いつか死んでしまうすべての人へ贈る物語『不滅のあなたへ』――大今良時が描こうとしている“不滅”とは?
公開日:2020/2/7
原作者・大今良時インタビュー
タイトルが思いうかんだのは連載開始の少し前、地元の駅前で祖父母と別れたときだった。
「連載が始まると時間がとれないので、久しぶりにゆっくり一緒の時間を過ごしたんですよね。で、別れるときにハグをして、ああこれが最後になるかもしれないなあ、と思ったときふっと思いついた。ずっと元気でいてほしいけどそれは無理だってわかってる、でもやっぱり死なないでほしい、っていう。フシを人間ではなく意識体みたいな存在にしたのも、“自分”というのは死ぬまで生きてるんだ、ってことを描きたかったからなんですよね。逆に言えば意識がなくならない限り死なない。その感じともちょっとリンクしたというか……」
不滅というのはただ“死なない”ということではなく、死んでも器として蘇るということでもなく、誰かに記憶され意識が残り続ける限りは存在し続ける、ということ?
「そうです。フシにとっていちばんの危機は命を失うことではなく、核を奪われ記憶や体験を奪われることで、ノッカーはそれを成そうとする。その根幹には、私の祖父母を忘れたくないって気持ちがあります。ずっと、死なないでほしいって思ってるんですよ。冲方丁さんの『マルドゥック・スクランブル』をコミカライズしたときは、主人公のルーン・バロットが死にたいと思う気持ちをどうやったら遠ざけられるのかを考えていた。『聲の形』では、外側からの救いを描こうと思いました。主人公の硝子の聴覚障がいは病気じゃないから、治療法もないし聞こえるようにはならない。普通になれない自分を否定し続けたら、その先には死という絶望しかないんです。もう一人の主人公・石田も同じで、彼が硝子をいじめて傷つけた事実は決して消えないので、過去の自分を責め続けたらやっぱり死ぬしかない。そんな二人を守るには、ささやかな“声”に耳を澄ませてわかろうとするしかないし、その積み重ねが相手を救うことに繋がれば、と思いながら描いていました。それをふまえて今回は、どうすれば自分で自分を救えるかということを考えています。誰かにわかってもらえなかったとしても、自分で自分を否定するのをやめるには、死にたくなくなるためにはどうすればいいのか。今も答えを探している最中です」
不完全で不自由な自分でも手に入れられるものはある
フシが出会う人々はみな、努力ではどうにもならない壁に直面している。たとえばマーチという少女は、村を巨大なオニグマから守るため生贄になることが決まっていた。
「マーチの夢は母親になること。でも大人になれない彼女にそれは叶わないから、かわりにフシという何も持たない赤ちゃんのような存在を手に入れたらどうなるか、というのを描きたかった。やりたいことができるようになる、って一見とても前向きな言葉だけど、今つらい思いをしている人の励みにはならないし、その流れにのれない自分はだめだ、ってもっと落ち込んでしまう気がするんですよね。私は、聴こえない硝子の不完全さや運命から逃れられないマーチの不自由さを肯定したいし、あなたにしかできない生き方や手に入らないものはあるんだよと伝えたい。登場人物をできるだけ凡人として描いているのはそのためで、作中では口のきけないエコという少女が出てきますが、より不自由な人を獲得したフシがどうなっていくかを描きたいと思っています。肉体を取り戻して蘇る人たちを描いているのも、手に入らないはずだったものを得るのが果たしていいことなのか、死んでしまった最初の人生は無意味だったのか、そんなはずないということを逆説的に描きたかったからです」
ただそれは、死ぬことにも意味がある、ということではもちろんない。マーチとともに捕らえられたパロナという女性も言う。〈人の生き死にに意味を求めるなんて間違ってる〉。
「私自身、近しい人の死を糧に作品を描いていて、勝手に意味をもたせてエンタメ化している自分がすごくいやになるんですよ。たとえばフシのおばあちゃん的存在であるピオランには、亡くなった祖母を重ねていて。後年は認知症で大変だったそうですが、こうありたいと願う自分ではない姿で迎えた祖母の最期をごまかしたくなくて、ピオランの最期もそのように描きました。でもそれはけっきょく、人の死でメシを食っているということで……そんな自分を忘れてはいけないという自戒をこめてパロナのセリフは書いています」
ひとりで生きる人たちに寄り添うような物語に
大今さんが物語に向かう姿勢はとても真摯だ。普通のひとがきれいごとでコーティングしてしまいそうなエゴや欺瞞のすべてに向き合い、できる限り正確に写しだす。だから読む人は、救われる。誰かの死を物語として消費している自分も、不完全を覆せない自分も突きつけられたうえで、じゃあどう生きていけばいいのかを大今さんは描いてくれるから。
「いやー、真摯、ではないと思いますよ。『聲の形』のときは、身近に聴覚に障がいのある人がいたので、私なら硝子を等身大の一個人として描けるという傲慢な自負がありましたし、今も、読者の皆さんがあまりに一人ひとりに思い入れてくれるから雑に描けなくなっているだけ(笑)。13巻からは現世編、つまり現代の私たちと同じ時代を生きるフシの物語が始まるんですけど、いったい何巻くらい続くのかもなにも決まっていないし……。ただ、私はノッカーを“死にたい”という意識の集合体であったり生きることに否定的なものとして描いているんですけど、物語が現代に移ると今とは違う形に進化するんだろうなあとは思っています。死なないでと言いながら、私自身は安楽死に憧れるし、美しく楽に死にたいって思うんです。死を肯定するもの、呼び込むものは、現代には暴力ではない形でそこかしこに潜んでいますから」
遠い世界の物語のように思われていた本作は、現世編を迎えることでますます“今”の私たちと強く結びついて、生と死を語りはじめる。悠久の時をひとり生きるフシは、“今”に救いを見出すことができるだろうか。
「どうしましょうね(笑)。長く生き続けるということは、いつかフシを覚えている人がひとりもいなくなるということだと思うので……。でもだからこそ、いま、たったひとりで生きている人たちに寄り添うような物語になればいいなとも思います。『聲の形』は7巻で終わらせると最初から決まっていましたが、今回は続けられる限り長く描きたいと思っているので」
〈生きるのを手伝ってほしい〉。『聲の形』のラストで石田は硝子にそう告げる。どんな結末になるにせよ、誠実に答えを探し続ける大今さんの描く物語は、不完全で不自由な私たちを支えてくれるものになるはずだ。
大今良時
おおいま・よしとき●1989年、岐阜県生まれ。『聲の形』で手塚治虫文化賞新生賞、『不滅のあなたへ』で講談社漫画賞少年部門など受賞。『3×3EYES』を読んで以来、不死身キャラを描くことに憧れていた。ちなみに『不滅~』の表紙はゲスト主人公たちの叶わなかった夢。
取材・文=立花もも (c)大今良時/講談社
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