何かになろうとしない、背伸びしない。自然体のあり方を生んだ、音楽的ルーツ――水瀬いのり・音楽活動5周年インタビュー②

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公開日:2020/11/21

水瀬いのり

 12月2日。1stシングル『夢のつぼみ』で声優・水瀬いのりが音楽活動をスタートしてから、もうすぐ5周年を迎える。戸惑いながら歩き始めた水瀬いのりの足跡は、多くの聴き手の応援を受け、支えられながら、リリースを重ねるごとに確かなものとなっていった。これまでに8枚のシングルと3枚のオリジナルアルバムを発表、日本武道館をはじめ大きなステージに立ち、ファンと心を通わせて絆をはぐくんできた結果、「水瀬いのりの音楽」は5年間愛され続けてきた。そのあたたかい関係性は、きっとこれからも変わらないだろう。今回は、音楽活動5周年と、水瀬自身の25歳の誕生日でもある12月2日の9thシングル『Starlight Museum』リリースを記念して、連載形式で5本立てのロング・インタビューをお届けしたい。第2回のテーマは、「ルーツ」。個人として音楽から受け取ってきたもの、憧れの存在の話題を通して、「自身があるべき姿」について聞いてみた。

「ボロボロでもいいよ」「転んだっていいんだよ」みたいな言葉のほうが、肯定してくれる感じがする

――水瀬さん自身が好きな音楽、影響を受けた音楽というテーマで話を聞いていきたいんですけど、水瀬さんにとって歌や音楽ってどういう存在だったんですか。

水瀬:音楽は、没入できるものです。曲を聴いてる間は、自分もその曲の登場人物になれるような気持ちでいます。すごく悲しいラブソングとかだと、ほんとに実体験をしたような気持ちになって、「わたしってかわいそうな女」みたいなモードに入ったり、温かい曲を聴いてるときは、家に帰るまで遠回りになるけど、あえて家に着くまでの時間をちょっと延ばして、曲の余韻に浸ったり。音楽は耳から聞こえてきますが、景色や情景を含めて、ヒロインになれる時間、ちょっと浸る時間をくれる存在です。

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――その音楽の聴き方ってわりと特殊というか、音楽をとても楽しんでる人の聴き方ですね。

水瀬:そうですね。わたし自身、音楽的な見解や要素に詳しいわけではないですし、そこにこだわりを持って聴いているわけではなくて、本当に感覚です。好きな曲も、「ここの、このメロディが好き」という感じで、プロの皆さんがしているであろう聴き方はたぶんできていないんですけど、だからこそ、自分を曲の中に入れられる、というか。曲を作品として、ひとつの映画のような意味合いを感じながら聴くことが多いです。どちらかというと、サウンドよりも歌詞に注目したりすることも多くて。歌詞だけを見るのも好きです。

――好きになるのはどういう歌詞なんですか。

水瀬:ちょっと切ないものが多いですね。過去形で、今はないものを歌っていたり、過去を振り返った今の自分が歌ってる曲、だったり。それを、ラストのサビで思い返したり、見つけたりしていると、「これがエモいってことなんだあ」って思ったりします。最近は、歌詞の中に自然とちりばめられたテクニックを見つけたり――それは、こうして音楽を仕事にしているからこそ気づけたのですが。好きな曲の歌詞がすぐ覚えられる理由は、こういう技術があってこそなんだな、と実感しながら、最近は音楽を聴いています。

――過去を振り返ったり、切ない歌詞に惹かれるのはなんでだと思いますか。

水瀬:自分の気持ち的に、ネガティブ要素を感じる言葉に惹かれやすい思考なんです。「絶対できるよ」とか、もちろんそういう言葉も自信にはつながるんですけど、「ボロボロでもいいよ」「転んだっていいんだよ」みたいな言葉のほうが肯定してくれる感じがするというか、ダメな自分を肯定しながら持ち上げてくれるような気がします。「あのときのことがあったから、今の自分がいるんだよ」「最終的には全部に意味があるんだよ」って伝えてくれるような歌詞がすごく好きです。たぶんそれは、自分が求めている言葉、言ってほしい言葉であり、誰かに伝えたいメッセージなのかもしれないです。自然と、そういう言葉に惹かれますね。

――ルーツという意味だと、好きな音楽にはご両親の影響もあったりするんですか。

水瀬:母からの影響はありますね。父は、カラオケに行ってもそんなにたくさん歌うタイプではなくて。母はわたしの楽曲を、デモから一緒に選んでくれたりします(笑)。お互い言わずに、手帳に曲の番号を書いて、その横に「○」「◎」「▲」と書いていくんですけど、手帳を見せ合うと、だいたい一緒なんですよね。波長というか、聴いてきた音楽が一緒だから、というのもあると思うのですが、「この曲いいよね」っていう感覚が同じなのは、やっぱり同じ環境で同じ時間を過ごしているからなのかな、と思います。メロディラインも「ここがいいよね」って思う部分が一緒なので、それはときどき感動します。

――子供の頃って、人前に立って話したり、それこそ歌を歌ったりすることについてはどんな感覚だったんでしょう。

水瀬:もう、典型的な内弁慶でした。家の中ではオンステージですけど、外に出たらいい子で、ほんとに真面目な子としてお母さんの後ろにずっとくっついてる、みたいな子でしたね。たぶん、まわりからは何かを表現することが好きで興味があるようには見えていなかったと思います。

――内弁慶ではあったけど、家の中ではオンステージだった。

水瀬:はい。当時ハロープロジェクトさんのオーディション番組が放送されていて、自分と同世代の子たちが、いわゆる一般人からアイドルになっていく、審査からチームに入るまでのドキュメントのようなものに、ものすごく熱中していました。「実際に自分がアイドルになったらどんなポジションだろう?」って考えたり、「こういう衣装を着てみたいなあ」とか、そういう憧れがありました。そのあとにめちゃくちゃシャイ期が来るのですが(笑)、当時はすごく自己表現欲求があったなって思います。

――シャイ期が来る前の、一番無邪気なモードのときですね。

水瀬:そうですね。それでも、たぶん同年代の子たちと比べたらシャイだったとは思うんですけど。でも、その頃が一番自分を出していた時期かもしれないです。

水瀬いのり

水瀬いのり
水瀬いのり 1st LIVE Ready Steady Go!」より

背伸びしない自分を好きになってもらえるように、自然体なわたしを魅力的に見せられるように頑張っていくことが、これから先の目標

――音楽を受け取って、自分自身が変わった体験をしたことはありますか?

水瀬:やっぱり、水樹奈々さんのステージを観ていなかったら、声優アーティストというものにここまで惹かれることはなかったのかもしれないな、と思います。もともと水樹さんがキャストを務めているアニメを観てはいたんですけど、ずっと文化放送のラジオも聴いていて。今もそうですけど、土曜日、日曜日の夜は、声優さんのラジオ番組やアニソンのランキングをたくさんやっていますよね、それを、毎週聴くのが日課でした。学生時代はそんなに遅くまでは起きていられなかったけど、ちょっと寝つけなくて夜更かししたときに、今もやられている水樹さんの『スマイルギャング』という番組を聴いて。役としてしゃべっていない水樹さんの声を聞いたのはそのラジオが初めてで、そこから声優さんの雑誌を手に取るようになり、「なんてかわいい人なんだ」と思ってCDを聴くようになり、ライブ映像も観て、気づいたらファンクラブにも入っていて、そのままライブにも参戦していました。

――それは何歳くらいのとき?

水瀬:12歳くらいから14歳くらいの間に、一気にハマりました。

――水樹さんのライブや楽曲は、水瀬さんの心をどう動かしたんですか。

水瀬:もう、とにかくかわいくて、カッコよくて、切なくて、それでいて女性らしくて。曲によって表情やアプローチが全然違うところに、当時のわたしはすごい衝撃を受けました。声優さんならではの声色の使い方をしていたり、それでいて水樹さんのパワフルさも感じていましたし、ファンを魅了するチャーミングな部分も好きで、ほんとに底なし沼のように――「もう、どれだけの魅力にあふれてるんだ!」と思って、一気に溺れていった感覚でした。それはもう、嬉々として溺れていく感じで、「自分の知らないシングルがこんなにまだある、よ~し全部聴くぞ~」みたいな感じで、気づいたら予約をして、お店にCDを取りに行く学生時代を過ごしていました。水樹さんは、着ている衣装などでも、ファンタジーなものを見せてくれるのが魅力的で。アニメの主題歌を歌うのにあわせて、作品のテーマや演じられているキャラクターイメージを反映した衣装で登場したり、ライブの中で視覚的にも表現されていたんです。声優アーティストはひとつの形ですが、アーティストとして個人でありながら作品を背負っていたり、キャストとして演じるキャラクターを背負っていたりと、その概念は計り知れないんだなあ、と思ったときに、水樹さんにものすごく憧れを抱くようになりました。

――出会いは10年以上前の話でしょうけど、今でも水樹さんのライブって、いわゆる声優の方の音楽活動の中で、最もエンタメ度が高いライブのひとつですよね。火柱が上がったり、空を飛んだり。

水瀬:そうですよね。乗り物に乗ったり。

――同じことをできた人は未だにいないし、そういう意味でもパイオニアであり続けている。当時の水瀬さんは純粋にファンの心理で、素敵なものをたくさん見たい気持ちだったと思うんですけど、それが「この人みたいになりたい」とはならなかったんですか。

水瀬:なりたいなんて、軽々しく言えないです(笑)。「なりたい」でなれる人ではないですし、持って生まれた才能や魅力がある中、さらに幼少の頃からいろいろな努力と経験を積み重ねてきたからの今であって、ここから自分がどれだけ頑張っても追いつけないですよね。なので「水樹さんになりたい」という気持ちは持っていないですが、今のわたしたちは水樹さんが作ってくださった道を歩いていて。しかも、いまや声優アーティストという存在は、世界中にファンが広がっていると思うんです。そういう活動の先駆けとなってくださったことに対して、「どうしたら水樹さんが作ってくれた道に恥じないパフォーマンスができるか」という想いでいっぱいですね。もちろん、水樹さんに憧れていますけど、なりたい、ではなく、「この人をずっと見ていたい」なんです。ほんとに孤高の存在で、水樹さんと同じジャンルの中にいさせてもらってる自分としては、声優アーティストの名に恥じないものを持ち続けなくてはいけないなって、すごく思います。

――自分も同じ道を歩むけれども、同じ存在にはなれないとしたときに、水瀬さん自身はどうあるべきだと考えたんですか。

水瀬:この5年間で、自分を表現するにあたって迷ったり、「こんな女性になりたい」「こんなアーティストになりたい」っていう理想像を考えることもあったんですけど、結局わたしはわたしでしかなくて。根底は変えられないので、自分らしくいることで魅力的に見える人になるには、どうしたらいいんだろうと考えるようになりました。何かを憑依させながら魅力を出していく方法もあると思いますが、わたしはどちらかというと、常に自分という存在として音楽と向き合ってきたつもりなので、自分らしくないと思うものには、あまり挑戦をしてこなかったんです。今までの楽曲も、自分が好きな歌を歌ってきましたし、きっとこれからもそれは続けていくと思います。ちゃんと水瀬いのりであることは守りながら、歌もライブもやっていきたいと思っています。何かになろうとしない、背伸びしない自分を好きになってもらえるように、自然体なわたしを魅力的に見せられるように頑張っていくことが、これから先の目標です。

――第1回で、「いい意味で変わってない」という話をしましたけど、その理由がわかる気がしますね。ずっと、好きなものを歌ってきたし、自分は自分でしかない、という視点に立っている。それは諦めでも割り切りでもなくて、「そういうものである」という自己認識であって、そこがブレてないんですね。

水瀬:そうですね。水瀬いのりの名前で出していくすべてのものは自分の作品であり、誰がなんと言おうと、わたしが自信を持って出すべきもの、と常に思っています。素敵な音楽、素敵な世界観、ビジュアルを作っていただいているので。最初は、何もない自分の名前で何かを表現するのが怖かったですけど、今はそれがひとつの武器になって、「これがわたしなんだ」って提示できるものになっています。こうして、自分の作品が増えていくのは、自分の伝えたいものが増えていくということなので、すごく嬉しく思っています。

第3回は11月28日配信予定です。

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取材・文=清水大輔  写真=GENKI(IIZUMI OFFICE)
スタイリング=田村理絵 ヘアメイク=大久保沙菜

初のオンラインライブ
「Inori Minase 5th ANNIVERSARY LIVE Starry Wishes」
12月5日(土)19:00〜開催!

特設サイト:https://www.inoriminase.com/special/2020/SW/