《2021年本屋大賞》あなたが予想する大賞は!? ノミネート作品を総ざらい!

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/17

本の世界に飲み込まれていく街を救う少女たちの冒険!――深緑野分『この本を盗む者は』

この本を盗む者は
『この本を盗む者は』(深緑野分/KADOKAWA)

 本好きなら誰でも一度は「物語の世界の中に実際に入り込んでみたい」という願望を抱いたことがあるだろう。『この本を盗む者は』(深緑野分/KADOKAWA)は、まさにそんな願望を叶えてくれるようなファンタジー小説だ。

 主人公は、女子高生の御倉深冬。深冬の曽祖父で書物蒐集家の御倉嘉市が設立した「御倉館」は、彼女の住む街・読長町の名所だ。だが、当の深冬は本が大嫌いで、何年も本を読んでいない。ある日、「御倉館」から蔵書が盗まれ、深冬は残されたメッセージを目にする。“この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる”。すると、たちまち、読長町は本の物語の世界に侵食されてしまい…。

 この本にも、「御倉館」の本のように、きっと何らかの魔術がかけられているに違いない。本を開けば、物語の中から抜け出せなくなる。ああ、本を読むことは、こんなに楽しいことだったのか。この本は、それを改めて教えてくれた。そんな素敵な魔術を、あなたもぜひ体験してみてほしい。

advertisement

“圧倒的な孤独”を描く注目の長編小説――町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』

52ヘルツのクジラたち
『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)

 町田そのこ氏初の長編小説『52ヘルツのクジラたち』では、家族によって人生を搾取された女性・貴瑚と、母から虐待を受け「ムシ」と呼ばれていた少年という愛情を求めながらも裏切られてきた2人が、運命的な出会いによって魂の物語を紡いでいく。

 タイトルにある「52ヘルツのクジラ」とは、他の個体には聞き取れないほどの高周波数で鳴くクジラのこと。その鳴き声は数十年前から観測されており、「世界でもっとも孤独なクジラ」として知られている。そんなクジラの生き方を思わせるような“圧倒的な孤独”こそが、本作に通底する大きなテーマだ。

 作中では現代社会のさまざまな“闇”が取り上げられているが、決して救いのない物語ではない。希望や優しさにも触れられるはずだ。

茨城のモールで働く32歳独身女性に共感!――山本文緒『自転しながら公転する』

自転しながら公転する
『自転しながら公転する』(山本文緒/新潮社)

 前作『なぎさ』から7年ぶりの小説。長かった。そして待った甲斐があった。山本文緒7年ぶりの新刊『自転しながら公転する』(新潮社)は、相変わらずリーダビリティーが高く、450ページ超という長さを感じさせない傑作である。

 舞台は茨城県の牛久市。主人公の都はアウトレットモールのアパレルショップで、非正規社員として働く32歳の女性だ。回転寿司屋で働く元ヤンキーの貫一に惹かれ、交際がスタート。だが、旅行先の温泉で予期せぬ出来事に出くわし、それが原因でふたりは会わなくなってしまう――。

 都の揺れ動く恋心はもちろん、この物語は、友人たちの恋愛事情、家族間の助け合い、結婚、出産までを扱った射程の長い小説だが、特に、彼女らのメイクや髪型や服装によって、その時のその人の心情が可視化されていくのが興味深い。場所や同行者や向かう場所によって、何を身につけるかをチョイスしていく。身繕いは女性にとって鎧兜のようなものかもしれない。

処方箋のような優しい短編集――伊与原新『八月の銀の雪』

八月の銀の雪
『八月の銀の雪』(伊与原新/新潮社)

 人生とは、こんなにもままならないものなのか。もし、あなたがそう思い悩んでいるのだとしたら、『八月の銀の雪』(伊与原新/新潮社)に救われるに違いない。

 作者の伊与原新さんは、地球惑星物理学の研究者をしていたという人物。作品にも、自然科学の知見が巧みに織りこまれ、それが物語を優しく照らし出している。人生に行き詰まりを感じる人々が、今まで知らなかった科学知識と出会い、それに自分自身を重ね合わせることで癒されていくのだ。

 たとえば、表題作「八月の銀の雪」では、就活連敗中の理系大学生・堀川と、彼の家の近所のコンビニで働くベトナム人店員・グエンとの交流が描かれる。キーワードは「地球の内核」。地球の内核に降るという雪。その雪が、先行きの見えない日々を過ごす堀川の心に白く優しく降り積もっていく。

 知識とは、人を豊かにし、勇気づけてくれるものなのだろう。この本を読むと、日々の生活で失われかけていた好奇心や行動力がぐんぐん蘇っていくような気がする。この本は、心をのびのびとさせてくれる一冊。疲れきった人にこそ手にとってほしい処方箋のような作品だ。

1カ月後に死ぬ運命だったら… “生きる”意味とは――凪良ゆう『滅びの前のシャングリラ』

滅びの前のシャングリラ
『滅びの前のシャングリラ』(凪良ゆう/中央公論新社)

 もし1カ月後、突然、地球に小惑星が衝突して人類が滅亡するとしたら、あなたは最後の日々をどう過ごしたいだろうか。『滅びの前のシャングリラ』(凪良ゆう/中央公論新社)は、滅びゆく世界の中で生きる人々の物語だ。

 1カ月後には滅びる世界。強盗、殺人、レイプ、あらゆる犯罪が横行し、都会に近づけば近づくほどその暴力性は増していく。いじめられっ子の17歳、江那友樹は、東京ドームのライブに行こうとする同級生・藤森雪絵の護衛を買ってでた。というよりはストーカーさながら、懐に包丁を仕込んで、彼女のあとをこっそりつけた。そして彼女の危機を救うことになるのだが…。

 「明日死ねたら楽なのに」と願っていたはずなのに、生々しい死を前にはじめて、生への渇望もわいてでた。生きるために他者を蹴落とし、そのことに罪悪感を覚え、自分を蔑みながらも、生きることをやめられない。でもだから、どうしようもなく愚かで身勝手な自分だから、やっと見つけた守りたいものだけは大事にしたいと愛を注ぐ。そうした人間のもつどうしようもない矛盾が、本作には描かれているような気がする。

 ノミネート作は多種多様。気になる大賞発表は4月14日(水)だというから待ち遠しい。結果発表にそなえて、ノミネート作を読み、自分なりの大賞予想をしてみるのも面白いだろう。今からどの作品が受賞するのか楽しみで仕方がない。