松尾貴史「“面白そうだけど、こんなの誰が読むの?”という本を、僕はいつも買う」

あの人と本の話 and more

公開日:2020/6/16

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載「あの人と本の話」。今回登場してくれたのは松尾貴史さん。幼い頃や学生時代の読書体験、そしておすすめの一冊『倫敦巴里』の著者、和田誠さんとのエピソードについてお話を伺った。

松尾貴史さん
松尾貴史
まつお・たかし●1960年、兵庫県生まれ。TV、ラジオ、映画、舞台、エッセイ、イラスト、折り紙など幅広い分野で活躍。出演作に舞台『ザ·空気ver.2』、ドラマ『獣になれない私たち』ほか。著書に『違和感のススメ』など。毎日新聞「日曜くらぶ」で「松尾貴史のちょっと違和感」連載中。

「“この本は面白そうだけど、あまり売れないだろうな”という本を、僕はいつも買うんです。あまり売れない本って、あっという間に書店の店頭から消えちゃうので。売れそうな本はいつでも買えますから、“面白そうだけど、こんなの誰が読むの?”という本を、最近は選んでいるんです」

advertisement

 読書家の母の影響で、松尾さんは幼い頃から本に囲まれた暮らしをしてきたという。

「子どもの頃、自分ではモーリス・ルブランとかコナン・ドイル、学生の頃は、團伊玖磨さんの『パイプのけむり』シリーズをよく読んでいましたね。母が読んでいた本もぱらぱらと。でもちょっと難しい本が多かったので、拾い読みみたいな感じでした」

 今年の春、その母を見送ったと語る松尾さん。実家へ遺品整理に行ったとき改めて、その冊数の多さに驚いたという。

「タイトルにも驚かされました。マルクス、カポーティ、大江健三郎、山崎豊子……。母は無宗教でしたけれど、モルモン経典や聖書まで。本当になんでも読んでいたんだなと感心しました」

 おすすめの一冊として挙げてくれた和田誠『倫敦巴里』は、「憧れるものを、小遣いを貯めて買っていた」という学生時代に買ったものだという。

「当時の僕にとっての双璧は、和田誠さんと山藤章二さん。それから安野光雅さん、グラフィックデザイナ-の福田繁雄さんとか、このあたりの人たちの作品を、ずっと追いかけていました。『倫敦巴里』に収められている和田さんの作品は1966~77年に描かれたもの。まだ30代でいらしたのに、こんな老成したことをやっていたということに驚きを感じます。つまり、あの時代の文化を担っていらっしゃった方って、若いときから、社会性とか深み、重みをすごく持っていたんですよね。今は、40歳、50歳になっても、あの頃の30代の人たちの覚悟についていけてないんじゃないかなという感じがする。この本に登場する、和田さんの“モジり”の対象になっている方々も含め、“すごいなぁ”と、天を見上げて、驚くばかりみたいな感じです」

 憧れの和田誠さんとは幾度か、対面したことがあるという。

「20年くらい前に、島田歌穂さんのリサイタルを観に行ったときにお会いして、『今度、飲もうよ』と、言っていただいたのが最初でした。4、5年前にも、和田さんと仲良しでいらっしゃった歌人の笹公人さんが、『和田さんが松尾さんと飲みたがっているので、今度、セッティングしますね』と言ってくださったのですが、実現することはなかった。もっと早くに、ご一緒できていたら……と。和田さんのお別れ会が、この3月にあるはずだったのですが、こういうご時世になってしまったので、延期になってしまっていることもまた淋しく感じています」

 15年に上演され、大きな話題を呼んだ、いしいしんじ×ウォーリー木下の、つながる音楽劇『麦ふみクーツェ』の次作となり、6月から上演予定だった音楽劇『プラネタリウムのふたご』も、新型コロナウィルスの影響で延期が決まった。

「『麦ふみクーツェ』では、やさしい郵便局長を演じましたが、今回はちょっと荒っぽいというか、通俗的な工場長の役。どちらかというと、厳しい側というかね、地で行けるかなと(笑)、楽しみにしていたのですが。いしいしんじさんの物語は、大人のメルヘンですよね。童話みたいな雰囲気があるのに、影、歪み、矛盾のようなものを含んだ、日本のミヒャエル・エンデのようなところがある」

 その物語が、音楽と新しい表現を駆使したビジュアル、そして個性的な役者たちの芝居で、唯一無二の世界観を作り出していく一作の上演を、数多の人々が心待ちにしていた。

「実現まで、どうか観たい気持ちを凝縮して、ためておいていただければ、と思います。とにかく想像力というものは死ぬことがない。それだけは逞しく持って、イマジネーションの待機電力を入れ続けて、待っていていただければと思います」

取材・文=河村道子

 

舞台『音楽劇 プラネタリウムのふたご』 *公演延期

舞台『音楽劇 プラネタリウムのふたご』 *公演延期

原作:いしいしんじ(『プラネタリウムのふたご』講談社文庫) 演出・脚本:ウォーリー木下 音楽: トクマルシューゴ 作詞:森 雪之丞 出演:永田崇人、阿久津仁愛、佐藤アツヒロ、大澄賢也、松尾貴史ほか

●星の見えない村のプラネタリウムで拾われたふたごの赤ん坊。彗星にちなみ、名付けられたふたごは、星の語り部の男に育てられ、ひとりは手品師に、ひとりは星の語り部となった。こころの救済と絶望を独自の世界観で描いたいしいしんじの長編小説をウォーリー木下が舞台化。