影の薄い“ナナフシ”を、性欲の強い“オオムラサキ”が取り合う!? ムシを擬人化した人気BLの最新作が、おもしろい!

文芸・カルチャー

2015/8/25

 極道、アラブ、リーマン――。一見、なんの脈絡もないような単語を並べてみたが、実はこれ、BLの世界で常に一定の人気を誇っている「ジャンル」を意味する言葉なのだ。BLの世界は実に奥が深く、任侠の世界に生きる男たちの恋愛や、大富豪との夢のような日々、サラリーマン同士のありふれた日常など、さまざまな「萌え」が存在する。

 そして、なかでも異彩を放つのが、「擬人化」。文字通り、人間ではないものを擬人化し、その恋愛模様に萌える、というものだ。その「擬人化」ジャンルのなかでも、いま人気を集めているのが、樋口美沙緒氏が描く、「ムシ」シリーズ。このたび、待望の新刊となる『愛の本能に従え!』(白泉社)が発売された。

 本シリーズは、前述の通り、ムシを擬人化したもの。舞台となるのは、人類がムシと融合し、その種特有の力を手に入れて生きている世界。そして、人類は、起源となるムシの種類により、ハイクラスとロウクラスに分類されている。カブトムシやタランチュラなどはハイクラスに、もっと小さく弱い種はロウクラスにわけられ、生まれながらにしての階級社会で生きることを強いられているのだ。つまり、ムシの世界での弱肉強食が、そのまま人間社会にも反映されているというわけ。なんとも複雑だ。

 そんな世界を舞台にしたBL最新作の主人公となるのは、ヤスマツトビナナフシを起源とする七安歩。ナナフシとは、植物に擬態し、天敵から身を守る特性を持つムシだ。そのせいか、歩は非常に存在感がない。学校にいても影が薄く、クラスメイトに名前すら覚えてもらえない。高校入学を機に、派手な格好にイメチェンしてみても、なんの効果もないくらい。

 そんな歩がひそかに憧れているのが、村崎大和。彼は国蝶にも指定されているオオムラサキを起源とする男で、背が高く精悍な顔つき、おまけに獣のように獰猛な目つきの持ち主。まさに歩とは正反対の存在だ。

 けれど、憧れは憧れのまま。歩の脳裏には祖母の声がよぎる。――お前が生まれたのは、やっぱり間違いね。…そう、自分は生きている意味がない。だから恋なんてしちゃいけない。誰かとセックスするなんて、もってのほかだ。

 女であることを至上とするヤスマツトビナナフシ一族において、男として生まれた者は半人前。そのうえ、女性に体を作り変える「異形再生」にすら失敗した歩は、完全なる失敗作と見なされ、家を追い出されたのだ。

 そういった過去を持ち、色恋沙汰から自分を遠ざけようとする歩を、欲望の渦に引き入れてしまうのが、大和のイトコである、志波久史。彼も大和と同じオオムラサキ出身の男で、学園でもとにかく目立つ存在だ。彼は、「同種が抱いた相手を寝取りたくなってしまう」というオオムラサキの習性を利用した、「寝取り寝取られゲーム」を画策し、それに歩と大和を巻き込んでしまう。その結果、大和は本能に抗うことができず、なかばレイプのように歩を抱くのだが、その最中、歩のなかに眠っていた「アニソモルファ」の血が目覚めてしまって…。

 このように本作には、随所にムシの特性や習性を活かした展開が挿入される。周囲に気づかれにくいナナフシ、性交渉の相手を取り合うオオムラサキ、そして謎のアニソモルファ…。これらと恋愛を巧みに絡めた本作は、上質な理系エンタメ小説とも言える…かもしれない。そんなめくるめくムシの世界を、ぜひ堪能してみてほしい。

文=前田レゴ