『ドラえもん』初の本格原画集って? 犬・猫、看板まで…『引くえもん』が狂気!? と話題の『100年ドラえもん』のひみつを「ドラえもんルーム」の編集長に聞いた!

マンガ

更新日:2020/12/28

100年ドラえもん

 小学館の学習雑誌『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』『小学三年生』『小学四年生』の1970年1月号から連載が始まった、藤子・F・不二雄による漫画『ドラえもん』。勉強もスポーツも苦手な小学生・野比のび太のところへ、未来からやって来たネコ型ロボットのドラえもんがひみつ道具で……とわざわざ説明する必要がないほど、誰もが知っている作品だ。そのドラえもんが作られた設定の22世紀まで読み継がれるため、連載50周年を記念して特別に作られた『100年ドラえもん』について、小学館「ドラえもんルーム」の徳山雅記編集長にお話を伺った。

100年ドラえもん
小学館 ドラえもんルーム 徳山雅記編集長

なぜ「100年」なのか

100年ドラえもん

「ドラえもん連載50周年というお題を与えられたときに、もう連載から50年経ったということは、あと50年を足したら100年になる、これは未来に届くなと思ったんです。人生のスケールで考えてみると、想像しやすい時間だったんです」

『100年ドラえもん』を紙の本で出した意味について、徳山編集長は「子供に読んでもらいたい、そして家族でドラえもんのことで盛り上がってほしかったんです。さらに孫の世代まで読める、ということもありますね」と語る。

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「僕も祖母の持っていた、田河水泡の『のらくろ』の愛蔵版を読んだ記憶があるんです。また祖母がアニメ『アルプスの少女ハイジ』が大好きで、聞くと少女時代に読んだヨハンナ・シュピリの原作を持っていて、見せてもらったこともあります。すごく焼けていて、旧仮名遣いで古いんですよ。でも紙だからこそ残って、長持ちした。『ドラえもん』もそうなったらいいな、と」

 てんとう虫コミックス版『ドラえもん』全45巻は、作者の藤子・F・不二雄が自ら話を選び、同じような話が重ならないよう、また季節がチグハグにならないようバランスよく収められた「基本」だと徳山編集長は言う。

「てんとう虫コミックス版の全45巻を『100年ドラえもん』にしよう、というのはわりと早い段階から決めていました。新たに発掘した作品を収録するといったやり方もあったと思うんですが、作者が『これが自分のドラえもんだ』と決めたものを次の世代に送るべきじゃないかと。今回改めて読み返してみて、45巻の特別性がわかりましたね」

100年ドラえもん

『ドラえもん』はこれまで全集などはあったが、全巻セットの形態は初。しかしすでに発売されているものをそのまま出すのではなく、買った人だけが初めて目にするものを作りたいということから、ドラえもんとのび太がコミックを読んで笑うフィギュア、厳選されたカラー作品の画集『ドラ絵もん』、コミックに登場する人や物がまとめられた『引くえもん』、そして2019年に刊行され話題となった『ドラえもん 0巻』の“100年ドラえもんバージョン”が同梱されることになった。中でも『引くえもん』は編集部の総力を結集し、全45巻に登場するひみつ道具やキャラクター、犬や猫といった動物、雑誌や看板など、作者が意図を持って描いている絵をすべて選び出し、分類した労作だ。

100年ドラえもん

「もし映画のようなエンドロールがあったら、役名を与えられてるんじゃないかという人や物を全部拾いました。例えば野球をやっていて、役割を持っている子は入っています。これをやったことで、新たな関係が見えてきましたね。また車や乗り物もキャラクターっぽいものがあったり、名前しか出てこないけど『柿久家子(かきくけこ)』という名前にも役割があるだろうと考えてみたり、登場人物が意識を向けているものはすべて選んでいます」

100年ドラえもん

 本来なら「Index」と表記すべきだが、敢えて表紙に「Dictionary」と入れたのは、そのくらいの勢いでまとめ上げたという矜持があるからだという。小学館ドラえもんルームの、『100年ドラえもん』へ込めた思いがわかるだろう。

100年ドラえもんができるまで

100年ドラえもん

 全集のデザインを担当したのは、名うてのブックデザイナー、名久井直子さんだ。お願いした当初、名久井さんから「最近本を出したんです」と徳山編集長が手渡されたのが『100』(名久井直子:作、井上佐由紀:写真/福音館書店)。どんぐりや貝殻、金魚などがひとつ(1個、1匹)だけ写っていて、次の見開きで100になっているという絵本だった。

100
『100』(名久井直子:作、井上佐由紀:写真/福音館書店)

「まず1個があって、ページをめくるとそれが100個になる、というのがとても面白いなと。僕も学年誌の編集をやってきましたが、わかりやすいものをビジュアル一発で見せるというのは、大人も子供も面白いんですよ。こういう方と仕事ができるのはうれしいなと思いましたね」

100年ドラえもん

 その名久井さんが最初に提案したのが、全45巻をドラえもんのひみつ道具「タイムふろしき」で包むというアイデアだったそうだ。さらには表紙にクロスを使用したり、ドラえもん柄の透かしの手漉き和紙を見返しに入れたりと、名久井さんと相談して愛蔵版にふさわしい超豪華な仕上がりとなった。もちろんコミックもすべて製版からやり直して、文字遣い、誤植がないかもう一度確認したという。

「デザインから何からゼロからのチャレンジでしたから、発売まで1年3ヶ月くらいかかりました。編集だけでなく制作も含めて総力戦で、延々とやっていたので実はまだ終わった実感がなくて(笑)。これまで何回読んだかわからない本をまた読む作業をやって、読むたびに『あれ、こうだったっけ?』という発見があったんです。だから『本当にこれでいいのか……』と不安になりました」

ドラえもん 0巻
『ドラえもん 0巻』(藤子・F・ 不二雄/小学館)

『ドラえもん 0巻』の購入者は「懐かしい」と感じる40~50代が多かったそうだが、『100年ドラえもん』は30~50代がボリュームゾーンで、中でも30代、40代が多く、男女比は半々、海外からの問い合わせもあったという。また12月1日(藤子・F・不二雄先生の誕生日だ)の発売後、すぐに長文の感想が届くなど、確実に次世代へと受け継がれていることがうかがえる。

「こんなキャラクターいたっけ? こんなひみつ道具あったっけ? と全巻セットが目の前にあるという状態を楽しんでいただけたら」

 2020年は1980年の『映画ドラえもん のび太の恐竜』の公開からも40年を迎えた記念の年でもある。春には新作映画『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)2021』が公開予定で、書籍も『とっておきドラえもん』の続刊、ドラえもん初の本格美術原画集の出版も予定され、2021年9月まで50周年イヤーが続く。

「画集はドラえもんルームの後輩・石関の企画です。漫画の中のひとコマを“絵”として、じっくり、徹底的に鑑賞しようというものになります。藤子・F・不二雄先生の絵は、拡大しても見ごたえがあるんですよ。川崎市の藤子・F・不二雄ミュージアムでは、部分を拡大した絵が壁面に描いてありますが、きちんと絵として見える。そのくらい緻密に描かれているんです。漫画って前後の流れでつい読んでしまいますけど、藤子・F・不二雄先生の絵もすごいんだぞ、ということをぜひ見ていただけたらと思っています」

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 残念ながら『100年ドラえもん』は受注生産のため、すでに販売は終了している。しかし一部書店やネット書店では、まだ若干数残っているようだ。どうしても欲しい人は、地道に探してみてほしい。ドラえもんにタイムマシンを借りずとも、もしかしたら……見つかる可能性があるかもしれない。

『ドラえもん』はなぜ古くならないのか?

100年ドラえもん

 2019年12月から2020年11月までの1年間に、てんとう虫コミックス『ドラえもん』シリーズの発行部数は141万部、関連本まで合わせるとなんと500万部を突破したという。この間、既刊全巻が重版され、第1巻は2020年3月に1.1万部を売り上げて21世紀で最大の単月実売数を記録するなど、連載開始から半世紀経ってもなお『ドラえもん』は売れ続けている。なぜ今も古くならず、昔の話を収録したコミックスが売れ続け、新たな読者を獲得し続けているのだろう。

「藤子先生の作品でも、1960年代に描いていたものの中に、時代がひとつ前だと感じるものはあるんです。『ドラえもん』も最初はまだ『オバケのQ太郎』っぽさが少しあったんですが、そこから完全に脱皮していて、新しいんですよね。たぶん僕らの生活が、1970年頃から基本的にあまり変わってないのかな。当時の雑誌を見てもわかるんですけど、『ドラえもん』より前はもう少し牧歌的で、1970年前後からガラッと変わっている。時代も変わっているんですよね。1964年の東京オリンピックから1970年の日本万国博覧会(万博)の間に、次の時代へ入ったんじゃないでしょうか」

 さらに「古い電話機や、人の家に約束なしに遊びに行ったり、空き地に行くと子供が集まったりしているというようなことって実は現代ではもうないんですが、読んでいて理解できないほどではない」と徳山編集長。

「のび太はひとりっ子で、勉強部屋を与えられ、夜も一人で寝ています。これは昔の家族と違い、今に近い。お父さんとお母さんの関係も一昔前の父権的な感じがなく、ママが中心です。また『ドラえもん』は連載している間にだんだんとアップデートしています。お父さんも最初は家に帰ると着物を着ていましたけど、後の巻になってくると家ではセーターなどを着て、週休二日制で土曜日は家にいる設定になっている。また『未来』がテーマの漫画なので未来志向なんです。でもSF作品のような未来ではなくて、例えばひみつ道具は特殊なものではなく、未来の日用品であり大量生産品という考え方です。おそらくこのまま世の中が続いていって、科学のあり方、社会のあり方が続いたらこういうものが生み出されるだろうというものなんです。だから、のび太の子孫のセワシが住む未来の家に行っても、パパとママがいて、核家族で、お小遣いをもらってテレビゲームをしていたりするなど、変わってないんですよね。そこが確かに未来の漫画のようでいて、今を描いている漫画なんだなと思いますね」

 また徳山編集長は「藤子・F・不二雄先生は自分の身の回りを見て、漫画を描いていることが大きい」と指摘する。

「先生には娘さんが3人いらして、一番上のお子さんがこれから小学校へ上がるというころに『ドラえもん』の連載が始まっています。つまり、目の前に“のび太くん”がいるんです。それで下の子たちが成長して、次々と小学生になって、新鮮なネタを持って帰って来ていた。先生はとても家庭を大事にされていて、家の中でよく娘さんと一緒に遊んでいたそうなんですよ。それを漫画のネタとして吸収していたんでしょうね。それから娘さんだった、というのも大きいでしょう。女の子が楽しいと感じることがわかりますからね。男の子の気持ちは、先生自身がわかりますし。だから学年誌でも『ドラえもん』は常に男女とも人気を得ていたんです。ネックレスやコンパクトのようなひみつ道具もありましたしね。また同時に男の子向けの『コロコロコミック』も創刊されたことも大きかった。ここでスネ夫はラジコンが得意という設定が加わっていくんです。当初は金持ちの嫌な子だったのが、話を面白く転がすために特技を与えたら、それがハマった。ただの敵役ではなくなったんです。ジャイアンはスターに憧れ、歌手になりたいという面がありますしね。そのように、先生はずっと子供の目線で描かれていたんです」

 藤子・F・不二雄先生は生前「子どものころ、ぼくは“のび太”でした」と雑誌のエッセイに書いている。また「子どもを知るには、自分の中の子どもを見つめることです。過去の自分をあるがままに見ることです」とも答えている。遊ぶ玩具や時代がどれだけ変わろうとも、子供の感性は変わらない――ドラえもんが愛される秘密は、ここにあるのだろう。

「先生は基本的に自分が楽しいと感じる漫画を描けば、きっと読者も楽しいという信念を持って描かれていました。まさにその通りの漫画なのだと思います」

私が漫画をかくに当たっての姿勢は“良質の娯楽を提供したい”ということ、これにつきる。単純明快。他には何もない。――藤子・F・不二雄(小学館『本の窓』創刊零号 1978年2月1日発行)

100年ドラえもん

各巻はクロスにシルク印刷され、さらに箔押し加工を施す贅沢な仕上げ。「シルク印刷だと大量印刷はできませんが、インクジェットでは出ないパキッとした感じが出るんです」

100年ドラえもん

上からホコリなどが入らないよう、天金加工が施されている。「天金をかけるだけで2ヶ月もかかりました。短期間に稼働させる工場を確保するのが大変でしたね」

100年ドラえもん

見本を製作した際、多くの人が触れてすぐに毛羽立ってしまったことから、表面に撥水・防汚加工をすることになったという。「これくらい水を弾きますが、絶対に真似はしないでくださいね!」

100年ドラえもん

各巻には巻数のみの記載で、タイトルの『ドラえもん』が入っていない。「普通であればありえないんですよ。もちろんバーコードも入っていません。ボックスならではのデザインですね」

100年ドラえもん

重厚な印象だが、持つと意外と軽い。さらにページを開きやすい「かがり綴じ」という特殊な製本で作られ、読みやすさも追求。「絵のギリギリのところまで出そうと、見開きはすべて拡大率を変えているので、てんとう虫コミックスよりも情報量が多いんです。藤子先生の描いた絵をすべて見てもらいたい、という思いからです」

100年ドラえもん

「タイムふろしきで全巻を包む、というのは名久井さんが最初に出した案なんです。読む人が気分的に若返ってほしい、という思いが込められています」。ちなみに同梱の説明書には「時間が進んだり、戻ったりする機能は今回はありません」という洒落っ気たっぷりな記述もある。

100年ドラえもん

雑誌「てれびくん」の特別増刊「のび太くん」。しずかちゃんと結婚するまでの人生を体験する「ドラえもんとのび太の人生ゲーム」や、未来へ帰ることになったドラえもんとのび太の別れのシーンを立体化した「ドラえもんの去り際ジオラマ」など8大ふろく付き。ロゴも「てれびくん」に準じたものに。ドラえもんの誕生年にちなみ、定価は2112円(税込)。

100年ドラえもん

徳山編集長愛用の眼鏡型ルーペは、ひみつ道具として持っているという。「ひみつ道具って魔法ではなくて、不得意なところを補ったり、ちょっと便利にしたりするための未来の日用品なんです。そう考えると、虫眼鏡で見ていた昔の人からしたら、これもひみつ道具だなと思うんですよ」

100年ドラえもん

ドラえもんがポケットから何の気なしに出したものがあるので、「名前がない道具」としてまとめられている。「普通のメモ帳やうちわなどでも、漫画の中で仕事をしているものは拾っています。煮干しひとつも、猫の機嫌を取るために出したので、道具のようなものとして捉えました(笑)」

取材・文=成田全(ナリタタモツ) 撮影=内海裕之

[プロフィール]
とくやま・まさき 1966年、岡山県生まれ。明治大学卒業後、小学館へ入社。学年誌、幼年誌編集部を経てドラえもんルーム専任となり、『藤子・F・不二雄大全集』、ムック本『ドラえ本 ドラえもんグッズ大図鑑』、バイウイークリーブック『ぼく、ドラえもん。』、『ドラえもん短歌』(枡野浩一:選)、藤子・F・不二雄公式ファンブック『Fライフ』などの編集に携わる。また立体写真(ステレオ写真)本の企画立案をし、前衛芸術家・作家の赤瀬川原平らと「ステレオオタク学会」を設立、同メンバーで「脳内リゾート開発事業団」も設立するなど様々な探求も行っている。