Twitter上で暴言を受け続けるシナモン その理由は“ツッコミどころのなさ”?

アニメ・マンガ

2015/5/25

 「シナモン騒動」がネットを賑わせている。サンリオのキャラクター・シナモンの公式Twitterに、今年3月頃から「引っ込めゴミ」、「黙れ団子が」などの暴言リプライが相次ぎ、見かねたサンリオ側が暴言を送りつけたユーザーたちをブロック。その数は200人を超えたという。企業の公式アカウントが一般のユーザーをブロックするのは、そうあることではない。この件に対し、タレントがシナモンのアカウントに向けて励ましのリプライを送るほか、相手はキャラクターといえど「いじめリプライ」だと各メディアが問題視。だが、そういった報道や、ネットユーザーのコメントを見ていても、なぜシナモンが炎上したのか、がさっぱり見えてこない。少なくとも、シナモンが何か失言や癇に障る行動をした形跡は見られず、集団で暴言を吐いてサンドバッグ代わりにできれば誰でも良かった、のではないかとすら思える。

 誰でも良かったのであれば、じゃあその対象がほかのキャラクターでも有り得たのか、ということを、改めてシナモンのキャラクター像も含めて考えてみたい。シナモンは、いわゆる“サンリオらしい”キャラクターのように思える。目がくりっとしていて、純粋で、屈託がない。いつも優しく、明るい。一つには、その良い子すぎる点が、「何を言っても問題ない、何を言っても怒るはずはない」と思われたのだろうか。

 落ち度らしい落ち度を挙げるならば、少々マイペースで、その結果ときどき空気が読めないことをしてしまうところだろうか。シナモンとその周囲のキャラクターの様子が描かれた小説『シナモロール ~シナモンのふしぎ旅行~』(芳野詩子:著、霧賀ユキ:イラスト/KADOKAWA アスキー・メディアワークス)には、こんなシーンが出てくる。歌姫のエスプリャーナが、歌を歌ってくれなくなってしまった事件を解決しようと奔走するシナモン。エスプリャーナが言うには、「宮廷音楽家セフォンの作った曲が気に入らないから、歌いたくない」。そこで、セフォンのところへ赴いたシナモンは、本人にストレートに「きみの曲がイメージ通りじゃないから、エスプリャーナが悲しくなっちゃって、歌ってくれないんだって。なんとかならないかな?」と言ってのける。もちろんシナモンに悪気はない。むしろ、よかれと思っての発言だと信じて疑わない。だが、場の空気はピシッと凍り、気位の高いセフォンは、これを聞いて怒りに震えてしまう。実生活で、空気を凍らせておいてくりっとした瞳でどこ吹く風、こんな人がいたら…少し苛立ってしまうかもしれない…。あくまでこれは書籍から読み取れるシナモンの気質であり、Twitter上でこの特徴を前面に押し出しているわけではないため、これが暴言リプライの原因になったとは考えにくいが。

 ネット上でしばしば話題にされるサンリオのキャラクターといえば、まず思い浮かぶのはキティちゃん。最近では、ぐでたま、KIRIMI.ちゃんなんかもネットで広まって人気を獲得していった。ぐでたまやKIRIMIちゃん.は、そもそもが“出オチ”のようなところがある。サンリオのキャラクターなのに正面を向いて笑っていないぐでたまに、鮭の切り身をそのままキャラクターにしてしまったKIRIMIちゃん.。そこにいるだけでツッコミどころが満載である。一方、キティちゃんに関しては、サンリオを代表するキャラクターながらも、「キティさん」と呼ばれ、ネットで親しまれている。たとえ自身の姿が原形をとどめないものになろうとあらゆるものと果敢にコラボレーションする、その“仕事を選ばないぶり”が、ツッコまれつつも好意的に受け取られているのである。彼らに共通しているのは「ボケ」感。狙ったボケ(ぐでたまやKIRIMIちゃん.)にしろ、あくまで生真面目にやっているが結果としてボケになっている(キティさん)にしろ、ツッコミを入れる“余白”を残しているのだ。

 シナモンに足りなかったのは、そういう「ボケ」なのかもしれない。普通過ぎて、屈託が無さすぎて、可愛すぎて、ツッコミどころが無さすぎて、それが逆に苛立ちを煽るのではないだろうか。“普通で良い子で可愛い”ことは、そうでない者たちを時に刺激する。

文=朝井麻由美