伊藤沙莉が「思っていたよりもつまらない声でした」と言われた経験から這い上がるまで

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公開日:2021/6/8

伊藤沙莉

 坂元裕二さん脚本のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』第1話で、ナレーションをつとめていることが明かされ話題となった女優・伊藤沙莉さん。6月10日に発売される初のフォトエッセイ『【さり】ではなく【さいり】です。』(KADOKAWA)のインタビューが行われたのは第1話放送前だったが、くしくも坂元裕二作品や“声”の仕事についての想いを語っていただいていた。書くことで改めて見えた、自分自身の軸とは――?

(取材・文=立花もも 撮影=花村謙太朗)

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――大のテレビっ子で、好きな作品は何度も繰り返し観るというお話を本書のなかで書かれていますが、国内外のドラマ・映画の「基本これ」とあげられている作品数が、あまりに膨大なのでびっくりしました(笑)。

伊藤沙莉さん(以下、伊藤) あはは、そうですよね。でもほんと、あれでもまだ足りないくらいで。同じ作品をずーっと繰り返し観ちゃうんです。だから「好きな作品は?」って聞かれても、いつもほんとに答えるのが難しくて。

――ジャンルもバラバラで本当に幅広くご覧になっていますが、なかでも宮藤官九郎さんと坂元裕二さんの作品が多いな、という印象でした。あと、伊坂幸太郎さん原作の作品。

伊藤 『ダ・ヴィンチ』さんには以前、伊坂さんの特集に呼んでいただきましたが、今も愛読書は『オーデュボンの祈り』です! 好きな作品に共通項はないと思うんですけど、しいて言うなら、観ていてスカッとするものが好きで。といっても、悪いやつがやりこめられるとか、展開的なスカッと感ではなく……。クドカンさんは、ザッツ・エンターテインメントという展開が多いけど、坂元さんはどちらかというと、まったりした雰囲気のなかで激しい起承転結もなく進んでいくじゃないですか。でも、どちらの作品も、テンポがよくて小気味いい会話のなかに、人の抱えている傷の部分がしっかり描かれていて、笑えるのに泣けてしまうんですよね。三谷幸喜さんもそうですが、そういう作品はやっぱり最強だなって思います。

――わりきれない部分を、モヤモヤしたまま描くのではなく、なんとなく余韻として残してくれますよね。

伊藤 そう。人間がちゃんと立体的に存在しているというか……。自分で演じるときも、そういう描き方をされている役のほうが、楽しいです。

――現実逃避もできるけどヒントもくれる、道標のような存在だ、と書かれていましたが、とくに印象に残っている作品のセリフはありますか?

伊藤 いちばん大切な言葉は、「はじめに」に書いたのでぜひ読んでみてください(笑)。それとは別にあげると、坂元裕二さんの『カルテット』で松たか子さん演じる真紀さんが言った「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」っていうセリフ。

――あれは至言ですよね……。

伊藤 もう本当に刺さりまくって。満島ひかりさん演じるすずめちゃんに向けられた言葉なんだけど、観ていた私も「ああ、生きよう」って思えた。もちろん松さんのお芝居だから、っていうのもありますが、熱心にアツい言葉を訴えかけたり問いかけたりするよりも、蕎麦屋でかつ丼を食べながらあんなふうにさらっと心を打つ言葉が言える人は素敵ですよね。坂元さんの作品には、そういう人がよく登場する。うざいなあ、と思ってしまう人でも、ふとした瞬間に愛らしく見えるような描き方をされているのが好きで、ふとした瞬間に思い出すし、観返しちゃう。

伊藤沙莉

――うざいけど愛らしい、でいうと、『獣になれない私たち』で伊藤さんが演じた松任谷夢子もそうですよね。

伊藤 ああ、たしかに(笑)。松任谷さんにもいいセリフがたくさんあったんですよね。「キスは2人でするものでしょ!」「どうして女の浮気はだらしないとか言われて、男は甲斐性みたいに言われんの?」っていうあたりは、コメディっぽく描かれていたけどすごく好きでした。あと、松任谷さんはとにかくやる気のないポンコツ社員として描かれていたけど、実は、頑張って頑張って頑張ってもだめだった結果そうなったんだ、って語るシーンがあって。特別長くもなかったし、その回にとって重要なシーンでもなかったけど、松任谷さんがそれまで以上に愛おしく感じられました。

――あれも、さらりと描かれるからこそ、目に見えるだけがすべてじゃない、とはっとさせられますよね。

伊藤 そうですね。ああ、そっか、1回は頑張ったんだ、それでだめだったから、今は自分を傷つけないように彼女なりに心を守った結果が、今なんだ。って思ったら、感情表現ってそんなに単純じゃないよなとも思わされて。もちろん感情と表情が直結している場合もあるだろうけど、めちゃくちゃ無理して笑っている人もいるし、泣いているけどさほど傷ついていない人もいる。そのわかりにくさがリアルだし、人のおもしろいところでもあるんだっていうのを、しっかり描いている作品は、観ていても演じていても大好きです。

――伊藤さんご自身も、いつも笑顔で堂々として見えますが、さまざまに葛藤を乗り越えていますよね。たとえば、エッセイのなかでも、とある監督に何度も声優オーディションに呼んでもらったのに、最終的に「思っていたよりもつまらない声でした」と言われてしまったというエピソードは、読んでいるだけで苦しかったのですが……。

伊藤 まあでも、この業界に限らず、悔しい想いなんて誰しも経験するじゃないですか。働いていなくても、学校のなかにだって挫折は転がっている。だからこそ、私は挽回できるチャンスをもらえているだけ恵まれているなって思います。エッセイにも書いたとおり「見てろよ!」って思う瞬間はもちろん幾度となくあったけど、それは決してマイナスの出来事ではなく、そう思える瞬間と、そう思わせてくれる人が定期的に現れてくれることが、私の人生を豊かにしてくれるんだよな、って。だからその監督もひっくるめて、出会う人すべてに感謝です。

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――コンプレックスだった声を、自信に変えてくれたのは、ドラマで共演した藤田弓子さんだというエピソードも書かれていましたね。説得力のある素敵な声だから大事にして、と言ってもらえたと。

伊藤 うれしかったです。私自身に本当に説得力があるかどうかは、自分ではよくわからないけど……。声だけでなく、私の思う“説得力のある人”というのは“逆も知ってる人”なんですね。優しい人は、人の悪意も痛みもちゃんと知っている。きれいごとだけでは立ち行かない現実を知ったうえでの優しさだからこそ、その人の言葉をきっかけに、もう生きていけないかもしれないという絶望からどうにか一歩這い出せるし、奇跡的に見えるような出来事にも感動できると思うんです。私も、そういう声で、人で、ありたいですね。それがきっと演技にも滲みでるはずだから。

――そうして、昨年はついにアニメ『映像研には手を出すな!』の主演声優をつとめました。

伊藤 音響監督の方が、ドラマ『女王の教室』を観てくださっていたらしいんです。それで、いつかお仕事をと思っていたと。ということは、多少なりとも期待されているということじゃないですか。くだんの監督は辛辣だったけど、私に期待してくれていたからこそあの言葉が出てきたわけで……。私自身、落ちた悲しさよりも、期待に応えられなかったことのほうが悔しかったから、『映像研~』では、もう二度と期待を裏切るような真似をしたくない、という想いは、同じ声のお仕事だったからこそ、ありました。やっぱり、最終的には伊藤沙莉じゃなきゃできないって思ってもらわなきゃ、意味がないなとも思いますし。

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――そのあたりのエピソードも含め、エッセイで改めて文字に書き起こすことで、気づかされたことはありますか?

伊藤 これも書きましたけど、私はもともと食わず嫌いというか、あまり冒険心がないタイプなんです。新しいことは好きだし、好奇心も旺盛なほうだけど、なんか一歩踏み出すのが苦手。だから書くことに対しても、最初は不安もあったんですが、やってみたら思った以上に楽しかった。取材を受けているときも、話しながら「私、こんなこと思ってたんだ」って気づかされることは多いけど、書くという自分との一対一の対話のなかで、改めて「自分」を発見していくのもおもしろかったです。たぶんね、めちゃくちゃ登場人物の多い本だと思うんですよ、このエッセイ。

――出会った一人ひとりを省略せず、丁寧に登場させていますもんね。

伊藤 やっぱり、人との出会いがすべてを生んでいるなって感じながら生きているからなんですよね。誰かの言葉でモノの見方が変わったり、逆になんとなく思っていただけのことが確信になったり、私自身を育ててくれたのはいつも誰かからいただいた言葉だった。ドラマや映画で出会ったセリフも含めて、ですけれど。そういう大切な言葉はいつも頭の片隅にとどめておくようにしているけど、常に全部を意識することはできないじゃないですか。書くことで、改めて大切だってことをひとつずつ思い出せたのは、貴重な体験だったなと思います。

――そんな大切な言葉たちを、どんな人に読んでもらいたいですか?

伊藤 そうですね……。私には、自信をもってこうあるべきだって叫べるほどの人間力はまだないし、もっと言うと、私個人に対しての感想はそんなにいらないと思っているんです。役者という職業柄、どちらかというと私個人への印象は邪魔なので。でもせっかくこうして本を出させていただいたからには、誰かの背中をさするくらいはできたらいいなって思っています。

――さする?

伊藤 押すほどの力はないから(笑)。でも……ときどき、インスタとかで「女優になりたいけどかわいくないから一歩踏み出せない」「みんなに笑われるのが怖い」っていうようなDMが届くんです。そういう人たちに、なにか言えることがあるとしたら、最初にいた場所がキラキラしていなかったとしても、自分にちゃんとした軸があれば、たどり着ける場所はあるよ、ということ。私自身、目鼻立ちが整いすぎて目立っちゃう、みたいなタイプじゃないからこそ、エッセイを読むことでなんとなくほっとしたり、元気になったり、ポジティブな気持ちが届いてくれるといいな、と思います。

ヘアメイク=弾塚凌 スタイリング=吉田あかね 衣装協力:ニットボレロ3万9000円、シャツワンピース4万5000円(すべて税別)(NAKAGAMI/NAKAGAMI nakameguro TEL:03-6455-3144)

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