「松原さんの活動は日本史に残る偉業だと思う」今注目の“物件ホラー”を語る 松原タニシ×朝宮運河対談

小説・エッセイ

更新日:2020/8/13

 いま、物件ホラーが来ている。事故物件を転々と移り住み、いまや東京と大阪、沖縄にワケアリな自宅をもつ芸人・松原タニシさんが、その火付け役だ。そんな松原さんと、おそらく日本初の物件ホラーアンソロジーを編んだ怪奇幻想ライター・朝宮運河さんに、〝家の怖さ〟について語っていただいた。

朝宮運河さん、松原タニシさん
朝宮運河さん、松原タニシさん

 

朝宮 松原さんの活動は日本史に残る偉業だと僕は思っているんですよ。

松原 日本史に。

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朝宮 日本史はまあ大げさにしても(笑)、怪談史には残りますよね。知らずに、あるいは結果的に事故物件に住むことになった話は、フィクションでも怪談実話でもたくさん語られてきましたが、意図的に、しかも連続的に住んで何が起きるか検証していくというのは誰も成したことがなかった。松原さんのおかげでようやく、ちょっと障りはあるけど死ぬほどではない、という事故物件のリアルが見えてきた。

松原 僕も最初はなりゆきですけどね。事故物件で幽霊を撮影する、という企画に声がかかり、売れない芸人だったからチャンスにしがみついた。最初は、怖かったんですよ。幽霊というものが本当に存在するかもわからないし、呪われて死ぬことがあるのかどうかもわからないですから。でもいちばん怯えていたのは、初日の夜、定点カメラでの撮影が始まるまで。カメラがまわれば何が起きても記録に残るし、ネタになる。でもその前に、誰にも知られないうちに何かが起きて死んだらどうしよう、と思うと怖くて怖くてたまらなかった。

――幸いというべきか、一週間経たずに一反木綿のようなオーブ(光)が映り込んだんですよね。

松原 ほっとしましたし、ありがとう!って思いました。映画で亀梨(和也)さんが演じる芸人・山野ヤマメには、元相方の中井とファンの梓ちゃんっていう協力してくれる二人がいる。でも僕は、誰にも相談できないまま一人でやるしかなかった。そんななかオーブが現れて、少なくとも仕事を失う恐怖は拭うことができた。だから、わりと早い段階で〝彼ら〟に対しては仕事仲間のような気持ちを抱いたんです。肉眼では見えないけど画面の中では共演できるというのもちょうどいい距離感だなあ、と。

朝宮 とはいえ、車に轢かれたりしていますよね。

松原 まあ、無傷だったんで……。映画で当て逃げ事故に遭ったヤマメが「柔道やってたから受け身をとれた」って言うじゃないですか。あれはほんまのことで。1軒目に住んでいたときは、女の子と山に登ったら突然木が倒れてきたこともあったんですが、どちらもその瞬間はすべてがスローモーションに見えて、「あ、死ぬのかな」って思ったら自転車ごと吹っ飛んでいたし、とっさに木をよけていた。何事もなく済んだことはネタになるので、怖がるタイミングがないんですよね。その感覚がずっと今も続いているんですが、他人には理解できないことなんだと映画を観て気づきました。傍目から見れば、事故物件に住むことそれじたいが、かなり怖くて避けるべき事案なんだな、と。

朝宮 中田(秀夫)監督は『リング』のころからメロドラマを作りたいとおっしゃっている方で、ヤマメの人生における挫折や成長みたいなものを、事故物件を転々としていく過程にうまくシンクロさせています。『恐い間取り』を映画化するなら、定点カメラを設置した部屋の様子をドキュメンタリー調に撮るしかないだろうと思っていたんですが、恋愛や友情もからめてエンタメとして成立させているのを見て、なるほどと思いました。

松原 たぶん松原タニシを主人公にしていたら、こうはならない。ああ、こんなふうにまわりは心配するのか……っていうのを、僕自身がヤマメを心配しながらようやく気づきました。

――じゃあ、ご自身と重ねて観る感覚はなかった?

松原 全然。「ヤマメ、うしろうしろ! なんかおるー!」って一観客として楽しみました(笑)。

亡くなった人の遺した念に触れるのが怖い

朝宮 事故物件に住むことのなにが怖いんだろうと考えたとき、やっぱり人の死に触れることじゃないかと思うんです。亡くなった住人の気配のようなものが残っているかもしれないと思うと、それに触れるのが怖いのかなと。というのも僕、先日、不動産屋から事故物件を紹介されまして。

松原 ほう。

朝宮 奥さんが、高台に立つ中古の一軒家を見つけてきたんです。地下室もあるから、家中を占拠している本も収納できる。相場より安いし、いいんじゃないかと。で、問い合わせてみたら「告知事項あり」の紙を見せられた。ただ、その時点では僕は気にしていなかったんですよ。遡ればどこでだって人は死んでいるわけだし、仕事柄ホラーにはなじみがある。基本的におばけや幽霊もあまり信じていませんし、平気で墓場を散歩したりしますからね(笑)。ところが内見に行ってみると……家に入った瞬間、妙に寒かった。

松原 ちゃんと寒いんだ(笑)。いいですねえ、何かありますね。

朝宮 10年ほど売れていなかったらしいのにカーペットはそのまま。壁にはゴミの日を書いた紙、柱には子供用の身長計が貼ってある。長年家族で住んでいただろう痕跡があちこちに残っていて、とにかく寒いし、家を出た瞬間、めちゃくちゃほっとしてしまいました。お年寄りが自殺したとのことですが、それを聞いたら、直近の人の死というものが妙に生々しく迫ってきて、触れたくないものに触れてしまった気がしたんですよね。この先、なにか悪いことがあったら、たとえば子供が風邪をひいたというだけでも、家のせいにしてしまいそうな気がした。だったらやめておいたほうがいいな、と思いました。松原さんには、ないですか? 何かにつけ家と結びつけて考えてしまうこと。

松原 先入観みたいなものはあると思いますね。でも僕は、車に轢かれるのも木が倒れてくるのも、彼らがじゃれついてきてるっていう感覚で。殺しにきてると思うと怖すぎるから、そう思うようにしているだけかもしれないけれど、コミュニケーションをとれる相手かどうか試されているのかな、と思うんです。逃げたらやられるけど、ネタに昇華できたら向こうも「こいつやるやん」みたいな感じになって甘噛みしてくれる。今は、新しい家に住むときは怖さや緊張よりも「今度は何が起きるだろう」とわくわくしてしまうんですよね。

古い一軒家の台所、夜中に耳元で男の笑い声が

――ちなみに、朝宮さんは「基本的には信じない」とのことですが、怪奇現象に遭遇したことはないんですか?

朝宮 一度だけありますよ。京都で、家賃2万8000円の一軒家に住んでいたとき。

松原 やす!

朝宮 なんで安いかというと、大家さんが物置きがわりにしていた家で、あいているところを自由に使わせてもらう形だったから。古い長屋に昔のリビングセットがそのまま残っていて、手縫いした刺繍のカバーがテレビにかかり、年季の入った日本人形なんかも置いてありました。最初はとくに気にしていなかったんですが、あるとき夜中に一度、焼きそばをつくっていたら耳元で「わっはっはっは!」っておじさんの声がしたんですよ。あれは、びっくりしましたね。疲れてるんだな、と思う反面、息がかかる感触もあったので気持ち悪くて。あとは泊まりにきた友人たちと2階で寝ていたとき、一人が夜中にふと目を覚ましたら、1階でずーっと何かが歩きまわる足音がしていたそうで。全員寝ているのに……ということもありました。

――やっぱり、古いものとか、人の想いがこもったものには怪奇が宿りやすいんでしょうか。

松原 それはあると思います。沖縄に移住したら超能力を使えるようになったという作家さんがいるんですよ。マンションの裏で不発弾が見つかって、骨も発掘されたのでお祓いしたんだけれど、住人は全員出ていってしまった。でも彼だけはそこに住み続けていたら妙に勘が働くようになったんですって。あの人から連絡きそうだな、と思ったら本当にくるというのが、何度も何度も続くようになったとか。

朝宮 虫の知らせ、というやつですね。

松原 要するに人の念をキャッチしているということでしょうけど、それは怪奇現象でもなんでもなくて、人が本来もっている力なんじゃないかと最近思うようになりました。深海の魚が目の機能を失うように、文明を発達させたことで人間には不要となった能力なのかもしれない。だとすれば、怪奇現象というのは特段珍しいことでもないんじゃないかな……と。幽霊が念の名残みたいなものだとしたら、生きているか死んでいるかの違いはあるけど、実は僕たちとあんまり変わりないのかもしれないとも思うんですよね。

松原さんは、生者と死者を分け隔てなく接する

朝宮 そこが松原さんのすごいところで、生と死を平等に扱おうとする方ってあまりいらっしゃらないんですよ。やはり、生きている側から死者を見て、理屈の通じない不気味なものとして描くのが怪談の怖さですから。でも、松原さんはとてもフラット。生きている人も死んでいる人も関係なく、来たら「おう」って挨拶しちゃうような感じ。

松原 仕事仲間ですからね(笑)。ただ、朝宮さんのお話を聞いて、家族がいるかどうかは大きいんじゃないかと思いました。一人だったら墓場も散歩できるけど、お子さんと奥さんのいる家に何かを持ち帰るかもしれないと思ったらなかなかできないんじゃないですか。墓場でデートするわけにもいかないし。

朝宮 そういえば最近、行ってないですね……。

松原 『恐い間取り2』のあとがきにも書きましたが、撮影前、亀梨さんに聞かれたんです。大切な人に不幸が連鎖するかもしれないことについてはどう思いますか、って。映画ではその部分が強く描かれているから、より感情移入しやすいエンタメ性の強いホラーになっていますよね。僕には、その恐れがない。守るものをつくらないでおこうと決めたから、今も続けられているんですよ。それは、事故物件で亡くなった方はたいてい一人なので、自分も孤独になったほうがそちら側に立てるんじゃないかと思ったからなんですが。本に書いたように、僕は2021年にすべてを失うと言われているんですが、最悪死んじゃってもしょうがないな、とどこか気楽に思えるのは、やっぱり一人だからじゃないかと思います。朝宮さんの言うとおり、生者と死者の区別があまりないっていうのもあるかもしれないですけどね。

朝宮 あとがきに書かれていた〈忌み嫌わず、過剰に悼まず〉という一文が、僕はすばらしいと思いました。事故物件への興味って、けっきょく怖いものみたさの好奇心。だから、やりすぎると不謹慎になってしまうところを、松原さんは、撮れ高を気にしながら死者を冒涜しない絶妙なバランスを保っている。それを可能にしているのは、その一文の姿勢があるからなのだな、と。

松原 本当は「手を合わせるのを平等にやめよう」みたいなことを書こうとしたんです。人の亡くなった現場や神社で僕らは当たり前のようにそうするけど、ただのポーズのような気がしてしまって。もちろん悼む気持ちもあるけれど、たぶん明日には忘れている。だったらもうちょっと普通に接すればいいんじゃないかな、と。手を合わせることでかえって、生と死を線引きして死者を向こう側に追いやってるような気もしましたし。長くなるのでやめましたけど。

朝宮 『恐い間取り』は読者を過剰に怖がらせようとはしないんですよね。ただおどろおどろしいだけの内容なら、2巻は出なかったんじゃないかと思いますが、死者へのフラットなまなざしで淡々と語られるから、僕たちはもっともっと読みたくなる。怪談界を飛び越えて広く読まれる本になったのは、お人柄の産物だと思います。

松原 たぶん末っ子だからだと思うんですが(笑)、場にいる誰もが怒らずに済んでそこそこ楽しめる熱量、みたいなのを探るクセがついているんです。亡くなった方と遺族、不謹慎だって怒る人、もっと見たいと求める人、それから自分自身の感情。その全部にうまいことバランスをとれたら、とは思っています。

人間にとっていちばん怖いのは侵食されること

朝宮 僕は最近、『家が呼ぶ』という物件ホラーアンソロジーを編んだのですが、源氏物語の時代から、荒れ果てた屋敷に行ったらもののけにとり殺されるみたいな話は無数に存在していて、人は〝家〟を恐れ続けてきました。ホラーや怪談において重要なモチーフなんです。『恐い間取り』のおかげで改めて「やっぱり家って怖いじゃん」というのが広く認識され、おかげさまで僕のアンソロジーも売れゆき好調です。

松原 それは嬉しい。僕はあまり小説は読まないんですが、おもしろいと思うのは、あったらいやだなと思うことを全部詰め合わせたようなやつ(笑)。たとえば、某所でビルとビルの間に落っこちて挟まったまま死んでいた方がいたそうですが、誰にも気づかれないまま死体があり続けるとか、めちゃくちゃ怖いじゃないですか。そういう、めったにないけどときどきある厭なやつをわざわざチョイスして描けるのがフィクションの魅力ですよね。

朝宮 怪談というのは、知っているものと知らないものの間に存在していて、ありえないけどありそう、と思わされるものが怖い。とくに家というのは、本来、誰にとってもなじみのある安らぎの場所。だからこそゴキブリ一匹でも異物がまぎれこめば大騒ぎするし、得体の知れない何かならなおさら。自分のテリトリーを侵される恐怖感から、物件ホラーは語り読み継がれてきたし、松原さんの本もこれほどヒットしたのでしょう。松原さんのご活躍によって、今後は物件ホラーの表現方法も変わっていくんじゃないでしょうか。やはり、日本史に残る偉業だと思います。

 

朝宮運河
あさみや・うんが●1977年、北海道生まれ。怪奇幻想ライター。怪異に惹かれるのは「結果的に“怖い”もおもしろいのだけど、そもそもは未知のものに触れたいという好奇から」(朝宮)。朝日新聞社運営サイト「好書好日」にて「朝宮運河のホラーワールド渉猟」を連載中。

松原タニシ
まつばら・たにし●1982年、兵庫県生まれ。2012年、テレビ番組『北野誠のおまえら行くな。』をきっかけに“事故物件住みます芸人”に。地元・大阪だけでなく東京や沖縄など10軒の事故物件に住み、国内外500以上の心霊スポットをめぐり、怪談イベントや配信を実施。

取材・文:立花もも 写真:江森康之