『UC』『NT』に続いて担う、『閃光のハサウェイ』の音楽に刻まれた進化――澤野弘之インタビュー

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公開日:2021/12/17

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 © 創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』40周年記念作品として制作されたシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。本作は『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季さんが1989~1990年に執筆した小説『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』全3巻(上・中・下)を映像化する作品だ。本作の主人公はガンダムシリーズで活躍してきたかつての英雄ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノア。彼はマフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、反地球連邦政府運動に身を投じている。なぜ彼はマフティーを名乗るようになったのか。そのドラマが緻密に描かれている。

村瀬修功監督に続いて、本作の語り手として登場してもらったのが、音楽を担当した澤野弘之だ。『機動戦士ガンダムUC』『機動戦士ガンダムNT』でも劇伴制作を担ってきた澤野の音楽が、『閃光のハサウェイ』の劇中で果たしている役割は非常に大きい。映像としての完成度の高さが『閃光のハサウェイ』が大きくヒットを遂げた要因のひとつだとすれば、その魅力を強く押し上げ、エンターテインメントとしての高揚感を加えているのが、澤野の音楽であると思う。自身の音楽制作を振り返ってもらった。

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自分のベースになっているのは、アレンジメントの後ろで鳴っているシークエンストラックのリズムや、リフの作り方

――『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の音楽担当のオファーがあったとき、どのように感じましたか?

澤野:『機動戦士ガンダムUC』『機動戦士ガンダムNT』とガンダム作品の音楽を担当してきて、『UC』も長く関わっていたので、「ガンダムに対する自分の考える音楽」はそこでぶつけ切った気持ちがあって、ちょっとホッとしていました。とはいえ『UC』が終わってしまうと寂しい気持ちもあったので、『NT』のときは嬉しかったです。『閃光のハサウェイ』は宇宙世紀の流れではありつつ別の作品ではあるので、『UC』と比較されたりしないかなとも多少思ったんですが、純粋に新しい作品に関われることは嬉しかったですし、「その時点で自分が向き合えるガンダムの音楽を作れたらいいんじゃないか」とモチベーションを上げて向かっていきました。

――まさに『UC』『NT』は物語が地続きであって、同じ方が音楽を担当するのはとても自然なことに映りますが、『閃光のハサウェイ』は宇宙世紀を描きつつ、ガンダムの歴史においては、少し異なる位置にある作品なのかな、と。意識を変えたり、念頭に置いていたのはどういうことだったんでしょう。

澤野:やっぱり僕自身が作る音楽は、ある程度「自分が好きな音」というところがあるので、そこを無理に変えようとは思っていなかったです。小形尚弘エグゼクティブプロデューサー(サンライズ)が引き続きオファーしてくれたので、「素直に自分の音楽を作ればいいんじゃないか」と思っていました。あとは、打ち合わせのときに「今回はより大人をターゲットにしたガンダムにしたい」というお話があって。昨今のハリウッド映画では、サウンド面でリフとかフレーズで聴かせるものが多かったりするから、そういった楽曲で構成していって、「ここぞ」と聞かせるメインテーマだけは『UC』のように高揚するものが欲しいです、というお話からスタートしました。自分の中で、『UC』はメインテーマに限らずメロディを押し出した曲で構成する方向でぶつけていったので、違う感覚でやれるという点で、気持ち的には楽なところはありましたね。変に気負うのではなく、村瀬監督や小形さんと、新しいガンダムの見せ方を音楽でも模索していけたらいいかな、という感覚でした。

――『閃光のハサウェイ』は映像として本当に素晴らしい作品ですし、村瀬監督の手腕が大きいと思いますが、澤野さんから見て村瀬監督のクリエイティブはどう映っていましたか。

澤野:僕も打ち合わせやダビングで数回お会いしたくらいですが、ものすごくいろんなことをしゃべって説明されるというよりは、大事なことをぽんっと伝えてくれる方ですね。クールな印象はあります。ただ、ご一緒する前に村瀬監督の『虐殺器官』も観させていただいて、これは村瀬監督に限らずですが、寡黙な方でも作る作品がエネルギッシュで熱量を感じる方がいて。『閃光のハサウェイ』は大人な作品なので、熱い作品とはまた違うかもしれないですけれども、いろいろなシーンにおいて熱量を感じるというか、こだわりを持って作られている監督だなと、映像を観て感じました。

『閃光のハサウェイ』は、話の内容もある程度大人向けになっていて、会話シーンも多いじゃないですか。モビルスーツの戦闘アクションが大半ではなく、人間ドラマがメインになってくるところがあって。逆に音楽は、小難しい方向に持っていっちゃうと、エンターテインメント性という部分から外れていっちゃうかなと。僕が起用していただける理由のひとつに、「作品がよりエンターテインメントになるような音楽」という部分も求められていると思うので、メロディを排除したとしても、音楽を通したエンターテインメント性、スピード感や高揚を感じさせる音楽にできたらいいな、と思いました。

――『UC』『NT』に続いて『閃光のハサウェイ』も澤野さんが担当されると知って、わりと驚いたんですよ。ある意味で、今のガンダムの音楽は澤野さんに委ねられているんだな、と。

澤野:ははは。プロデューサーの小形さんは、イベントとかで「宇宙世紀の音楽は澤野さんに任せた」とおっしゃってくれたりはするんですけども、僕自身はそんなことは思っていないというか。常に「これが最後になるかもしれない」と思っていますし(笑)。結果的に『閃光のハサウェイ』のサウンドトラックを評価してくださる方を目にしたりしますが、僕としては『閃光のハサウェイ』自体がすごい作品だし、そこが影響して音楽も違った届き方をしてよりよく聴こえていると思うので、感謝しかないです。

――『閃光のハサウェイ』の音楽を聴いて、澤野さんの音楽はさらに進化を遂げた印象がありますが、ご自身の感覚としてはどうですか?

澤野:自分的には、ある程度共通する音はありつつも、最新のハリウッドの音楽や洋楽から影響を受けて自分の音楽もアップデートしていかないといけないかな、と思ってはいます。そこを感じてもらえるような音楽制作をしていきたい気持ちがあると同時に、今回はメロディを排除したアプローチにトライさせてもらえたことで、新しく感じていただけたところはあるかもしれないですね。

――新しいアプローチを取り入れていながら、『閃光のハサウェイ』では「澤野節」がより際立っている印象があります。澤野弘之的であり、澤野弘之にしか鳴らせない音楽が鳴っているというか。

澤野:ありがとうございます。ここ最近、メロディの面でも自分なりによく感じてもらえると思うものを意識して作ってはいるんですけど、自分のベースになっているのは、アレンジメントの後ろで鳴っているシークエンストラックのリズムやリフの作り方だと思っています。それが、メロディが弱いところを補ったりしている部分もあって。メロディを排除しても、シークエンストラックの部分に自分のくせが出たり、好きな音を常にちりばめていたりするので、それが際立って聞こえるのかもしれないですね。

――「澤野節」を感じるとともに、今回のサントラの音楽は非常に映画的でもありますよね。澤野さんはハンス・ジマーの音楽に影響を受けていると以前にもおっしゃってましたが、「映画的であること」についてはどのように意識していましたか。

澤野:やっぱり、壮大さは意識しましたね。ハンス・ジマーは常に影響を受けている作曲家で、昨今のハリウッド映画のメロディを排除した音楽の作り手のひとりでもあります。たとえばクリストファー・ノーラン監督の映画でハンス・ジマーが音楽を担当した作品でも、メロディというメロディがなくて、リフだけで完結している曲が多かったりするんですね。その他に共通するワードで宇宙を感じる音楽となると『インターステラー』や『ブレードランナー 2049』のように、未来を感じるような映画は意識していたと思います。普通のオーケストラのサウンドだけでも壮大にはできたと思うのですが、宇宙や未来を感じさせるような音色はそういった作品からヒントを得て取り込むことで、より映画的に感じてもらえるようなサウンドになれば、とは思いました。

――『NT』の取材のときに、「『UC』では“ド悲劇な音楽”を意識した」というお話をされていましたが、映画的・宇宙的であることは音楽のテクニカルな面であるとして、『閃光のハサウェイ』の音楽の感情的な部分における指針はどういうものだったんでしょう。

澤野:なんで自分は「ド悲劇」という言葉を選んだんでしょうね(笑)。でも、『UC』はより悲しみに寄り添っている部分が多かったから、そういう印象があって、メインテーマも悲しさを踏まえた上で作ったところはあると思います。ただよく考えたら……『閃光のハサウェイ』に関しては、感情的な部分はそこまでなかったのかな。どちらかというとミステリアスとか、そういったワードを意識していた気がします。感情に訴えかけて泣かせようとするのではない音楽構成になっているのかな。感情的にする場合は、自分は特にメロディを使うので、メロディを排除したことで、感情的な部分から自然と離れていったんだと思います。

マフティーのシーンに関しては、ちょっとヒロイックな音楽、彼らの「進んでいくぞ」という気持ちが乗っているような音楽にしている

――11月に発売された『閃光のハサウェイ』のBlu-ray特装限定版には、澤野さんのサントラが特典として封入されているわけですが、サントラ全体について澤野さんの満足度、手応えを聞かせていただけますか。

澤野:自分としては、音楽を作り終えた時にすごく納得したものが作れた気持ちがあったのは確かです。でもそれ以上に、映像とマッチして自分の音楽が流れたりすると、そこに自分もより感情移入したりするので、そういう意味では『閃光のハサウェイ』があれだけしっかり作り込まれていて、より自分が映像に入り込めるような作品だったおかげで、改めてサウンドトラックも作ったとき以上に思い入れが強いものになりました。劇場で観る前、ドルビーアトモスの作業時に大きなスクリーンで観させていただいたのですが、その段階ですごくいい形で音楽を使っていただけていると感じました。プロデューサーの小形さんも、メインテーマや、ダンスシーンからメッサーの登場シーンで流れる“TRACER”などは「絶対に、なんとしてもここでこの曲をかけたい」と考えてくださっているのがダビング段階から伝わってきて。劇場で観たときも、絵にかかっている皆さんの熱量と、音響演出の笠松広司さんや小形さん、監督をはじめ「この曲をいい形で流したい」という熱量をダイレクトに感じて感動しました。

――今回に限らず、澤野さんのサントラでは人物に当てている曲がとても素晴らしくて、“83UeI”や“KNS”、“G1×2”、あと“MNE”もそうですかね。『閃光のハサウェイ』の主要人物の人物像は、澤野さんはどのように解釈していたんでしょうか。

澤野:基本的には、音楽メニューではシーンに関する書かれ方をしていたので、キャラクターに思いっきり寄せて曲を作るというよりは、シーンに対して曲を作っていたところはあります。キャラクターを意識しながらもシーンが大前提、という感じです。いち観客としての印象は――ギギは、まあなんていうんですかね。自分のまわりにいたら、絶対に仲良くなれないだろうなって(笑)。

――ははは。

澤野:でも、ああいうちょっと風変わりなキャラクター、良くも悪くも自由な感じは面白いな、と思ってました。ハサウェイに関しては、彼が持つミステリアスな部分を考えていたと思います。

――シーンに当てている曲であることは大前提で、“MNE”という曲はマフティー・ナビーユ・エリンを指すと思うんですが、ハサウェイのミステリアスな部分との差異はどのように考えたんでしょう。

澤野:メニューから自分が受け取ったイメージ、「一体このキャラクターは何を考えているんだろう」と相手が感じるような、ハサウェイのキャラクター性に合わせた音楽をつけました。逆にマフティー側は、彼らが意志を持ってヒロイックになる瞬間があるのかなと思っていて、マフティー・ナビーユ・エリンのシーンに関してはちょっとヒロイックな音楽、彼らの「進んでいくぞ」という気持ちが乗っているような音楽にしています。だから“TRACER”も、彼らの出撃がカッコよく見えるようにしているというか、彼ら側についている音楽なんですよね。『閃光のハサウェイ』の世界の人たちからするマフティーの見え方とは、違う音楽のつけ方をしています。

――『閃光のハサウェイ』は3部作であることが発表されていますが、今後も澤野さんが担当される予定なんですよね?

澤野:そうですね、クビにならない限りは、一応その予定だと思います(笑)。

――(笑)第1部がとてもヒットしましたし、観た方の期待もどんどん高まっていくと思いますが、今後に向けての決意、抱負を聞かせてもらえますか。

澤野:この先どういう音楽を作っていけるのかは僕自身も楽しみです。あとは、ほんとに自分事になりますが、『UC』の音楽を作ったのが29歳くらいで、公開されたのが30歳のときだったんですよ。だから30代をともにしてきたのが『UC』で、偶然にも『閃光のハサウェイ』の音楽を30代の終わりに作って、40代で携わることになる。40代からの自分の音楽を素直にぶつけていけたら、一緒に歩んでいけたらいいな、という気持ちがあります。

もちろん『UC』は自分にとっても大切な作品で、30代のときにエネルギーを注いだ作品ではあるのですが、結局は人って――くさい話ですけど、今を生きているので、当時の音楽はもちろん評価してもらいたいですが、これから作るガンダムの音楽も、「あのときはよかったな」と言われないようなものをぶつけていきたいと思っていますね。

――『UC』の音楽も傑作であるだけに、そこから進化していくのは簡単なことじゃないのだろうな、と想像しますが、澤野さんが自身を更新していける原動力とはなんでしょう?

澤野:ずっと思っているのは、DTMを扱って音楽を作っていく以上、時代にフィットした音楽に追いついて作っていきたい、ということですね。自分が見てきたアーティストって、もちろんそれは悪いことではなく、歳を重ねるとベーシック、アコースティックなサウンドやシンプルなバンド編成に戻っていったりするんですね、劇伴作家だったらオーケストラにこだわるようになっていったり。その点でハンス・ジマーがすごいのは、年齢を重ねても常に新しい音楽を自分の中に取り入れてその時代の音楽を作っているところで、そこは見習わないといけないと思います。そこはできる限り挑戦していきたいと思いますし、聴いてもらう方に進化していると思われるような音楽にしたいとは思いますね。「この歳で、この音楽を追求してるのか」という人たちに、自分も感化されますし。

――澤野さんは以前から「久石譲さんや菅野よう子さんのようなブランドを持った作曲家になりたい」という目標をお話されていて、第三者的に見て「ブランドあるな」って思うのですが、澤野さん自身は現状どう感じていらっしゃいますか。

澤野:もちろん、以前から一歩も進んでいないとまでは思ってはいないですけれども(笑)、本当にいつも「まだまだだな」って痛感するんですよね。それこそ、『閃光のハサウェイ』が公開されて多くの人に観ていただいている中で、「音楽はその状況に比例した伝わり方をしているのか。まだまだ頑張らないといけないんじゃないか」と自問自答するところはあったりします。そういう意味でも、作家としてのブランドという部分では、久石さんや菅野さんのレベルには全然届いていない気持ちは強くあります。ただ、自分もおふたりと同じことをやって評価されたいと思っているわけではなくて、自分にしかできない劇伴作家としての道の拓き方をしていきたいですね。

――そうやって常に自問自答しているから自身を更新していけるんでしょうね。

澤野:それは確かにそうですね。ある意味、それがモチベーションにつながっていると思います。悔しいとか、評価されないとか――もちろん、まったく評価されていないわけじゃないですけど、悔しい気持ちや憤ったことがあるからこそ、「次こそは」と作品作りに対して向き合えると思うんですよね。たとえば何かがバーンとヒットして、「世の中に知られてます」みたいに自分が感じちゃったら、そこで満足しちゃって次の作品への意欲が失われちゃうかもしれない。その意味では、今のこの気持ちでいられること、この歳でも「また次の音楽に向き合うぞ」という気持ちになれるのは、重要なことなのかもしれないです。

取材・文=清水大輔

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