今、必要な言葉は「がんばれ」よりも「わかるよ」――すべてのしんどい人に届けたい、GO三浦崇宏の最新刊『「何者」かになりたい』インタビュー

暮らし

公開日:2021/4/30

 The Breakthrough Company GO代表で、PR・クリエイティブディレクターとして数々のヒットを飛ばしてきた三浦崇宏氏が、最新刊『「何者」かになりたい 自分のストーリーを生きる』(集英社)を発売した。カツセマサヒコ、ゆうこす、糸井重里といった表現者やビジネスパーソンとの対談を軸に、SNS隆盛時代の生きづらさやアイデンティティへの迷いといった問題に切り込んでいる。誰もが「大物にはなりたくないが、何者かにはなりたい」と願う時代の空気を敏感にとらえた三浦氏が、トップランナーたち、そして何者にもなれないすべての人の悩みに向き合うこの1冊。答えを急がず、人生に真摯に向き合うがゆえに生じる感情に優しく寄り添う姿は、ポジティブな言葉で人の心を動かす彼のイメージからすると意外でもあり、頼もしくもある。そんな彼に、対話という形でメッセージを発信する理由や、自らの背中を押してきた本への思いを聞いた。

(取材・文=川辺美希 写真=藤原江理奈)

三浦崇宏

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みんなが明らかにしんどい時代に、見栄を張って強がっているのはカッコ悪い

――これまでも三浦さんは、本で伝えるべきことにこだわって書籍を出してこられたと思いますが、今回、人の悩みや弱さに向き合い、さらに対談という形で本を出された理由は何ですか?

三浦:この本は「ビジネス インサイダー ジャパン」というウェブメディアの連載記事をベースにしているんですけど、連載のお話をいただいたときに、人生相談という形がいいなと思ったんです。このメディアがミレニアル世代のためのニュースサイトなので、悩んでいる若い世代に応えられるものにしたいという理由がまずひとつありました。それに僕、人生相談が得意なんですよ。クリエイティブディレクターの仕事って、BtoBの人生相談なんです。たとえば、「このブランドって、どうしたらもっと売れると思う?」という相談を受けたら、その悩みの解像度を上げて、解決策にふさわしい形として広告を作ることもあれば、新規事業を作ることもあるわけです。僕自身はわりと不器用に生きてきたタイプなんですけど、人のことになるとうまく答えを出せることに気付いて。毎回、違う人の悩みを聞くことは刺激的で飽きないし、だから対談という形で連載を始めました。

 この連載がすごく面白いものになったので、もっとたくさんの人に読んでもらいたいなと思っているタイミングで、書籍化のお話をいただいたんです。今は、うまくいっている人とそうではない人が可視化されやすい時代ですけど、うまくいっているように見える人も悩んでるし、うまくいってるように見えることが原因で悩んでいる人もいたりして。そういう意味で、今の時代の若い人に寄り添う書籍として届けられるものになったんじゃないかなという気持ちはありますね。

――これまでの書籍やTwitterではわりと、クリエイティブや仕事について指南される発信が多かったと思うんですが、この書籍では、三浦さん自身の孤独感や弱さも伝えていますよね。そういったところに関心が強まった理由や、ご自身の弱さを見せてもいいと思われたきっかけはあったんですか?

三浦:実は僕、もともとすごく弱い人間なんですよ。自分のことをよく「メンヘラ社長」って言うんですけど(笑)。本当によく迷うし、感情の起伏も激しいし、簡単なことでうろたえるし。でも確かに、弱いということを表に出していいと思えるようになったのはここ3、4年です。それまでは、『(週刊少年)ジャンプ』とか格闘技が好きということもあって、「自分は強い」って言い張っているほうがカッコいいと思っていた部分はありますね。ここ最近、少なくとも自分のやっている分野に関してはみんなに頼ってもらえる状況になってきたので、「ほかのことはダメなんだよね」って言ってもいいという気持ちになってきたのはまずあると思います。

 もうひとつは、今、嘘をついたり、見栄を張るのがカッコ悪いという時代の雰囲気になってきていると思っていて。それこそコロナもあって今、全員がしんどいじゃないですか。コロナ禍は、人類の歴史上でも本当に珍しい、全員がヤバい状況になっているタイミングですよね。ここで見栄を張って強がっていることは、見当違いというか。みんなしんどいのは明らかなんだから、だったら一緒に励まし合ったり、慰め合ったりすることのほうが求められてるんだろうなって感じがするんです。

――三浦さん自身の心境に加えて、世の中がしんどさを共有し合う状況に変わってきたわけですね。

三浦:コロナ禍になってから、うちの会社で、1年前と比較してTwitter上で増えた言葉を調べたんですけど、一番しんどかった去年の3月や4月に増えた言葉があって。「緊急事態」とか「コロナ」という言葉もそうなんですけど、それとは違うところで、「わかる」っていう言葉がたくさん使われていたんです。みんなが孤立してしんどい状況だったとき、「がんばろう」とか「がんばれ」よりも「わかる」って言われたかったし、言いたかったんだっていうことがわかって。だから今、「わかるよ」「俺もそうだよ」っていう気持ちを世に広めていくことが必要なんじゃないかと思います。

――まさにこの本は1冊まるごと、「わかるよ」って言っている本ですね。

三浦:そうなんです。僕、すごく好きな言葉があるんですけど、アナウンサーの宇垣美里さんが「人には人の地獄がある」っていうことを言っていて。彼女は素晴らしい仕事をしていますけど、みんなに妬まれることに対して、私は私なりのしんどさがあるんだよっていうことを言っていたんです。この本に出てくれている人たちも全員楽しそうに生きてますけど、全員それなりのしんどさも抱えていて、それに対して「わかるよ」っていうことなんですよね。もっと言うと、「わからないということも含めて、わかるよ」というか。「あなたのことは全部わかってあげられないし、そのことがあなたのつらさの根源だよね。それがわかるよ」っていうメッセージが伝わる本になるといいなと思ったし、実際にそうなりましたね。

――今まで書籍を出されたときの手応えや反響も、今回の書籍を作る上で参考にされたんでしょうか?

三浦:過去の書籍は男性の読者が多かったので、今回は僕の仕事や考え方をよりたくさんの人に知ってもらうために、広く読んでもらえる本にしたいという思いはありましたね。それに今までの書籍では、クリエイティブってこうだよとか、人脈なんて考えちゃダメだよとか、ちょっと上からの物言いが多かったんですけど、この本はすごくいい構成になっていて。くつざわさんとか山内(奏人)くんは若いから、対談で僕がちょっと偉そうにしているんですけど、最後の章でちゃんと糸井重里さんにたしなめられていて(笑)。僕自身、7割調子に乗って3割反省するっていう人生を生きてきたので、僕らしい本になったなと思います(笑)。

――今までの対談が書籍としてまとまって、改めてわかったことや、感じたことはありますか?

三浦:この本に登場してくれた人たちの5年後が楽しみになりましたね。2020年や2021年の時点でこういうことに悩んでいた人たちが、5年後にその感情や課題をどう乗り越えてがんばっているのか、違う幸せを見つけてるのか……もしかしたら、「私、何者かになりたいんです」って言っていた人が、5年後はSNSを封鎖して、「あんなこともありましたね」って言いながら農業をしているかもしれませんし。それも素敵だと思うんですよ。今の悩みがフレッシュに閉じ込められたこの1冊を前にして、みんながその感情を乗り越えて、あるいは、その感情に寄り添ってどう生きていくのかがすごく楽しみです。

三浦崇宏

本に「何のために広告を作るのか」の答えがあった。読み終わった瞬間に声を上げて泣きました

――三浦さんは読書家でいらっしゃいますが、読書体験が自身にどう影響を与えてきたのかもお聞きします。10代の頃は、どんな本を読まれていたんですか?

三浦:10代のとき読んだ本で影響が大きかったのは、『週刊少年ジャンプ』かな(笑)。自分自身を物語の主人公に重ねるということはよくやっていましたね。ジャンプの『花の慶次』っていう漫画があって、その原作の『一夢庵風流記』っていう小説は、人生のロールモデルになりました。こういう人みたいに生きていきたいなと思った本です。隆慶一郎さんの歴史小説作品はほぼ全部読んで、そこから司馬遼太郎さんとか池波正太郎さんも読んだし、歴史小説をよく読みました。

――社会に出て、会社員になってから特に影響を受けた本を挙げるとしたら何ですか?

三浦:会社に入ってまず影響を受けたのは、『調理場という戦場(「コート・ドール」斉須政雄の仕事論)』です。斉須政雄さんっていうフレンチレストランのシェフの方が修業時代を振り返った本なんですけど、上司が入社初日に、若者はこれを読めって僕にくれたんですよ。もらってすぐには読まなかったんですけど、そのあと、仕事が全然うまくいかなくて。何かのきっかけでその本を読んだら、めちゃくちゃ感動したんですよね。仕事に向き合う基礎的な考え方として、普通のことを普通以上にやる、そして普通の人がやりたくないことをやるっていう、当たり前のことが書かれているんです。特に心に残ったのが、周りの人に対して素直であることと、自分や組織に対して批判的であることは両立するんだと。教わりながら素直にがんばることと、もっといいやり方があるんじゃないかって考えることって、どちらかに偏りがちじゃないですか。当時の僕は後者だったんですけど、これらは両立するし、両立させて初めて成長するんだって書いてあって。上司にもらってすぐ読めばよかった、と反省しましたね(笑)。

 もう1冊は、『切りとれ、あの祈る手を(〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話)』というヒップホップ好きの哲学者の佐々木中さんの本です。若手のときは生意気でうまくいかなかった僕でしたが、素直になって成長して、仕事を少しずつ任されるようになってきて。そうするとまた調子に乗ってうまくいかなくなったんですけど、その時期に読んだ本です。正月に家族で友人の別荘に行く電車の中で読んで、読み終わった瞬間、声を出して泣いちゃって。「革命」について書いている本なんですけど、中国史的にいうと、「革命」は暴力によって政権を倒すことですよね。でもそれは本質ではなくて、革命は、その手前の言葉による価値観が変わることなんだと。だからこそ言葉には価値があるし、人は何か作品を生み出し続けて社会を良くしていく必要があるんだと書いてあるんです。「何のために広告を作ってるんだっけ?という問いに対する答えが、そこにあったんですよ。当時は仕事で認められなかったり、作った広告が世に出なかったりして苦しかったけど、それでも作り続けようって思えた1冊です。この本からは、めちゃくちゃ力をもらいましたね。

――経営者になられてから読んで良かった本を、あえて1冊挙げるとしたらいかがですか?

三浦:最近読んだ本だと、『デス・ゾーン(栗城史多のエベレスト劇場)』は良かったですね。自分のことが書かれていると思いました。35歳で滑落死した登山家の栗城史多さんのノンフィクションなんですけど、ソーシャルメディアとか周りの期待と、自分の本当にやりたいことの区別がつかなくなってしまって、結果的に現実世界に戻ってこられなくなった方のドキュメンタリーだと思いました。書かれていることに対して、「亡くなった方の尊厳は?」とも考えましたし、ものを作るとか何かを表すことは乱暴なことなんだ、ということも感じて。自分の仕事や、自分が生きてることのリスクについても思いを馳せました。すごく印象的な本でしたね。

――三浦さん自身にとってもGOにとっても「変化」はキーワードだと思うんですが、今回の『「何者」かになりたい』を通して、読まれた方にどういう変化をもたらしたいですか?

三浦:変化しなくてもいいかもなって思う、そういう変化が起きたらいいなと思いますね。変われ、変われってみんな大騒ぎしてるけど、人は自然に変わります。もちろん、DXとか5Gシフトとか変化を促す言葉も多くて、仕事上では社会に合わせて変化しなければいけないこともある。でも普通に生きている上では、変わろうとしなくても人は自然と変わっていくっていうことに、なんとなく気付いてもらいたいです。周りからの同調圧力に引っ張られることなく、自分は変わっているのか、いないのかとか、変わっているとしたら、その自分の変化をしっかり見つめてあげる、そちらのほうが大事だと思いますね。

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