若手芸人VS“正義”のネット民。SNSの功罪を描く怒涛のサスペンス!『#ある朝殺人犯になっていた』藤井清美インタビュー

小説・エッセイ

更新日:2020/12/7

#ある朝殺人犯になっていた

著:
出版社:
U-NEXT
発売日:

藤井清美さん

藤井清美
ふじい・きよみ●1971年生まれ。徳島県で育つ。筑波大学在学中、劇団青年座に入団し、劇作家・演出家として活躍。その後、ドラマや映画の脚本家として『相棒』、『恋愛時代』などを手がける。2017年、『明治ガールズ 富岡製糸場で青春を』を刊行。ほかの著書に『京大はんと甘いもん』、『偽声』(電子書籍)がある。

 

 ドラマ『ウツボカズラの夢』、映画「るろうに剣心」シリーズなど、脚本家として数々の作品に携わってきた藤井清美さん。2017年からはオリジナル小説にも挑戦し、『明治ガールズ 富岡製糸場で青春を』では製糸工場で働く少女たちの姿を鮮やかに蘇らせ、『京大はんと甘いもん』では、昭和初期の京都を舞台に和菓子と京大生の青春を重ねてみせた。いずれも文献をつぶさに調べ、緻密な取材のうえで書き上げた作品だ。

「私は小説に関しては遅いスタートですし、ずっと小説を書いてきた方のような文章を書けるわけでもありません。そんな私が勝負できるものがあるとすれば、それは身体性。舞台演出家でもあるので、人間の体の動きに興味があるんです。例えば『明治ガールズ』には、工場で糸を繰る場面があるのですが、繰糸作業を自分でも出来るくらい把握し、どう手を動かし、長時間続けると体のどこが痛くなり、どういう発想になるのかと考えながら書きました。とことん取材と調査を重ねるのは、体の動きを想像したいからなんです」

advertisement

 その一方で、声優養成所を舞台にした『偽声』のように、藤井さんが熟知する世界を描いた作品も。自身の講師経験を活かし、声優の夢を諦めきれない26歳の女性の姿を、リアルに描き出している。

「かたや一から勉強して書いたもの、かたや自分のフィールドについて書いたものと両極端ですよね。今回の『#ある朝殺人犯になっていた』は、後者に近い作品です。主人公はお笑い芸人。芸能界のことも少しはわかるので、その知識を活かしています」

ネットの事実を集めても真実にはならない

 浮気淳弥は、お笑いコンビ「スレンダーズ」のツッコミ担当。相方の佐藤昌紀と組んで3年、まだまだ売れずくすぶっている。ツイッターのフォロワーも、200人ほど。しかも大半は、芸人仲間やバイト先で知り合った友人だ。だがある夜、10年前に起きた幼児のひき逃げ事件についてツイートしたところ、ネットで「浮気はひき逃げ犯」という噂が広まってしまう。かくして彼の運命は、急展開を迎える。

「ツイッターのトレンドワードを追いかけていると、年に一度くらい、まったくの一般人の名前が急上昇することがあるんです。例えば数年前、山手線が止まった日がありました。原因がわからず復旧が遅れる中、ツイッター上ではある人の名前がトレンドに上がってきたんです。『事故の原因はコイツだ』と名指しされ、目撃情報が出るわ、住所や出身校が晒されるわ、大変な事態に。翌日になってデマだとわかるのですが、それまでの10数時間、その方は犯人扱いされ、責められ続けることになりました。こうした様子を目の当たりにして、『これは私たちの隣にある出来事だ。誰にでも起こり得る物語だ』と思ったんです」

【人殺し】【卑怯者】【罪を償え!】──いくら責められようと身に覚えがないため、最初は「漫才のネタになる」と面白がっていた浮気。だが、高校時代の写真が晒され、バイト先に野次馬が押しかけてくるようになり、次第に危機感を抱き始める。自分を犯人扱いしたのは誰なのか。やがて浮気は、身近な人々にも疑いの目を向けるようになる。

「そんな浮気自身も、不倫スキャンダルで叩かれる俳優の名前を検索して、ずらっと並んだ悪口を見てホッとする日もあるんですよね。ネットで攻撃してくるのは、自分と同じような人。そうわかっているからこそ、逆に怖さを感じたのではないでしょうか。誰しもネットで標的にされる危険がありますし、その反面、炎上に加担する側にもなり得る。そこを描きたいと思いました」

 正義を振りかざすネット民の暴走は、加速する一方。過去のツイートや幼い頃の文集まで掘り返され、「浮気ひき逃げ犯説」の裏付けにされてしまう。

「人の言葉は、どういう仲間といる時に、どんなシチュエーションで、どういう文脈において発せられたかによって意味が変わりますよね。そういった事情がすべてはぎとられて、言葉だけがひとり歩きする怖さがネットにはあります。というか、それがネットのひとつの本質なのかなと思います」

 その一方で、浮気がどんな人間か、懸命に伝えようとする人もいる。同期の芸人であり、半年前まで浮気と交際していた佐緒里がそのひとりだ。佐緒里は美人とは言いがたく、芸人として舞台にあがると容姿をネタにされることも少なくなかった。しかし、みんなが佐緒里の容姿をイジっても、浮気だけはそんなことをしなかったという。「口に出さなかったことは、口に出したことと違って残らないでしょ?」─現在YouTuberとして活躍する佐緒里は、動画を通じてそう世間に訴えかける。

「人が言ったこと、行動したことは、相手の印象に残ります。でも、言わなかったこと、しなかったことも同じくらい大事だと思うんです。私は大学時代、ある女の子の家庭教師をしていました。彼女は身体的な事情から成績が振るわなかったのですが、ある時『私はいろんな人に馬鹿って言われてきた。でも、先生は私のこと、馬鹿とは言わないよね』と言ったんです。それを聞いて『ああ、言わないということで築かれる関係もあるんだ』と気づきました。そういう、あやふやだけれど人間関係において重要なことは、ネットでは伝わりにくいのかなと思います。そのことを描いたのが佐緒里のセリフです」

「ネットの事実を集めても、真実にはならない」。佐緒里の動画からそんなメッセージを受け取った浮気は、自らの濡れ衣を晴らそうと決意を新たにする。

「この発想が見えた時、よくあるネットの話からもう一歩先に行けそうだと手ごたえを感じました。今は、一瞬で情報をネット検索できる時代。でも、それがその人の本質とは言えません。ネットで得た情報だけで、すべてわかったような気になることには危うさを感じます」

SNSは良いことも悪いことも増幅する装置

 そして始まる浮気の猛反撃。彼は時効までにひき逃げの真犯人を探そうと、当時の目撃者に聞き込みをし、思いがけない方法で犯人を突き止めていく。その過程はジェットコースターのようにスリリングで、ミステリーとしても読みごたえ十分だ。

「実際にネット上で冤罪被害に遭われた方は、法的手段に訴えるか、時間が解決するのを待つことしかできません。もちろん現実は法に頼るべきですが、エンターテインメント小説として描くにあたって本人が反撃する方法はないかと考えました。もうひとつ描きたかったのは、ツイッターの良い側面です。SNSでは、みんなで知恵を出し合って物事を解決することがありますよね。その様子を見ると、『こんなすごい人たちが、普段はその能力を隠して生きているなんて!』と感動します。私たちは今後もSNSと付き合いながら生きていくわけですし、悪い側面ばかりを見ても仕方がありません。SNSの素敵な側面も取り上げたいと思いながら、犯人探しのシーンを描きました」

 この小説を書き上げ、あらためてSNSに対して思うことは?

「SNSでは、良いことも悪いことも増幅されやすいんですよね。日常のささやかな幸せが多くの人に広がることもあれば、悪いことが一気に拡散する恐れもあります。『どう思いますか?』と問いかけるような気持ちで書いたので、読んだ方の気持ちに何らかの作用を及ぼすことができていたらうれしいです」

取材・文=野本由起 写真=高橋しのの

 

 

この記事で紹介した書籍ほか

#ある朝殺人犯になっていた

著:
出版社:
U-NEXT
発売日:
ISBN:
9784910207025