『閃光のハサウェイ』で表現された、モビルスーツの「怪物感」の正体――中谷誠一(メカニカルデザイン)インタビュー

アニメ

公開日:2022/1/28

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 © 創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』40周年記念作品として制作されたシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。本作は『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季さんが1989~1990年に執筆した小説『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』全3巻(上・中・下)を映像化する作品だ。本作の主人公はガンダムシリーズで活躍してきたかつての英雄ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノア。彼はマフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、反地球連邦政府運動に身を投じている。なぜ彼はマフティーを名乗るようになったのか。そのドラマが緻密に描かれている。

 巨大人型兵器モビルスーツが街を蹂躙し、銃器で建物をなぎ倒す。そして強力な新型モビルスーツたちが上空で対峙する。ガンダムシリーズにおいてモビルスーツ戦は見せ場のひとつ。メカニカルデザイン・メカ総作画監督の中谷誠一氏の仕事が、本作を鮮やかに彩っている。

 本作に登場する主人公モビルスーツ、Ξ(クスィー)ガンダム、そしてライバル機、ペーネロペー。それらのモビルスーツを、中谷氏はどのように描いたのだろうか。『閃光のハサウェイ』のメカデザイン、メカ作画監督の仕事について伺った。

advertisement

ペーネロペーとΞガンダムはZ軸のデザイン

――『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の公開から6ヵ月以上が経ちました。作品の手応えやご感想をお聞かせください。

中谷:長い間の作業でしたが、反響が良くて。ここまで大きな成績になるとは思わなかったのですが、作業した甲斐があったなと思っています。

――中谷さんが『閃光のハサウェイ』に参加した経緯をあらためてお聞かせください。

中谷:『機動戦士ガンダムUC』(2010年~16年)、『機動戦士ガンダムサンダーボルト』(2015年~2017年)と関わってきて、次の仕事として小形(尚弘)エグゼクティブプロデューサーが用意してくださったのかなと。『機動戦士ガンダムNT』(2018年)などの1スタ(サンライズ第1スタジオ)作品が動いている裏で、僕自身は『コードギアス 復活のルルーシュ』(2019年)に参加していたこともあって、タイミング的にはなかなか参加できず。ちょうど良いタイミングで『閃光のハサウェイ』に参加できた、ということなのかもしれません。

――小説『閃光のハサウェイ』はお読みになっていたのでしょうか。

中谷:小説はずいぶん前に読みました。発売してすぐ……いや、しばらくしてから読んだような気がします。

――『閃光のハサウェイ』に参加して、この作品の方向性を掴んだきっかけはどんなものだったのでしょうか。

中谷:当時は『コードギアス』をやりながら『閃光のハサウェイ』の資料を拝見していたのですが、その時点でpablo uchidaさん(キャラクターデザイン)がお描きになったイメージボードが大量にあって、それがすごくキャッチーだなと思っていました。そのイメージボードにはモビルスーツもあれば、キャラクターもいて、風景画もあって。まず、それに圧倒された感じがありました。「ここまで出来ているんだ!」と。

――そのイメージボードにはモビルスーツも描かれていたとのことですが、メカデザインに影響を与えているのでしょうか。

中谷:pablo uchidaさんが描かれていたイメージボードは、あくまで世界観を共有するためのものだったので、世界観としては影響を受けていますが、具体的な作業はカトキハジメさんと玄馬宣彦さんと自分で進めていきました。

――どのような流れで、メカデザインが出来上がっていったのでしょうか。

中谷:まず、Ξガンダムやペーネロペーは、小説(1989年~90年発売)の挿絵やゲーム(「SDガンダム GGENERATION-F」2000年発売)のデザイン(どちらも森木靖泰さんがデザインを担当)がありました。そこからカトキさんが、今回の作品のためにブラッシュアップしてくれたメカデザインを描いてくれまして。2020年代のモビルスーツとして、カトキさんのラインを入れ込んだデザインが、ひとつそこで出来上がっていたんです。そこからアニメーションに落とし込むためのデザインを、玄馬さんと僕で詰めていきました。僕が担当したのはリライトといって、アニメーションとしての描きやすさを追求したり、動きのギミックを足したり引いたりする作業ですね。

――森木靖泰さんがデザインしたガンダム(Ξガンダムやペーネロペー)の特徴はどんなところにあるとお考えですか。

中谷:Ξガンダムやペーネロペーのデザインは、90年代のOVAなどに出てきたロボットのラインの集大成みたいなところがあると思っていました。最近、Twitterで面白いものを見たんですが「X軸(横軸)のデザイン」「YもしくはZ軸(縦軸と奥行き)のデザイン」というふたつの流れがあるそうです。その考えに添って言うと、森木さんのデザインは「YもしくはZ軸のデザイン」なんですよね。これまでのモビルスーツやロボットのデザインはX軸、横軸のデザインだったんです。たとえば、ロボットは正面で見るときが一番カッコよくて、正面を向いたときに顔がはっきり見える。ガンダムの顔は正面を向いたときにわかる顔ですよね。でも、森木さんがデザインしたモビルスーツは横から見ると印象的で。横から見たときに特徴的なシルエットになっているんです。たとえばグスタフ・カールは横顔が印象的です。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

――ある意味で立体的な森木さんのデザインを、今回はどのように描こうとお考えだったのでしょうか。

中谷:村瀬修功監督や玄馬さんとの打ち合わせでよく出た話題だったのですが、カトキさんが描いてくれたデザインをもう一段、森木さんのデザインに近づけようと。森木デザインへの回帰を何度か重ねていたんです。結果的にそれが上手くいっているかどうかわかりませんが、2020年代のデザインに、90年代のデザインの良いところを上手く足していければと考えていました。

――玄馬さんとの役割分担はどのようにされていったのでしょうか。

中谷:まず、コンセプトを玄馬さんに提案していただいて。僕が画(メカニカルデザイン)を描き、そのうえで玄馬さんと監督にジャッジをしてもらうという流れでした。ときには玄馬さんが立体物を作ってくださったりしながら、一緒に作業を進めています。

――玄馬さんが立体をお作りになった、というのは粘土などでメカをお作りになったということですか?

中谷:そうですね。粘土で作ってくださいました。メッサーとΞガンダムの頭部がありましたね。紙でデザインすると、前後の奥行きがわかりにくいので、そういった資料があると作業しやすかったです。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

ペーネロペーとΞガンダムは、怪物的なものを意識して描いた

――それぞれのメカデザインについてもお聞かせください。今回、連邦軍の新型モビルスーツとして登場したペーネロペーは、どのような狙いでデザインをしていったのでしょうか。

中谷:ペーネロペーの顔は、ガンダムを意識したものにしました。それ以外の部分、たとえば全身のシルエットなどは怪物的なものにしようと考えていましたね。ハッキリ言うと、ドラゴンのイメージです。

――ペーネロペーは飛行音の効果音も含めて、怪物感がありました。

中谷:CGチームと演出チームの手柄だと思います。村瀬監督の中ではずっと、怪物っぽさを出そうとされていたと思います。

――Ξガンダムはふたつ顔があるように見える、独特なデザインです。

中谷:ふたつ顔があるということは、デザインするうえでも意識していた部分です。どちらかというと胸にある顔の上の部分がフェイクのガンダム顔、実際の頭はガンダムから外した怪物的、凶悪なイメージに感じられるようにしています。村瀬監督はどちらかというとペーネロペーよりも、Ξガンダムのほうが「怪物感」を強く出したいとおっしゃっていました。

――今回、2機のガンダムが怪物的に描かれているということですが、キャラクター的に見せようという考え方はあったのでしょうか。

中谷:今回の第1部の時点ではキャラクター性は考えていないですね。今後、第2部、第3部と展開していったときに、パイロットの個性などが強調されるようであれば、モビルスーツにキャラクターの要素を反映させていきますし、村瀬監督がそういった表現は不要だと判断されるようでしたら、それでも良いかなと思っています。

――連邦軍のモビルスーツ、グスタフ・カールやマフティーが使用しているモビルスーツ、メッサーについてはどんなところを意識して描かれましたか。

中谷:グスタフ・カールはすでに『機動戦士ガンダムUC』に出ていますから、それをもうちょっと小説準拠にしたと言いますか、細身にしていきました。メッサーについてはスカートを大きめに付けたり、自由落下の戦闘に特化したパーツを追加しています。村瀬監督からもいろいろな修正があって、「もうちょっと頭を小さく」とか「メッサーの胸の黄色のダクト部分は、面積をシャープにしたい」といったこだわりを、たくさんいただきました。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

ペーネロペーとΞガンダムを唯一作画したアニメーターとして

――今回はモビルスーツの表現に作画のみならず、3DCGもお使いになっています。どのような役割分担をされていたのでしょうか。

中谷:ペーネロペーとΞガンダムについては、ほぼ3DCGです。実は、この2機については、原画は僕しか描いていないです。最初はもう少し作画シーンもあったのですが、最終的にほぼフル3Dになりました。ペーネロペーとΞガンダムがビーム・サーベルで激突するところだけは監督からオーダーがあって、僕が担当することになりました。2機が同時にひとつの画面に出てくるのはそのカットだけだったのですが……難しかったですね。作画で描くと、複雑なかたちをしているので。

――ペーネロペーとΞガンダムのシーンがほぼ3DCGということになると、中谷さんは3DCGモデルを監修しているということですか。

中谷:そうですね。3DCGモデルはひととおり監修させてもらいました。最初はサンライズのCGルームにお邪魔して、CGディレクターの藤江(智洋)さんに細かく修正点をお願いしていたのですけど、ペーネロペーの3DCGモデルが完成する直前にコロナ禍の問題で完成テイクのひとつ前くらいから、リモートと画像に赤字をかぶせて修正指示を伝える方法で、やり取りするようにしていきました。3DCGのモデラーさんはガンダムをカッコよく作ってくださるので、ほぼ良い線になっているのですが、今回はあえて従来のガンダムとは違う部分を強調したかったので、細かくパーツ単位でフォルムを調整させてもらっています。

――3DCGモデルを作成するのは、どのモビルスーツが一番難しかったですか。

中谷:Ξガンダムが一番難しかったですね。ペーネロペーは最初にカトキさんのデザインをベースにした3DCGモデルがすでにあって、それをたたき台にしながら、モデルを詰めることができたんです。一方、Ξガンダムはフルスクラッチでイチから作っていただいたので、そこはまず大変でした。どうしてもガンダムの固定観念があると、それが邪魔をしてしまう。ガンダムフェイスを調整したり、腕のサイズを調整したりと、ガンダムの固定観念から外れて、『閃光のハサウェイ』のガンダムを作っていく作業がありました。

――グスタフ・カールとメッサーについては、3DCGと作画の役割分担はどのようにされていたのですか?

中谷:地上戦のグスタフ・カールとメッサーは作画です。今回はレイアウトを村瀬監督の指示のもと3DCGで組み立てており、下からモビルスーツを見上げるカットが多かったです。そこにモビルスーツの動きやエフェクト、翻弄される人々を描かなくてはいけなかったので、とても作画カロリーが高かったと思います。ただ、僕個人としては、モビルスーツが人の住む街中で暴れるシーンを以前から描いてみたいと思っていたので、今回それに挑戦できて良かったです。できるだけ村瀬監督の要望に応えたいなと思っていました。

――メッサーの夜間空襲により、人びとは大混乱になります。夜間戦闘を描くことについては、どんな面白さをお感じになっていましたか。

中谷:今回は、玄馬さんが先行して影の付け方を決めてくださっていて、その指示に沿って作画をしていく感じがありました。マズルフラッシュや爆発で光源が変わるので、それに合わせてモビルスーツの色替えを細かくし、光と影の表現にこだわっています。とにかく大変でしたが、出来上がった映像を拝見して、手ごたえを感じています。

――『閃光のハサウェイ』はこれから第2部、第3部が予定されています。中谷さんとしてはどんなお気持ちで臨もうと考えていますか。

中谷:今回は夜間戦闘のみだったので、モビルスーツが見えにくいという声がありましたが、次回以降はもうちょっと見せ場が作れれば、と思っています。戦闘の舞台もおそらく夜ではなくなるでしょうから、次は空気感とか大気、風を表現できればと考えています。第1部の経験を、第2部以降に活かしていきたいですね。

取材・文=志田英邦

中谷誠一(なかたに・せいいち)
アニメーター、メカニック(メカニカル)デザイナー。メカニック(メカニカル)デザイナーとして参加した作品に『プラネテス』『機動戦士ガンダム00』『Gのレコンギスタ』など。

あわせて読みたい