明確な線引きがない「ノンフィクション本」を売る、書店員のホンネ

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/28

『海をあげる』(上間陽子/筑摩書房)

 先ごろ、「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」にて上間陽子さんの『海をあげる』(筑摩書房)が大賞を受賞した。

 同賞は、小説が対象の「本屋大賞」のノンフィクション部門という位置づけで2018年に始まった。「本屋大賞」と同じく、全国の書店員の投票によって大賞が選ばれる。

『海をあげる』は、沖縄で育った自身のエピソードから、幼い娘との暮らし、そしてこれまで調査してきた女性たちの困難な境遇などを綴った1冊。

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 今年で4回目となる同賞は、昨年に佐々涼子さんの『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)、2019年にはブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)、2018年には角幡雄介さんの『極夜行』(文藝春秋)が大賞に選ばれた。年を重ねるごとに秋になるとノンフィクション本への注目度が増してきたと感じる。

 そこで、今年、書店では「ノンフィクション本」がどのような売れ方、買われ方をしたのか、同賞はどのように捉えられているのかを、流通、現場の視点から聞いてみた。

(取材・文・撮影=すずきたけし)

『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン:著、久山葉子:訳/新潮新書)

 出版取次の日販マーケティング本部に所属、ノンフィクションを中心としたレビューサイトHONZのメンバーでもあり、本屋大賞実行委員会理事でもある古幡瑞穂さんによると、2021年にノンフィクション本として最も売れたのは『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン:著、久山葉子:訳/新潮新書)だったという。以降、2位に『人新世の「資本論」』(斎藤幸平/集英社新書)、3位は『どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2』(宮口幸治/新潮新書)、4位『2040年の未来予測』(成毛 眞/日経BP)、5位『FACTFULUNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリングほか:著/日経BP)と続く。

 この順位を見てお気づきになった方もいるかもしれないが、1位から3位には新書がランクインしている。実は、意外なことに出版業界において、ノンフィクションというジャンルは定義されていない。出版流通上、分類コードに「Cコード」というものがあるが、そこにもノンフィクションというジャンルはない。何をノンフィクションと定義するかはあくまで現場によって判断される。それゆえ、ノンフィクションを扱った「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」という賞は、とても幅広い内容の本を対象にした賞だということがわかる。

 内容に目を向けるとノンフィクションのなかで目立ったのは、自然科学を扱った翻訳本で、原著が話題になってから間を置かずに翻訳された事例も多くあったという。またコロナ禍の中、『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』(河合香織/岩波書店)など専門家がそれぞれの視点、知見から読み解くテーマも目立った。しかしまだ終息とは判断されておらず、コロナを俯瞰した本ではなく、コロナに関して各方面で活躍した「人」に焦点を当てた本が多い印象だという。

『2040年の未来予測』(成毛眞/日経BP)

 一方で『2040年の未来予測』(成毛眞/日経BP)のような未来予測の本も増えていて、サイエンスだけでなく、経済や社会の行く末や最新動向を基に論じる本にも注目が集まったと古幡さん。

『独学大全』(読書猿/ダイヤモンド社)

 ノンフィクション本は幅広く、コーナーを設けていない書店もあり、その購買傾向は明確ではないが、古幡さんによると、『独学大全』(読書猿/ダイヤモンド社)のヒットから始まった“鈍器本”(分厚く鈍器のようだから)ブームに見られるように、「じっくりと時間をかけて読書をする」という動きがあったのは興味深いとのこと。

 ただし、ノンフィクション本の執筆、制作には長期にわたる取材が必要のため、この2年に及ぶコロナ禍によって取材が限られ、ルポルタージュ(記者やジャーナリストが現地で取材しし報告すること)の本が減っている点は気になると古幡さんは語る。

 本年の「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞した上間陽子さんは、受賞スピーチの中で

『海をあげる』という本がノンフィクション本大賞を受賞したのは、少し珍しいことではないかと思っています。まずひとつは、この本が持つ政治的なメッセージという意味です。そしてもうひとつは、ノンフィクションというジャンルの拡張という意味です。

 と語っていたのが印象的だった。

「王道のノンフィクションとは言えないものの、優れた時評としての性格とレベルの高い筆致で、作品として全く遜色は無い」

 そう語るのは、ときわ書房志津ステーションビル店、日野剛広店長だ。

 同店は千葉県志津駅ビル内にあり、日ごろから社会批評や社会問題に関連した本などを店内で特集している。日野店長自身も同賞へ投票した書店員で、ブレイディみかこさんご指名で『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の文庫解説を執筆している。

 調査報道やルポルタージュといったものを「ノンフィクション」と呼ぶのが一般的だが、今回のノンフィクション大賞を受賞した『海をあげる』は厳密なノンフィクションとは呼べないものの、第2回で『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が大賞に選ばれたことが大きいと日野店長は言う。

「“ぼくイエ”が厳密なノンフィクションとはいえない作品ながら大賞を受賞したことで、ノンフィクション本大賞自体の幅も広がり、賞の懐も深くなってこの賞は進化したのではないか。また“ぼくイエ”と『海をあげる』に共通しているのは、それぞれのテーマと読者がつながってると感じられ、当事者の気持ちを自分に引き寄せて考えることができる点。自分の問題として読み進めることができれば、ノンフィクションの持っている本来の意義を果たしていると思う」

 書店ではノンフィクション本に明確な線引きはなく、例えば、ノンフィクションと呼べる“戦争もの”ひとつとっても、歴史や人文コーナーに置かれることになる。それをあえてノンフィクション本コーナーに括ってしまうと、逆に人の目に着かなくなってしまうことにもなる。日野店長いわく、極端にいえばフィクションでなければそれはノンフィクションとも呼べるので、そこに批評本も加えたりと、ノンフィクション本というのはある意味で書店員の目利きが必要かつ重要なジャンルでもあるという。

「ノンフィクション本は決して売りやすい本ではないが、“今、日本の読者に届けなければいけない”といった本に目を配り、売らなきゃいけない、置かなきゃいけない。そんな気持ちの積み重ねでしかないと思います。そして、読者自身が意識的にノンフィクションに目をむけて拾い上げて読んでほしい」と日野店長は語った。

取材協力:ときわ書房 志津ステーションビル店
〒285-0846 千葉県佐倉市上志津1663
京成志津駅(改札直結)
【電話番号】043-460-3877
【営業時間】
月~土10:00~21:00
日・休10:00~19:00

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