[カープ小説]鯉心(こいごころ)【第十四話】毒にも薬にもならない言葉は、誰の心にも残らない

スポーツ

更新日:2015/6/29

カープ小説

◆◆【第十四話】毒にも薬にもならない言葉は、誰の心にも残らない◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

「うーん。率直な感想を言わせてもらうとね…」

プリントアウトした原稿に目をやったまま、夏子が淡々と切り出す。
美里は少し緊張して、椅子にもたれていた背筋をクッと伸ばした。

「イマイチかな」
夏子が涼しい顔で言う。

「なんか、ここで登場するキャラクターの誰にも感情移入できないのよねえ」
「…はい」

二人は角山出版のオフィス内にあるラウンジスペースで、丸テーブルに向かい合って座っている。夏子はいつものように黒く長い髪を後ろで結んでいるが、今日は珍しく黒縁の眼鏡をかけている。アウトドア好きでアクティブなイメージがある夏子だが、眼鏡をかけると一転して、敏腕編集者らしい知的な雰囲気が漂う。

文芸誌「ミケ」のウェブサイトで、小説の連載をはじめてから早2ヶ月。美里はこのところ、ちょっとした行き詰まり感を覚えていた。

執筆のコツは何となくつかんできたが、いつも話の展開がワンパターンになってしまう。物語自体にあまりメリハリがなく、いまひとつドラマ性に欠ける。この状況を打破するため、夏子に次の原稿を見てもらいつつ今後のアドバイスをもらえたらと、この日は珍しく美里からアポを取った。

しかし美里が想像していた以上に、夏子は容赦なかった。

いつもはあまり細かいことを言わない夏子だが、この日は原稿の細かな点をズバズバとダメ出しした。そして夏子の指摘はいずれも的を射ていた。美里は夏子の言うことを全てペンで書き込みながら、ただただ「はい」と頷き続けるしかなかった。

「なんとなく、横山さん自身が自分の綺麗なところしか見せないようにしてるような、そんな感じがするのよね」

ひと通りダメ出しを終えた後に夏子が発した言葉に、美里はドキッとした。
自分でも、薄々感じていたことだった。

「横山さん自身が、もっとさらけ出さないといけないんじゃないかしら。それができるのが小説の良いところだし」
「うーん、そうですよね…」
「毒にも薬にもならない言葉は、誰の心にも残らないのよね」

美里の心の中を見透かしているかのように、夏子は次々と鋭い言葉を発する。
それから二人はしばらく雑談をし、夏子は社内会議のために席を立った。

「今日はありがとうございました。もう一度書き直してみます」
「うん。大変だと思うけど、頑張ってみて」
「はい」

美里はオフィスを出ると、いつもとは違う道を通って、少し遠回りしながら駅へと歩いた。

東京はここ数日、雨が降ったり止んだりしている。おととい、関東甲信地方が梅雨入りしたらしい。道端のところどころに、綺麗なあじさいが咲いている。

毒にも薬にもならない言葉は、誰の心にも残らない。
その言葉はまるで、私の人生そのものに向けられたかのようだ。

私は昔から、自己主張が苦手だ。自分は何が好きだとか、何をしたいとか、何を食べたいとかもあまり言えない。人からワガママだと思われるのが怖くて、自分の素を出せない。でも実際は、人一倍ワガママなのだ。だから、言いたいことを言えずにストレスを溜め込んでしまうことも多い。昔付き合っていた彼氏に、八方美人の性格を怒られたこともある。何でみんなにいい顔しようとするんだ、と。その頃に比べたら今はだいぶ、言いたいことを言えるようになったと思っていた。でも、そうでもないのかもしれない。

美里は赤信号の手前で立ち止まり、ビルのガラスに映った自分の姿を見た。Tシャツの上に黒いジャケットを羽織り、オフィス街を歩く自分は大人になったと感じるけれど、どこか幼くも見える。細身のジーンズに合わせた足元の白いスニーカーのせいだろうか。何だか成長しているようで、ちっとも成長していないような気もする。

久しぶりに、実家に帰ろうかな。

美里はふと思い立って、バッグからiPhoneを取り出した。実家に帰るといっても、ここから電車で30分もかからない。そういえば母親からもこの間「最近どう?」とLINEでメッセージがきていた。ちょうど原稿の締切に追われているときだったから、すっかり既読スルーしてしまっていた。美里はLINEを開き、少し考えてからメッセージを送った。

「今夜、帰ってもいいかな?」

(第十五話につづく)

イラスト=モーセル

[カープ小説]鯉心 公式フェイスブック
【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】 私たちカープファンにできること
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない
【第十話】女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ
【第十一話】ターン・ザ・クロック・バック
【第十二話】カープと遠距離恋愛してるみたいな感じ
【第十三話】「カープ女子と広島焼きは、似た者同士です」