和嶋慎治(人間椅子)「人の弱さやずるさを責めない。色川文学は僕にとっての救いです」

あの人と本の話 and more

公開日:2021/8/14

和嶋慎治さん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、人間椅子の和嶋慎治さん。

(取材・文=朝宮運河 写真=河内 彩)

デビュー30年を超えて新たな黄金期を突き進むバンド・人間椅子。ギター&ボーカルの和嶋さんは大の読書家としても知られる。お気に入りの一冊は『怪しい来客簿』。阿佐田哲也のペンネームでも活躍した鬼才・色川武大の短編集だ。

「物の見方が独特ではっとさせられます。たとえば色川さんは山が怖いと書く。どの山も『異常であり、凶相に見える』というんです。常識に囚われない感性は他の誰にも似ていない。色川さんの本は阿佐田名義も含めてほとんど読んでいます」

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色川作品とはどのように出会ったのだろうか。

「『週刊少年マガジン』に連載されていた『哲也 雀聖と呼ばれた男』というマンガにはまって、阿佐田哲也さんの原作『麻雀放浪記』にも手を伸ばしたんです。面白くてびっくりしました。悪人が生き生きと、人間らしく描かれていてピカレスク・ロマンの傑作だと思いました。そこから阿佐田作品を読み漁り、色川名義の作品はどうなんだろうと読んでみたら、これがもっと面白かった」

空襲で家族を亡くした老婆、癌で死んだ友人、忘れがたい人びとの記憶が、鮮烈で怪しいエピソードとともに描かれていく。

「この小説には失敗した人、社会の底の方で生きる人たちがたくさん出てきます。彼らに向ける色川さんのまなざしが優しいんです。最近は規範やルールから外れたものを排除しようという流れがありますが、社会には色んな人がいていい。人の弱さやずるさをフラットな目で描く色川文学は、僕にとっての救いです」

コロナ禍の中制作された通算22枚目のオリジナルアルバム『苦楽』は、人生の苦しみと喜びがテーマ。

「ステイホーム期間中、幸せについてあらためて考えたんです。人はつい苦しみを避け、楽なことだけ選んで生きようとしますが、人生の醍醐味は苦しみを克服した先にこそあるんじゃないか。人間椅子にしても長い不遇の時代があったから現在があるのだと思っています」

アルバムタイトルは戦前~戦後の大衆文芸雑誌「苦楽」から。文芸ロックと称される人間椅子らしいネーミングだ。

「アルバムのテーマを一言で表すいい言葉はないかと考えていて、この雑誌を思い出しました。バンド名の由来になった短編『人間椅子』を江戸川乱歩が発表したのもこの雑誌なんです」

なかなか収束が見えないコロナ禍は、アルバム制作にも影響を与えたそうだ。

「これまではアルバムを作って全国ツアーをして、という流れが決まっていましたが、今は先が見通せない状況です。曲作りのモチベーションを保つのが大変でしたね。しかしこのままだと発売日に間に合わない、というところでうまくスタジオが押さえられたり、という奇跡が重なって間に合わせることができました。誰かに〝この内容で出していいよ〟と言ってもらえた気がしました」

1曲目の「杜子春」は文豪・芥川龍之介の同名作品がモチーフ。ヘヴィなサウンドに乗せて、青年・杜子春の苦悩が歌われる。

「仙人になるため無言を貫いていた杜子春は、畜生道で責められる両親の姿に思わず『お母さん』と叫んでしまう。人間にとって大切なものを表現するうえで、芥川の短編はぴったりのモチーフでした」

全13曲。「暗黒王」「肉体の亡霊」などダークで終末観漂う曲と、「夜明け前」など希望を謳いあげた曲が激しく交錯する。

「世の中の動きを見ていると、ジョージ・オーウェルが予見したディストピアが実現してもおかしくないような不安に駆られます。このアルバムは人間性を剥奪される怖さ、人生における苦しみや悲しみをハードなサウンドで表現しました。でもこの時代は〝夜明け前〟かもしれない。悩みを突き抜けた先に待つ喜びも、感じ取ってもらえるはずです」

わじま・しんじ●1965年、青森県生まれ。87年、高校時代の同級生だった鈴木研一とロックバンド・人間椅子を結成、ギターとボーカルを担当。90年アルバム『人間失格』でメジャーデビュー後、コンスタントにアルバムを発表する。著書に自伝『屈折くん』など。文学好きとしても有名。

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人間椅子 徳間ジャパンコミュニケーションズ 発売中 2900円(税込)
 30周年記念アルバム『新青年』以来2年2か月ぶりに放つ22枚目のオリジナルアルバム。骨太なハードロック/ヘヴィメタルに文学的でおどろおどろしい歌詞を載せた唯一無二の音楽性を堪能できる。「杜子春」「暗黒王」「夜明け前」など全13曲。