「触らなければいけない」「食べてはいけない」自分のなかにいる神様とさよならするまでの凄絶な日々《インタビュー》

マンガ

更新日:2021/9/3

 ある平凡なひとりの女子高生が経験した凄絶な日々を描いたコミックエッセイ『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』(KADOKAWA)。著者のもつおさんは、ある日、唐突に不安や悩みが頭に広がり「触らなければいけない」という、まるで“自分のなかにいる神様”からの命令のようなものが浮かぶように。その命令は日を追うごとにエスカレートしていき、日常を支配していく。強迫性障害、摂食障害、強制入院、退院後の揺り戻し…… 凄絶な経験から何を考え、どのように作品へと昇華させたのか、著者のもつおさんにお話をうかがいました。
※こちらの記事は2021年1月23日に『note』(https://note.com/yamasaaaki_f/n/nbfdb865a46ab)で掲載した一部を転載しています。

この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――「神様」と出会う前のもつおさんは、どんな高校生だったんでしょうか? 性格や趣味、興味のあったことなどなんでも教えてください。

もつおさん(以下もつお) 「THE 平凡!」って感じの高校生でした。真面目でもないし不良でもないし、どこにでもいる、ごくごく普通の高校生でした。つまらないですね(笑)普通にしてるつもりでもヘラヘラしてるように見えるみたいでよく周囲の人に「悩みとかなさそう」って言われてました。これは今でもよく言われます…。作中でも描いてますが音楽を聴くことが好きで、バンドのライブ以外にもアイドルの握手会とか行ったりしてました!

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高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――なるほど(笑)周りからは「悩みとかなさそう」と言われつつ、実際はどんなことで悩んだりしていましたか?

もつお 人間関係で悩むことがほとんどでした。当時は友達に嫌われることが何より怖かったので、学校では常に気を張っていました。家に帰っても「今日の私の行動は大丈夫だったかな?」とかばかり考えて。あとは体型のコンプレックスでも悩んでいて毎日のように鏡を見ては落ち込んでました……。

――そうした人間関係の悩みは、高校生になる前からあったのでしょうか?
それでも周りからは「悩みとかなさそう」と言われてしまうのは、またちょっとつらそうですね。

もつお 中学の時に友達から仲間外れにされてからですね。そこからはまたされるんじゃないかって思うと本当に怖くて、大学生になってからは少しずつ楽になりましたが、1.2回生ぐらいまでは結構ビクビクしてました。社会人になってやっとその悩みから解放された感じがします。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――では逆に、高校時代に限らず、いちばん楽しい時間というか、悩みなんて吹き飛ぶような時間はどういうときでしたか?

もつお 友達とわいわいしてるのも好きですが、1人でいる時間が昔から大好きです。自分の好きな時に好きな事をしていいっていうのが本当に気楽で…。ゲームしたりラジオ聴いたりお茶飲んでボーッとしてる時間がめちゃくちゃ幸せです(笑)

――いいですね。さて、この作品の特徴といえば、タイトルにもなっているように、もつおさんの前に現れた「神様」に尽きると思います。本を最後まで読むと、神様が現れたのにはいろいろな理由があるのだなとわかりますが、初めて神様と出会った時のことについて、その印象も含めて、改めて少し丁寧に教えてください。

もつお 神様に出会う前から何か不安に思うことがあった時に「悪いことが起きるかも…」と自分をわざと追い込んだり煽るような癖があって、色々な不安が何個も重なってしまった時が第1話のベンチのシーンでした。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

もつお 母の迎えを待っている時に突然友達のこと、勉強のこと、家族のこと、当時の悩みや不安がブワッと一気に頭いっぱいに広がって苦しくなったのを覚えてます。何で急にそうなったのかは分からないのですが、パニックみたいになってしまって、とにかくこの苦しみから解放されたい!っと思った時にふと「ベンチを触れば…」という考えが頭に浮かびました。本当に意味がわからなかったんですがとにかく早く解放されたくてその考えに従いました。

 触ると一気にパニックは治ってスッキリしましたが、その後はなんだか気持ち悪かったです。変な考えも気持ち悪いしベンチを触って安心してる自分も気持ち悪いし……。

 今思えばこの日の1週間前ぐらいから寝不足が続いていてすごく疲れていた気がします。これがパニックを起こしたことと直接何か関係あるかはわからないですが。

――「ベンチを触れば…」という考えが頭に浮かんだとのことですが、その考えはやがて頭の中に聞こえる声になっていくんですよね。その「声」がどういうものなのか、何か言葉で説明できたりしますか? たとえば声のトーンとか、そういうものはあるんでしょうか?

もつお 実際に声が音として聞こえていたわけではないのでなかなか表現しづらいのですが、イメージ的には急に自分の考えではない思考が脳にボン!って入ってくる感じでした。頭の中に漫画のセリフの吹き出しが入ってきて語りかけてくるような……。それがどんどん大きくなっていって私の正常な思考のスペースを奪っていかれたんだと思います。自分でも何言ってるのかわからないんですけど、恐らくこれが一番近いと思います…。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――なるほど、少しイメージできた気がします。漫画にも描かれているとおり、もつおさんはやがてその「声」を信じて疑わなくなっていくわけですが、それでも最初はおかしいな? 変かな?と思うこともあったんでしょうか?

もつお おかしいと思ってました! 今までこんなことなかったのに…って少し怖かったです。そこで誰かに相談していたらよかったのですが言えないという……。
おかしいと思いながらも従っていたのですが、神様の命令がエスカレートしていくと、おかしいと思うことが神様への裏切りや冒涜になる気がして、「これは正しいことだ」って自分に言い聞かせてました。自分で自分を洗脳してますね…。

――悪い意味で盲目的になっていってしまったのですね。神様の命令が増えていくと今度は生活に影響が出てくると思いますが、特に困ってしまったことをいくつか教えていただけますか?

もつお トイレとお風呂に入れない事、自分の部屋に入れない事は本当に困ってました。トイレとお風呂は当然、部屋も服や物が取りに行けないので着る服が2パターンしかなかったです(笑)どうしてもの時は母に頼んで取ってきてもらってました。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――自分の部屋に入れないというのは、なかなか想像しづらいですが、本当に大変だったのだろうなと思います。そんな生活のなかで、一緒に暮らしているご家族との関係も自然と変化していったようですね。病気になる前、お父さん、お母さん、お姉さんは、それぞれ一言で言うと、もつおさんにとってどんな存在でしたか?

もつお 父は少し気を遣う存在、母は気軽に話せる存在、姉は自分と真反対な性格の人なのでちょっと苦手な存在でした(笑)今は仲良いです!

――作品のなかでは、神様の命令で食事ができなかなったもつおさんを、レストランでお父さんが叱る場面が描かれていて、その後の展開のきっかけにもなっているような気がしました。あの時はもう、もつおさんもご家族も、普通の精神状態ではないというか、少しまいってしまっていたのでしょうか?

もつお まいっていたと思います。初めはすぐに食べるだろうと思っていたらどんどん食べなくなるし様子もおかしいし……。私が言える事ではないですが、心配のあまり怒ってしまう気持ちも今ならわかります。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――お母さんと一緒に心療内科に通う日々が始まりますが、そんな日々のなかで、お母さんとはどんな会話をしていましたか?

もつお はじめはずっと怒られてましたね……。ここまでしたのにまだ食べないの!?って感じで…。初めて心療内科に連れて行かれた日の帰りにレストランに寄ったんですけど、母に親子丼を頼まれて、「食べ切らないとお店から出ないよ!」ってめちゃくちゃ怒られたの覚えてます(笑)

 途中からは怒ってどうにかなるものではないと思ったみたいで、あえて病気のことに触れない間もない会話してました。それはすごくありがたかったです。

――なるほど、とても参考になるのでもう少しお聞きしたいのですが、その他に「周りの人のこういう対応はありがたかった」というのは何かありますか?

もつお 食事に関しては家族に怒られたり友達にも言われたりしてましたが、強迫の触る行為に関してはあまり触れられたことはなかったです。私もそのことを言われてしまうと辛かったと思うので、今思うと本当にありがたかったです。

――もつおさんの場合は直接指摘されないことがよかったのですね。タイトルにもあるように、もつおさんはその後、体調が悪化したことで精神科病棟に入院されます。いま振り返って、高校生という多感な時に経験した入院生活は、もつおさんにとってどんなものでしたか?

もつお 入院自体が初めての経験な上に、全然想像の出来ない精神科病棟っていうので入院してからしばらくは不安で毎日泣いてました。

 行動に制限がかけられていたのでその不安を紛らわすこともできないし、途中から体重が増えていく怖さが生まれてきたり……楽しいこともあったけど、やっぱり辛かったです(笑)

 でも入院したから自分の病気を自覚して治そうって思えたので、私にとってこの経験は必要で大切なものだったと思います。

高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで

――他の患者さんとの交流エピソードが印象的でした。なかなか経験することのない、特別な出会いだったと思いますが、何かひとつ記憶に残っているやりとりや会話など教えていただけますか?

もつお 作中にも少し描きましたが、同室だった方がいつも母に手紙を書いている私を見てレターセットとカードを買ってきてくださったことがありました。その方の詳しい病名は聞いてなかったのですが、1人で外出したり、人と会話をするといった内容の治療をされていました。治療の途中苦しまれている姿を何度も見てきていたので、辛い治療の最中に私の為にレターセットを買ってくださったのだと思うと……本当に本当に嬉しかったです。今も大事にレターセットとカードは取ってあります!

――とても素敵なエピソードですね。他にこのエピソードは絶対描きたかった、あるいは、イメージどおりに描けた、という場面はありますか?

もつお 入院中の話で、他の患者さんと退院についての話をしてるシーンはずっと描こうと思っていました。退院したから終わりじゃない、退院してからが本当の病気との闘いだったということが伝えたかったです。

――もつおさんがコミックエッセイプチ大賞を受賞してから、本の刊行までに約3年が経ちました。つらい記憶を作品にしていくなかで、途中で諦めずに最後まで描くことができたのは、ご自身では何が理由だと思いますか?

もつお 私自身色々なエッセイを読んできて、精神科に入院された方の本や、摂食障害になった方の本なども読んできました。経験者の方の言葉には重みがあって本当に助けられたし、勇気づけられました。

 病気の渦中のときに「この病気は絶対治らない」と医療機関の方や周囲の方に悲観的な言葉を言われたことがあって、その事が自分の中でずっと何年も引っかかっていました。治る、治らないなんてことは誰にも分からないから気にしなくてよかったのに、渦中の時はそれをそのまま受け取ってしまっていました。

 なので、もしいま当時の自分と同じように苦しんでいる方がいるなら、「絶対に今より良くなる方法がある」と伝えたかったことが一番の理由です。また私自身もこの作品を描き上げることで辛い記憶の昇華ができたと思います。