入試問題のネット流出、答案用紙紛失…!? “イヤミスの女王”湊かなえが描く『高校入試』ミステリー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 9月に入り、全国の中学校では2学期が始まった。そろそろ各校の学校説明会なども開始。本格的な受験シーズンの到来だ。こうして“高校入試”の影がちらつきはじめると、平和だった教室内に、耳慣れないざわめきが聞こえるようになる。「内申点のために、部活がんばっとかないと」「志望校、偏差値ギリでヤバイ」「あそこの推薦枠、もう1人は隣のクラスのあの子だって」…。思春期の少年少女は、おびえながらも自分を奮い立たせて挑むはずだ。そして、自分の力で越えなければならない初めての関門に、つまずいてしまう人もいれば、何の苦も無く通過する人もいるだろう。

 湊かなえ『高校入試』(角川書店)は、タイトル通り、“高校入試”を題材にした学園ミステリー。本作は、湊自身が脚本を手掛け、2012年末に長澤まさみ主演で放送されたドラマ『高校入試』のシナリオをもとに、新しく書き下ろされた。

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 デビュー作『告白』(双葉社)をはじめ、『贖罪』(双葉社)、『往復書簡』(幻冬舎)など、人間の悪意や、それが引き起こす負の連鎖に踏み込んだヒット作を世に送り出し、“イヤミスの女王”とも呼ばれる湊。イヤミスとは、「読後、イヤ~な気持ちになる後味の悪いミステリー作品」のことだが、今回、湊が舞台として選んだのは、県下有数の名門、県立橘第一高校(通称・一高)。入試の前日と当日の2日間を中心に、密度の高い心理劇がくりひろげられる。

「入試をぶっつぶす!」――入試の前日、教師たちは入試会場となる教室で、こんな張り紙を見つける。不安にさざめくなかで迎えた入試当日。社会のテスト中、ネット掲示板で入試のテスト内容が実況されていることが発覚した。さらに、最終教科の英語では、受験生のポケットで持ち込み禁止だったはずの携帯電話が鳴り響く。試験が終わり、回収した英語の答案用紙は、1枚足りない…! 次々と発生するトラブルに翻弄される登場人物たち。いったい誰が、何を目的に入試を妨害しようとしているのか?

 

 総勢23人の登場人物は、受験生から教師、受験生の父兄、教師の友人まで、さまざまだ。彼らは、それぞれがそれぞれの思惑を抱いている。その断片をつなぎ合わせて語られる長い一日に、見逃すことのできる瞬間はない。目を凝らせば凝らすほどに彼らの一挙手一投足は意味深に映り、読者は分刻みで進む物語にのめり込んでいくだろう。

 謎を解くうえで重要なカギとなるのは、“高校入試”が登場人物一人ひとりに異なる現実をもたらしていることだ。その下地となっているのが、地域社会の中の“一高絶対主義”ともいうべき不文律である。いわく、「このあたりじゃ、東大よりも一高なんだよ。地元一の進学校、一高に合格すれば親は万々歳。そのあと、東大行こうがプータローになろうが、関係ないの」。事実、一高出身の教師たちは校歌を高らかに合唱し、受験に合格したら勉強机を捨てるという“伝説”をどこか自慢げに語り合う。

 こうした価値観のもとで一高の入試にかかわる者たちは、知らず知らずのうちに“高校入試”によって自らの生き方すら定められてしまっている。受験生だけではない。ある者にとっては一高出身の子を持つ親になるため、ある者にとっては一高で専任教師という安定職を得るため、ある者にとっては校長・教頭などの管理職試験を有利にするため――。では、そのなかで「入試をぶっつぶす」意味とは?

 シナリオ版『高校入試』(角川書店)の対談で、高校入試は「すごく大切なステージのひとつではあるけれど、人生の『通過点』のひとつ」であり、「すべてではない」と湊は話している。入試に限らず、人は過去の経験や自らが属する社会のルールに縛られがちだ。それが、たとえ小さな世界のちっぽけな価値観だとしても、重い足かせとなって身動きが取れなくなることもある。『高校入試』は、読者が個々に持つ“高校入試”――見えざるルール――を疑ってみよ、と問いかけてもいるのかもしれない。

「複数人の視点から、真実がじょじょに明らかになっていく過程がスリリング」「自分の高校入試を思い出した」「ネット上の軽い書き込みの影響力を描き切ったのが見事」「地方出身者として共感…」「わが子を見る目が変わった」など、多様な感想を呼んでいる本作。あなたの目には、どんな“高校入試”が見えてくるだろうか。

文=有馬ゆえ