね。ないように見えても、ないことは絶対にない。そういうものを読み取ってもらえたらいいなと思います。

文・写真=松永怜