長塚圭史「“これは苦労する舞台になる”という予感があった。でも、そうなると逆に、闘志が湧いてくるんです」

あの人と本の話 and more

公開日:2019/12/10

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは劇作家・演出家・俳優の長塚圭史さん。間もなく始まる舞台『常陸坊海尊』への手ごたえ、そして敬愛する三好十郎の戯曲『浮標』についてたっぷりと語っていただきました。

長塚圭史さん
長塚圭史
ながつか・けいし●1975年、東京都生まれ。96年に「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。劇作家、演出家、俳優として活躍。2004年に朝日舞台芸術賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。19年4月、KAAT神奈川芸術劇場の芸術参与に就任。

『近松心中物語』で知られる劇作家・秋元松代。彼女の代表作に挙げられる『常陸坊海尊』が間もなく上演される。演出を手がけるのは長塚圭史さん。稽古開始から2週間ほど経った取材時に手ごたえをうかがったところ、「順調とか、そういうのはないですね」と笑った。

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「僕はいつも本読みに時間をかけるんですが、この作品は特にそれが大事だと思っていて、みんなで車座になって繰り返し読み合わせをしてきました。そしたら、昨日あたりから各々が自然と立って稽古をするようになってきたんですよね。これは、ようやくキャスト全員が同じ物語の景色を頭の中で共有できてきたということだと思います」

『常陸坊海尊』が書かれたのは1964(昭和39)年、オリンピックが初めて日本に招致された年だ。常陸坊海尊とは、源義経に仕えながらも、義経最期の場所である衣川の戦いを前に逃亡し、その後不老不死となって源平合戦の顛末を人々に語り聞かせたという伝説の人物。本作ではこの伝説を下敷きに、戦中戦後の学童疎開や差別、また、生きるとはどういうことかを問うている。

「やる前から“これは苦労する舞台になる”という予感がありました。22年前にも蜷川(幸雄)さんが演出をされたのですが、そのときも相当手こずったとうかがって。でも、そうなると逆に、闘志が湧いてくるんですよね(笑)」

 主演を務めるのは、その22年前の蜷川版にも出演した白石加代子さん。長塚さんとはこれまでにも数多くの舞台をともに作り出しきた名優であり、盟友だ。

「ご本人も久々にこの作品に出られることを楽しみにされていて、ものすごく準備をされて稽古場にいらっしゃっているのがよくわかります。作者の秋元さんがいらっしゃらない今、残された僕らがいかにこの戯曲の本質を探って、立体化させていくかが大切になってくるのですが、白石さんは率先してディスカッションの中心に立ってくださるのでとても心強いです。また、実際にご自身が体験された戦後の様子を僕らにお話しくださったり、これまでの役者人生で積み重ねてきたものを惜しみなく稽古場で表現してくださるので、すべての役者にとっていい刺激になっていますね」

 また、その白石さんとともに作品に臨む若手俳優たちにも注目だ。

「中村ゆり、平埜生成、尾上寛之と、実力のあるメンバーが揃ってます。常に演劇に真摯に向き合い、いろんな現場で揉まれてきているだけに、彼らから生まれ出てくる表現は見ていて楽しいですね。そういえば昨日、その3人に深澤嵐を加えた、若手ばかりが登場する3幕の稽古があったんです。初めての立ち稽古だったのに次第に熱を持ちはじめたので、ほぼ3幕の最後までそのまま切らずに続けたんですね。それをベテランの役者陣が稽古場の端から横一列になってじっと見ていて。僕はその緊張感が面白くてわざと芝居を止めなかったんですが(笑)、見ていて本当に頼もしいなって感じましたね」

 なお、そんな長塚さんがおすすめする本を本誌ダ・ヴィンチで紹介している。タイトルは『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』。戦前から戦後にかけて近代演劇の礎を築いた演出家・八田元夫の生涯を軸に、彼と交友のあった劇作家・三好十郎や、俳優・丸山定夫たちの活動が細かく記された一冊だ。

「サブタイトルにあるように、丸山さんが立ち上げた移動劇団「桜隊」が広島の原爆被害に遭う様子なども書かれています。「桜隊」については映画監督の新藤兼人さんがドキュメンタリー映画として記録を残したり、作家の井上ひさしさんが戯曲化されています。でも、こうした事実があったことはそれほど知られていない。検閲だけでなく、拷問や投獄など僕も初めて知ることがたくさんあり、絶対に後世に残していかなければいけない本であり、内容だなと思いましたね」

 作中に登場する三好十郎は長塚さんが大きな影響を受けた劇作家。最初の出会いは、『胎内』に出演した時、とても惹かれた。その後『浮標』を読んで感銘を受けた。

『浮標』とは、戦争が激化する日本を背景に、病身の妻を献身的に看病する画家、そして戦地へと向かう親友らそれぞれの生と死への向き合い方を描いた三好十郎の傑作戯曲だ。長塚さんはこの作品に感銘を受け、これまでに3度上演している。

「死を前に、生きるとはどういうことか。その切実さに触れることができる壮絶な戯曲」と長塚さん。

「だから、ちょっと時間が経つとすぐに『浮標』をやりたくなるんです(笑)。ただ、本当に大変な舞台で。過去3回はヒロインを変えて上演してきましたけど、主人公だけは田中哲司さんにお願いしていました。その哲さんが『生きているうちに何回もできる芝居じゃないんだよ』と苦笑いされていたので、相当な心構えと準備が必要なんだと思います。でもいつか、そのときは新たな若手を起用することに挑戦してもいいので、また上演してみたいなって思いますね」

(取材・文:倉田モトキ 写真:干川 修)

 

舞台『常陸坊海尊』

舞台『常陸坊海尊』

作:秋元松代 演出:長塚圭史 音楽:田中知之(FPM) 出演:白石加代子、中村ゆり、平埜生成、尾上寛之ほか 12月7日(土)よりKAAT神奈川芸術劇場ほか、兵庫・岩手・新潟で上演
●東京から疎開してきた啓太と豊は美しい少女・雪乃と常陸坊海尊の妻を名乗るおばばに出会う。16年後、豊が再びその地を訪れると、そこには巫女となった雪乃と、消息を絶っていた啓太の姿が。しかし啓太は雪乃に魂を抜かれ、抜け殻のようになっていたのだった。