怖すぎる怪奇現場でお酒を飲むワケは……? 『東京怪奇酒』清野とおるさんにインタビュー&怪奇酒!

マンガ

公開日:2020/5/18

『東京怪奇酒』(清野とおる/KADOKAWA)

 怪奇現象の体験者から直接話を聞き、さらにその現場で飲酒する――そんなエクストリームな行為「怪奇酒」。『東京都北区赤羽』などのディープなエッセイ・ルポ漫画で知られる、清野とおるさんの実録漫画『東京怪奇酒』は、清野さんがさまざまな怪奇スポットで「怪奇酒」を行う、「怪談×グルメ」の異色作にして、清野さんの怪談愛溢れる意欲作。そんな『東京怪奇酒』の、とあるエピソードにまつわる場所で、清野さんに加え、掲載誌「東京ウォーカー」の加藤玲奈編集長にも同席していただいて、お話を伺った。

まずは怪奇現場で一杯!

 インタビューの前に一行が訪れたのは、都内某所の閑静な住宅地のただなかにある、何の変哲もない公園。「この道を通って、公園に突き当たった時に、確かにあったんです……」T字路の突き当りにある公園を指さして、加藤編集長は言った。そこには真っすぐに生える木々と、その隙間から覗く冬空しか見えない。しかし加藤編集長は続ける。「そこに確かに“大仏”があったんです」

 ここは、『東京怪奇酒』に収録された加藤編集長自身の怪奇体験「幻の大仏」の現場だった……。

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「幻の大仏」はこんな話だ。

<2017年10月の冷たい雨が降るある夜のこと。清野さんの担当・加藤編集長は、東京都某所にあるツレヅレハナコ(食と酒と旅を愛するカリスマ編集者)さん宅へ打ち合わせに出かけた。その帰り道、加藤編集長と同行のライター氏は行きに通りかかった公園内に巨大な大仏があることに気づいた。「……さっき、こんな大仏あったっけ?」 しかし、後日に調べども調べどもそのような大仏はなく、大仏を目撃した「あの日」と同じ条件のもと清野さんと加藤編集長は件の公園を訪れるが、やはり大仏には出会えずじまいであった。果たして大仏は怪奇現象なのか吉兆なのか――。>

 そんな奇妙な現象が加藤編集長を襲った、怪しくも縁起のいい場所で、清野さんの写真を撮らせていただく。清野さんは、手作りだという可愛い花柄の入ったマスクを付けて、「大仏」が現れたあたりを背に撮影に挑んでくれた。そして撮影をしながら、皆でビールを手にして「怪奇酒」を決行。一見ごく普通の住宅街の、ごく普通の公園の前で、心霊スポットの話をつまみにしながら飲酒する……。事情を知らない人が見たら、なんともシュールな光景だったろう。




 こうして『東京怪奇酒』の舞台となった現場で「怪奇酒」をするという貴重な体験をさせていただいた後、現場からほど近い場所でインタビューを行った。

「怪談」と「グルメ」のコラボレーション

――『東京怪奇酒』は、「怪談」と「グルメ」を掛け合わせるという斬新なアイデアが特徴的ですね。

清野:昔から怪談は大好きなので、シンプルな怪奇ものをやりたいという気持ちもあったんですが、そういったものはすでに多くの方がやられているじゃないですか。今まで誰もやったことがない変なジャンルを作り出したいといつも思っているので、今回もどうせやるなら変な形でやろうかなと。

――『東京怪奇酒』は「東京ウォーカー」で連載されていますが、グルメ要素があるとはいえ怪談ものは異色ですよね。どういった経緯で連載が始まったんでしょうか?

加藤:連載の話自体はずっとこちらからオファーを清野さんにし続けてきて、今回ようやくご一緒できることになったんです。でも実は、最初に私が提案したテーマは全然違うものだったんです。

――ちなみにそれはどんなテーマだったんですか?

加藤:「独身男性の一人暮らしライフ」みたいなテーマでしたね。

――ああ、清野さんがご結婚(’19年11月22日にタレント・壇蜜さんと結婚)される前ですものね。でもその企画をやっていたら、あっという間に終わることになっていましたね(笑)。

加藤:ええ。その時は具体的な話はされませんでしたが「もしかしたら一人暮らしが終わるかもしれない」とおっしゃられてました。それで「じゃあ今、清野さんが一番やりたいことは?」とお聞きしたら、「怪奇酒」の話をされたんです。最初は何を言っているのかわからなかったですね(笑)。ただ清野さんが描きたいと言っている以上は、すごく面白いものになるだろうなと思ったので『東京怪奇酒』を連載することになりました。当初は正直「東京ウォーカー」との相性はどうだろうかとも思ったんですが、結果的にすばらしい看板連載になっていただけました。

清野:グルメ要素を入れたのは、東京ウォーカーさんに対する申し訳なさっていうのもありましたね(笑)。

加藤:それはすごく伝わってきました(笑)。めちゃめちゃありがたいです。

怪奇体験は誰でも持っている!?

――『東京怪奇酒』にはさまざまな怪奇体験が登場しますが、体験者の方々はどのように探されているんですか?

清野:意外と身近な人が多いんです。前から知り合いだった人がこのタイミングで話を聞かせてくれたり。あとは加藤さんの知り合いの方などですね。

――身近な繋がりだけでこんな濃いお話が拾えるなんて、かなりヒキが強いのでは?

清野:いや僕は、わりと誰でもそういう話を持っているんじゃないかと思っているんです。それを思い出せるか、出せないかの違いだけなんじゃないかと。だからこちらの聞き方次第で、高確率で話を引き出せると思います。だって、この加藤さんでさえ持っていたんですよ。

――先程現場にうかがった「幻の大仏」のお話ですね。

加藤:大仏のことを思い出すまで、私も霊体験みたいなものは全くないと思っていたんですが……。

清野:最初にこの連載を始めるにあたって、加藤さんに怪奇情報があるか聞いた時は「そんなのないし、どちらかといえば半信半疑だ」って言っていたんです。そんな加藤さんですら、あんな大仏を見ていたんです。自分の中で解せないものって、忘れるようにできているのかもしれないですね。

――「幻の大仏」に限らず『東京怪奇酒』の怪奇体験はどれも興味深いものばかりですが、どこまで話を聞いて「これは漫画にできるな」って判断しているんでしょうか?

清野:一番最初にざっと概要程度に聞いた時に、ファーストインプレッションで「これはネタになるな」というのはなんとなくわかるんですよね。そこで「これはちょっとどうかな?」と思ったものはそれ以上深掘りしないです。それはほぼ直観ですね。

――いろんな人からいろんな話を聞いてきた経験からかもしれませね。

清野:飲食店でも、外観を見た時点で「ここは絶対おいしいに決まってる」とか「ここは外れだな」ってわかる時があるじゃないですか。たぶんそれに近いんじゃないですかね。あとは、体験者自身が疑っているようなスタンスの話は、だいたい面白いですね。「こんな変な話、聞いてもしかたないですよ?」くらいな感じの話の方が、当たりの確率が高いです。

――本編に入りきらなかった情報が掲載してある「おこぼれ怪奇情報」というコーナーもいいですね。怪奇現象とは直接関係ない周辺情報なども詳しく書かれています。

加藤:「おこぼれ怪奇情報」は連載時にも欄外に載せているんですけれど、単行本時にかなり加筆してくださっています。この情報の厚みがすばらしいですね。

清野:「おこぼれ怪奇情報」を作ってまでどうでもいいディテールにこだわったのは、どうでもいいことを掘り下げれば掘り下げる程、本筋の怪談のリアリティが増してくるんじゃないかという理由からです。

『東京怪奇酒』を読むと怪奇現象が……?

――そうやって取材された怪談の現場に赴いて「怪奇酒」を行うわけですが、現場には清野さん一人で行かれるんですか?

清野:基本的にはそうですが、加藤さんに同行してもらうパターンもあります。おかしなことが起こった時に一人だと、気のせいかもしれないので漫画に使いづらいこともありますが、二人の時に起これば信憑性が増しますよね。あと、これも僕なりのこだわりなんですが、なるべくその怪異が起こった場所でネームや漫画を描くようにしているんです。現場で描くと、怪異の空気に浸れてよりいいものが描けるんじゃないかと思っていて。先程行った大仏の公園も、そのために何回も来ています。

――現場で漫画を描かれている!? それは濃い作品になりそうですね……!

清野:実は『東京怪奇酒』を買っていただいた方の周りで、ネタではないレベルの怪異が起こっているらしいんです。「夜中の二時にインターホンを連打された」とか「寝ている時に何度もツンツン突かれた」とか、ツイッターで呟かれているんです。

加藤:『東京怪奇酒』を読んでいただくとわかるんですが、ちょっと漫画の中の怪奇体験と類似していたりするんですよ。

清野:それって、もしかしたら現場で描いているせいもあるかもしれないし、なんなら僕は描きながら「読者に、洒落になる程度で怪異が起これ!」って強い念を込めてるので、そのせいもあるかもしれないです(笑)。

――清野さんの思いが届いて、怪異のおすそ分けが発生しているわけですね。『東京怪奇酒』では清野さん自身も奇妙な体験をされてますね。不可解な写真が撮れたり、尋常じゃない頭痛に見舞われたり。

清野:でもそれだけじゃ霊体験とは言い難いですね。見なきゃだめですよ、やっぱり。

――『東京怪奇酒』の中でも描かれてましたが、清野さんはハッキリと霊を見たいんですね。

清野:そうです!

――これまで、霊が見えるまではないにしても、それに近い体験をされたことはないんですか?

清野:一つだけ、明らかにおかしな体験を以前したことがあるんです。それは今後の『東京怪奇酒』で描こうと思っています。その体験でも僕の中では満足度6、70パーセントくらいですね。「いわくつきの場所で、実体として現れて、目の前で消える」くらいの体験をしないと、100パーセントではないです。だからまだ足りないですね。

――そこまで霊を見たいという気持ちが、「怪奇酒」の一番の動機なんですね。

清野:ただ、もちろんめちゃくちゃ怖いです。こんだけ幽霊を見たいと言いつつも、心の底から怖いので「怪奇酒」の現場では本当に怖がっています。でも怖いから楽しいんですよねえ。

――ちゃんと怖がりたいから、その怖さをちょっとマイルドにするためのお酒だったりするわけですね。

清野:そうですね。飲まないと怖過ぎちゃって楽しめないし、飲み過ぎちゃうと怖さがなくなって楽しめない。怖さを楽しめる絶妙なラインの飲酒が「怪奇酒」のポイントですね。

取材・文=藪魚大一 写真=首藤幹夫