現代ホラー小説30年の至宝を一挙収録。新世紀ホラーシーンへ!――『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』 文庫巻末解説【解説:朝宮運河】

文芸・カルチャー

更新日:2024/1/10

作家たちの巧みな想像力により紡がれた悪夢の数々がここに。
『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

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『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』文庫巻末解説

解説
朝宮運河(ライター・書評家)

 本書『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』は、角川ホラー文庫三十周年を記念して編まれた本文庫オリジナルのアンソロジーである。一九九三年以降に日本語で書かれたホラー小説の中から、傑作七編をセレクトして収録した。
 このコンセプトは同時発売の姉妹編『影牢 現代ホラー小説傑作集』と同じであるが、期せずして本書には比較的近年(二〇一〇年代以降)に書かれた作品が多く収録されることとなった。一九九〇年代の作品が半数を占める『影牢』と併読すれば、現代ホラー小説三十年の展開を一望することができるだろう。

『影牢』の解説でも述べたとおり、一九八〇年代以降成長してきた日本のホラー小説シーンは、日本ホラー小説大賞が創設され、それに連動する形で角川ホラー文庫が創刊された一九九三年頃からさらに存在感を増し、エンターテインメントのジャンルとして一応の自立を果たす。日本ホラー小説大賞からは瀬名秀明『パラサイト・イヴ』(一九九五年)、貴志祐介『黒い家』(一九九七年)というベストセラーが生まれ、ホラー小説が一般読者に広く読まれるという時代が到来した。
 一九九八年には鈴木光司の『リング』(一九九一年)と『らせん』(一九九五年)が同時に映画化され、社会現象を巻き起こした。その結果、世紀末日本をかつてないホラーの高波が覆うことになる。書店にはホラー小説が並び、ホラー専門作家のみならず、他ジャンルで活躍してきた作家も相次いでこのジャンルに手を染めるようになった。
 一九九八年には井上雅彦監修のオリジナル・アンソロジー「異形コレクション」がスタートし、日本初のホラー小説専門誌『ホラーウェイヴ』も創刊されている。この頃を八〇年代以降継続してきたホラー流行のひとつのピークと見ていいだろう。
 ジャンルの成熟につれて、作品で扱われるモチーフ・テーマも年々多彩になり、バイオホラーの『パラサイト・イヴ』、サイコサスペンスの『黒い家』のように海外エンターテインメントの潮流を取り入れた大型作品が書かれる一方で、日本独自の恐怖と幻想を掘り下げた作品も生まれてきた。
 その象徴的存在が、明治期岡山の土俗的恐怖を扱った『ぼっけえ、きょうてえ』(一九九九年)の岩井志麻子だろう。こうした流れは木原浩勝・中山市朗「新耳袋」全十巻(一九九八~二〇〇五年)の刊行によって喚起された怪談実話への関心と呼応しながら、平成後期の怪談文芸ムーブメントを生み出していった。二〇〇四年に創刊された怪談専門誌『幽』には綾辻行人、有栖川有栖、小野不由美などの人気作家が参加し、怪談小説の新時代を切り拓いた。
 その後、ホラー小説ブームは落ち着きを見せるが、二〇一五年に澤村伊智が『ぼぎわんが、来る』でデビューしたことで再びシーンが活性化。モキュメンタリーやミステリの手法を取り入れた新世代作家の活躍によって、次なるフェイズに突入している。若い読者にとって現代ホラーといって思い浮かぶのは、澤村以降の作品かもしれない。
 しかし活況を呈する今日のホラーシーンは、一朝一夕に作り上げられたものではない。二〇二〇年代の新しいホラーがここ数十年の遺産の上に成り立っていること、ホラー小説の伝統が途切れることなく続いていることは、『影牢』『七つのカップ』の二冊を読めばご理解いただけると思う。以下、七編の収録作についてコメントを付す。

 小野不由美「芙蓉忌」
 ホラー史において小野不由美の存在はあまりにも大きい。スティーヴン・キングの手法に正面から挑んだ『屍鬼』(一九九八年)、平成期怪談文芸ムーブメントの頂点『残穢』(二〇一二年)の二大傑作以外にも優れた作品が目白押しだ。そんな著者が近年書き継いでいるのが「営繕かるかや怪異譚」シリーズ。古い建物に憑いた霊を祓うのではなく、障りが出ないように〝営繕〟するという着想が新しい。『営繕かるかや怪異譚 その弐』(二〇一九年)に収録の本作は、死霊に魅入られた主人公の心理描写に慄然とさせられる。

 山白朝子「子どもを沈める」
 殺した相手が自分の子どもに生まれ変わり、過去の犯罪を告発する。日本各地に伝わる「六部殺し」と呼ばれるパターンの怪談だ。『私の頭が正常であったなら』(二〇一八年)に収録の本作はその変奏で、いじめられて自殺した少女が、いじめっ子の家庭に赤ん坊となって生まれてくる。雑誌『幽』『怪と幽』を中心に活躍する山白朝子が、某人気作家の複数ある変名のひとつであることは公然の秘密だろう。なるほど、本書に漂う奇想とサスペンス、胸を衝くような切なさは、あの作家と共通するものだ。

 恒川光太郎「死神と旅する女」
 日本ホラー小説大賞受賞作『夜市』(二〇〇五年)でデビューした恒川光太郎は、ホラーシーンにおいて独自の地位を占める作家だ。その作品の多くはホラーとファンタジーの境界領域にあり、未知の世界への恐れと憧れが常にせめぎ合っている。『無貌の神』(二〇一七年)に収められた本作では、大正時代の少女フジが、死神に命じられるまま暗殺をくり返す。やがてフジの前に現れる残酷な分岐点。人知を超えた存在に翻弄される恐怖を、壮大なスケールで描ききった神隠し譚である。

 小林泰三「お祖父じいちゃんの絵」
玩具修理者』(一九九六年)で鮮烈なデビューを飾った小林泰三は、ホラーのみならずSF・ミステリでも活躍。二〇二〇年の早すぎる逝去の後も、著者の冷徹なロジックと異形の美学に満ちた作品は、新たなファンを増やし続けている。絵を描くことが好きな祖母が孫娘に向かって過去を語り始める、という本作は『家に棲むもの』(二〇〇三年)に収録。著者の得意技であるグロテスク描写こそ控えめだが、正気と狂気の境目が崩れていくようなデビュー作以来の魔術的な語りはここでも健在だ。

 澤村伊智「シュマシラ」
 澤村作品の特徴は、先行するホラーやミステリの影響を公言しながら、そこに新たな視点やアレンジを加える批評的スタンスにある。代表作は『ぼぎわんが、来る』以来書き継がれている「比嘉姉妹」シリーズだろうが、ここでは『ひとんち 澤村伊智短編集』(二〇一九年)より本作を取った。懐かしの食玩から未確認生物へと流れていく会話の中に、じわじわと不気味なものが混入してくる。ジャンクな情報の中にこそ怪異は潜む、という認識は、「比嘉姉妹」シリーズとも共通している。

 岩井志麻子「あまぞわい」
 明治期岡山を舞台に、差別や貧困とともに生きる者たちの絶望と欲望を、方言を用いた文章で描くデビュー作品集『ぼっけえ、きょうてえ』(タイトルは岡山方言で「とても怖い」の意)は、南米のマジック・リアリズム小説も思わせる怪異と戦慄に満ちた書であった。同書に収められた本作では、二つの異なる解釈がある「あまぞわい」の怪談が、男と女それぞれの身勝手さを反映しながら、戦慄のクライマックスへと主人公・ユミを導いていく。人間と怨霊、どちらも怖ろしい海の怪談。

 辻村深月「七つのカップ」
 平成後期に隆盛をみた怪談文芸ムーブメントは、他のジャンルで活躍しながらもホラーや怪談に関心を抱いていた作家たちに、創作の機会を与えることになった。本作を収める辻村深月の短編集『きのうの影踏み』(二〇一五年)も、怪談の時代のよき産物である。通学路に立つ中年女性と、一つずつ増える紙カップ。人の死を娯楽として消費することの是非が、オカルト好きの少女の視点から描かれる。怪談はなぜ存在するのか、という問いへのひとつの答えがここにはあるのではないだろうか。

 恐怖とは極めて個人的な感情だが、一方で私たちが何を怖いと感じるかは、社会の状況にも大きく左右される。その意味で『影牢』『七つのカップ』の二冊は、この三十年間に私たちが何を恐怖してきたかを記録した、一種のドキュメントとしても読めるかもしれない。
 といっても、作家たちが想像力を武器に紡いだ悪夢の数々は、時代の推移とともに古びるものでは決してない。十九世紀に書かれた英国怪談の傑作が今なお私たちを戦慄させるように、両書に収められた十五編も未来の読者を魅了し続けることだろう。
 ぜひ再読三読し、ホラー小説の神髄を味わっていただきたい。

作品紹介・あらすじ

七つのカップ 現代ホラー小説傑作集
著 者:岩井志麻子、小野不由美、小林泰三、澤村伊智、辻村深月、恒川光太郎、山白朝子
編 者:朝宮運河
発売日:2023年12月22日

現代ホラー小説30年の至宝を一挙収録。新世紀ホラーシーンへ!
『影牢 現代ホラー小説傑作集』に続く2010年代を中心に発表された傑作ホラー短編7選。小野不由美の“営繕かるかや怪異譚”シリーズからは死霊に魅入られた主人公の心理に慄然とさせられる「芙蓉忌」。土俗的作品で知られる岩井志麻子による怨霊の圧倒的恐怖を描いた海の怪談「あまぞわい」。怪談の存在意義を問う辻村深月の「七つのカップ」など。作家たちの巧みな想像力により紡がれた悪夢の数々がここに。解説・朝宮運河

【収録作】
小野不由美「芙蓉忌」(『営繕かるかや怪異譚 その弐』角川文庫
山白朝子「子どもを沈める」(『私の頭が正常であったなら』角川文庫
恒川光太郎「死神と旅する女」(『無貌の神』角川文庫
小林泰三「お祖父ちゃんの絵(『家に棲むもの』)角川ホラー文庫
澤村伊智「シュマシラ」(『ひとんち』光文社文庫
岩井志麻子「あまぞわい」(『ぼっけえ、きょうてえ』角川ホラー文庫
辻村深月「七つのカップ」(『きのうの影踏み』角川文庫

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