「隙間をつなぐ物語」を、歌詞を通して描く――『アイの歌声を聴かせて』松井洋平(作詞)インタビュー

アニメ

公開日:2021/10/30

アイの歌声を聴かせて
『アイの歌声を聴かせて』 10月29日(金)公開 (C)吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

 10月29日に公開されるアニメーション映画『アイの歌声を聴かせて』。AIの少女・シオンと、高校生たちの心の交流が爽やかな印象を残し、何度でも物語や劇中で流れる楽曲を反芻したくなるような、愛すべき作品である。そんな本作で、シオン役の女優・土屋太鳳が歌う劇中歌の作詞を担当しているのが、自身のバンド・TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDなどでも活躍する松井洋平氏。彼が『アイの歌声を聴かせて』の物語から受け取ったものとは何だったのかについて、詳細に語ってもらった。

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台本に触れた際に、さまざまな隙間をつなぐ物語という印象がありました

――映画『アイの歌声を聴かせて』を拝見しました。さわやかな余韻を残し、何度も振り返りたくなる、素晴らしいアニメーションだと思います。松井さんは、完成した映像をご覧になって、どんな感想を持ちましたか。

松井:「飾らない気持ち」というとシンプルに響きますが、感情というものは、こんなにも色彩豊かなものなんだ、ということが作品を通して伝わってくると思います。キャラクターたちの大半が世界にとってはとても小さく、自分にとってはとても大きな悩みを抱えている。それは観客の皆さんの大半と同じ目線だと思います。だからこそ、AIロボットであるシオンがくれたきっかけは、作品の内側と外側に同じように響いてくれる。その余韻で現実の世界までも彩ってくれる作品なんだと感じました。

――『アイの歌声を聴かせて』の設定やストーリーを知って、どんな印象を持ちましたか。また、本作の劇中歌につける歌詞はどのようなものであるべきと考えたか、松井さんの中で指針としていたテーマがあれば教えてください。

松井:この作品の台本に触れた際に、さまざまな隙間をつなぐ物語という印象がまずありました。時間や物理的空間、親子、友人などの人間関係、大人と少年少女、そしてヒトとAI 。AIと人との関わりというのはSF作品で多く触れてきましたので、AIや世界の認知に関して一時期単純な興味を持って、『赤を見る―感覚の進化と意識の存在理由』(ニコラス・ハンフリー著/紀伊國屋書店)、『謎のチェス指し人形「ターク」』(トム・スタンデージ著/NTT出版)などを読み漁っていました。理工系の読み物って、普段歌詞を書く上でも色々ヒントが隠れていまして。今作ではAIであるシオンと人間であるサトミの対話の空白に起きた、それぞれの世界の認知の違いなども考えてみました。

といっても、エンターテイメント作品としての切り口からですが、時間的な空白だけでなく『幸せ』という対象に対する認知の違いが埋められていく様を、『歌う言葉』というものを通して表現できればと。そういったロジックを指針としつつ、作品の持つ柔らかさで覆うような肉付けをしました。つながりという言葉がいろんな形で再定義されつつある今、言葉と言葉の間を音楽が繋いでいく「歌」。そう考えることによって、「歌」を「人の形を纏ったAI ロボット」であるシオンそのものに見立てたんです。

――歌詞の制作にあたり、吉浦監督や作曲の高橋諒さんとは、どのようなコミュニケーションを取りましたか。

松井:監督にはストーリーラインに沿って起こるシーンやその瞬間のキャラクターの感情の動き、とくにシオンの認識の変化や成長において、箇所箇所の歌の役割を教えていただきました。それを(作曲の)高橋諒さんと一緒に伺いながら、どのような音楽的表現がここで相応しいのかをディスカッションしていきました。予告編でも楽曲を複数聞くことができると思うのですが、一曲ごとにミュージカルとしての曲のジャンルの違いだけでなく、晴天の下や雨の中といった「環境と感情のリンク」=「音楽と歌詞のリンク」となるように進めていったんです。劇場では歌詞が表示されるわけではないので、できるだけ簡単な言葉で書くことを心がけました。結果、内容的にこぼれてしまいそうな表現を言葉で紡ぐのではなく、高橋さんの音の表現で繋いでいただくことも多かったです。雨のシーンのリバーブ感はその代表的なところだと思います。そうして組み上がった歌詞を監督にチェックしていただき、カットのイメージなどに合わせて微調整しました。皆さんと直接お話しできたことで、作品と楽曲の齟齬は限りなくなくなっていったと考えています。

――劇中歌の5曲のうち4曲は、土屋太鳳さんが演じるシオンが歌う楽曲です。劇中歌の作詞をされる際、「キャラクターの心情に寄り添うこと」が必要になるかと思いますが、シオンはAIなので、「気持ちをストレートに表現すること」は、ある意味で作品が求める解ではなくなってしまうのかな、と想像しました。本作の設定を踏まえて作詞をする上で、特に意識したことは何ですか。

松井:AIと感情の話にもなりますよね。その『解』自体は、上映後の座席の一つ一つに生まれる解釈に影響してしまうのもアレなので、深く語りづらいのですが……大きな流れとして答えさせていただくと「シオンの成長」によって歌詞は変わっていく。では、その「成長」とは「何」を反映しているものなのか、ということに尽きるかと思っています。僕らは映画やアニメ、演劇や小説のようなたくさんの「現実には存在しない物語」に影響を受けてきました。その影響を作品の中で「気持ちをストレートに表現する」役割を持っているのがシオンだと考えたんです。限られた形でしか人間の反応を知らなかったシオンが、サトミやクラスメートを通して得たものを「データ」と捉えるか、そうではない何かと捉えるか。それは人それぞれであるし、作品の中でも語られると思います。そういったことを下敷きに、ある意味言葉をデータとして捉えながら書いていったのも事実です。とくに「幸せ」という言葉の取り扱い方は単純な意味と集合知的な視点では全く違ったものになり得るのではないだろうか、と常に意識していました。その意識は、歌っていただいた土屋太鳳さんも違った観点から「シオンの歌」に対するアプローチとして模索されて持って来られていましたし、監督や高橋さん、ボーカルディレクションを担当した僕のバンド(TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND)のメンバーでもあるフジムラトヲルらと、「どう歌うのか」という最後のディスカッションまで考え続けました。

――シオンは、どういう子であると思いましたか。彼女のよいところは、どこだと思いましたか。

松井:シオンの持つ素直でまっすぐな『精神性』というのはまさしくAIらしさだと思うのですが、それと同時に「子どもらしい愛くるしさ」も感じます。大声で歌い踊ることを恥ずかしいと思ってしまう高校生の中で、彼女の行動はとんでもないように映りますが、子どもの頃に当たり前だったことと一緒に、その頃のような素直でまっすぐな『気持ち』を思い出させてくれる。それは、大切な誰かのために一生懸命行動する彼女だからこそだと思います。あと、なんといってもシオンに「設定」された『声』が最高です!

劇中歌のフルサイズ版をぜひ聴いていただけると嬉しいです

――『アイの歌声を聴かせて』の劇中歌の歌詞制作において、最も楽しいと感じた部分・最も難しいと感じた部分・特に手応えを感じた歌詞とその理由について、それぞれ教えていただけますか。

松井:個人的に楽しかったのは、劇中でシオンが柔道をするシーンで歌われる楽曲(“Lead Your Partner”)ですね。歌詞全編でダンスと柔道が重なるように仕掛けました。普段の作詞からそういったWミーニング的な要素が好きなので。最も難しかったのは、シオンの表現の変化の度合いでしょうか、グラデーション的にするには曲数的にも難しく、はっきりと示すにしても、どの程度「人間の感情」について理解していていいのか。その機微は監督にご調整お願いしながら進めていくことで解決いたしました。手応えといいますと、やはり最初の曲と最後の曲のリンクでしょうか。

――冒頭でシオンが歌う“ユー・ニード・ア・フレンド〜あなたには友達が要る〜”と、終盤でかかる“You’ve Got Friends 〜あなたには友達がいる〜”の2曲の「いる」には、気づいた方が感動する仕掛けがあります。すべての劇中歌を松井さんが手掛けているからこその仕掛けですが、このアイディアを着想したきっかけと、実際に歌詞にしていくまでのプロセスについて教えてください。

松井:この2曲は、作品内での様々な関係性の変化を表す楽曲になっています。同じ問いかけから始めることで、サトミという対象に対してシオンが見ているもの、考えていることの変化がわかるものにしたい。そういった前提から、歌詞の内容を考えた時に、「友達」という言葉の意味もシオンの中で変わったことを伝えるためにタイトルに工夫しました。幸せという目的に対する必要な装置ともとれるような「要る」という言葉が、同じ読みで「友達」という存在の実感になるような。このタイトルありきで進めることによって、歌われる状況と同じく、コントラストの強い歌詞になるよう努めました。結果、シオンの歌の立ち位置が定まったという確かな手応えを感じ、レコーディングに立ち会うこともできました。

――シオンの歌唱曲以外に、本作では“フィール ザ ムーンライト”の作詞も担当されています。シオンの曲とは世界観が異なる曲ですが、歌詞について解説をお願いします。

松井:『フィール ザ ムーンライト』は劇中劇『ムーンプリンセス』の劇中歌主題歌という役割を持っているので、スタンダードな海外ミュージカルアニメ映画のテーマソングの日本語訳的な雰囲気が出ればと意識していましたので、言葉の選び方も全く違うアプローチだと感じていただけると思います。歌詞の内容は、サトミにとっての大事な歌なので、そのままテーマにも繋がるのですが、それは同時に現実世界の我々と『アイの歌声を聴かせて』をつなぐためのメタ的な俯瞰にも繋がるということなので、本作のメッセージの軸みたいなものが浮かび上がればいいな、という想いで書き上げました。そのために副題に『〜愛の歌声を聴かせて〜』とつけています。

――シオンやサトミをはじめ、本作の登場キャラクターは個性があって魅力的ですが、松井さんが思わず感情移入してしまう・応援したくなってしまうキャラクターと、その理由を教えてください。

松井:僕自身はサンダーの不器用さに自分が重なるのですが、彼ほど努力家かといえば……でして、応援しながら尊敬してしまうんですね。彼を応援する人をそれ以上に応援してくれるような不思議な強さをキャラクター像から感じました。それとは逆に感情移入してしまうのは、自分と全くタイプの違うゴッちゃん。彼の持っている悩みというのは、彼のキャラクター像を飛び越えたところで大人から子どもまでたくさんの人が感じる、ある意味現代に増えてきた悩みなのではと。「幸せ」の対象や解像度を決めることができるのは自分だけでも、第三者の評価だけでも成り立たず、特別な二人称を持つ人たちとの関係性も大きいんだなと。恋愛関係だけでなく、様々な人間関係のなかでもゴッちゃんの悩みに自身を重ねることができると思います。僕もそうでした。

――劇中歌の歌詞が、楽曲付きのシーンを鮮やかに彩ってくれていますが、松井さんが本編映像をご覧になって、特にグッときたお気に入りのシーンについて教えてください。

松井:「歌うシーン」でのシオンの「周り」の表情が楽曲ごとに変わっていく様子は、まさに歌詞では表現できないことのひとつでした。それは、AIロボットが歌うという、この作品の注目していただきたいポイントです。先ほどのご質問にもあった「気持ちをストレートに表現する」ということは、日常にあらわれた非日常世界としての「ミュージカル」に触れた周囲のキャラクターがその表情で歌っているのかもしれません。今作において、僕は「AIに感情はあるのか、その成長は感情表現的なものをプログラムとして獲得しただけではないのか?」という疑問に、答えを持って歌詞を書くのを避けています。何故なら、それは人間関係となんら変わりはないことだと、相手の本質に立って物事を表現することは出来ないと考えているからかもしれません。ですが、伝えたいメッセージを受け取った側の表情がそれを表現してくださっているのです。そして、その表情の向こう側にある「気持ちをストレートに表現」しているラストシーン、皆さんも僕と同じく「最後にきっと、笑顔になれる」筈です。

――映画だけでなく、音楽も長く愛してほしい作品だな、と感じます。映画をご覧になる方、サウンドトラックを手に取る方に、『アイの歌声を聴かせて』の音楽をどのように楽しんでほしいと思いますか。

松井:劇伴のお話は高橋さんにお任せするとして、劇中歌のフルサイズ版をぜひ聴いていただけると嬉しいです。本編で流れた部分の内容を、ひとつの歌として補完できるように歌詞を書き足しています。また、歌詞カードという『読み物』にはテキストとしてしか発見できない要素も取り入れています。前述したタイトルの仕組みもそのひとつですね。そうしてからもう一度作品を観ると、歌唱シーンに新しい「想いの発見」があると思いますし、きっと自分の気持ちや経験と重なる楽曲に出会えると思います。それは『アイの歌声を聴かせて』という作品が持つテーマの普遍性と、それに対する優しく温かく、何より楽しいアプローチから生み出されたものです。もし、自分の日常にシオンが現れたら――? そんな想像をきっかけに、皆さんの毎日に小さな、素敵な変化が訪れると信じています!


『アイの歌声を聴かせて』公式サイト

取材・文=清水大輔

映画『アイの歌声を聴かせて』オリジナル・サウンドトラック
価格:3,300円(税抜)/3,630円(税込)
音楽:高橋 諒 作詞:松井洋平 歌:土屋太鳳・咲妃みゆ
劇伴曲+劇中歌(5曲)を収録。CDブックレットにはライナーノーツ、作曲家 高橋 諒×作詞家 松井洋平 対談、土屋太鳳特別インタビュー等を掲載。
発売元・販売元:バンダイナムコアーツ
配信はこちらから


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