こんな人、他にはいない!? 元検事・弁護士が刑務所へ…

社会

公開日:2016/2/17


『遺言-闇社会の守護神と呼ばれた男、その懺悔と雪辱』(田中森一/双葉社)

 検察官、弁護士というと、あなたはどんな人物像を思い浮かべるだろうか。正義の味方、努力家、天才、高給取り――。最近は法曹の犯罪も目立つため、良いイメージばかりではないかもしれない。しかし、とりわけ検察官といえば、近年話題となった「HERO」の影響も大きく、悪事を働いた被告人と対峙する人物といったイメージが強いのではないだろうか。そう、検察官とはあくまで悪事と正反対に位置する職務のはずである。誰が想像できるだろうか、自ら悪事に手を染め、刑務所に赴く元検察官がいるなんてことを――。

 元特捜検事、元弁護士、元受刑者、一見並列しそうにないこれらの肩書を持つ人物が確かに存在している。それが『遺言-闇社会の守護神と呼ばれた男、その懺悔と雪辱』(田中森一/双葉社)の著者、田中森一氏(1943年-2014年)である。一人称で語られるこの著書からは、田中氏の筋の通った性分がありありと伝わってくる。大物やくざとも対等に渡り合えただろう、その力強さは読み進める者の興奮を煽るようだ。私自身、その波瀾万丈な半生を追体験しているような感覚に胸が高鳴った。ここでは、田中氏の人柄がわかるエピソードをいくつか取り上げることにする。

田舎で貧しく暮らしていた少年が司法試験に一発合格

 田中氏は2年間勉強して、25歳という若さで司法試験に一発合格する。これだけで十分に田中氏の優秀さをあらわすエピソードなのだが、それ以上なのは司法試験を目指したその直接のきっかけだ。田中氏は「キミみたいなものが司法試験を目指すなんて……」とバカにされたのが悔しくて司法試験を目指し、その2年後に合格したというのだ。プライドが高く、とことん負けず嫌いであることを示している。きっと一度決めたことは意地でもやり抜きとおしていたのだろう。

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見ず知らずの男性に貸したお金の額は……!?

 お金で人助けができるなら躊躇わずにお金を貸した田中氏は、知り合いから紹介されたばかりの男性にお金をせがまれて手持ちのお金をすべて渡したという。その額――8000万円。その額に驚くことはもちろんであるが、田中氏が貸した3日後には借りた男性の手元からもなくなっていたというから驚きだ。事業を立て直そうとした男性は、競艇で一儲けしようとしたが、失敗したのだそうだ。

 契約書や借用書を書かずに8000万円ものお金を――博打に使ってしまうような人に――渡せてしまう、その心境は常人には理解困難であろう。

無罪を主張し続けた、田中氏の人生を狂わせた「事件」とは!?

 我が道を貫き、すべてを思うがままにしてきたであろう田中氏だが、その人生は56歳で、大きく転換する。180億円の手形をだまし取ったとされる石橋産業事件で逮捕されてしまったのだ。この事件において、田中氏は主犯格とされる許永中氏が石橋産業経営陣から手形をだまし取るにあたって、契約面等法律知識でサポートをしたと報道されている。

 裁判所は「元特捜部検事の弁護士という肩書を利用した」と言及しており、もし真実ならば弁護士ら法曹三者の社会的信頼を損なわせかねないことだ。事実として、最高裁で上告が棄却され、石橋産業事件における田中氏の有罪が確定している。しかし、田中氏は無罪を主張し続けていた。今となっては真実がいずれであったのかは不明である。

 最後に、出所したその日に田中氏が、自身の人生を振り返った感想を尋ねられ、答えたときの言葉を紹介する。

「“もう1回、あなたに人生を与える”と、神様に言われたら」……「懲役を背負ってもいいから、もう一回同じ田中森一の人生を歩みたい、そう神様にお願いするわ」……「わしはこれまで自分の思うように生きてきた。悪といわれるなら悪でいい。自分の人生に悔いはない」(120ページ)

 これだけ異色の経歴を持つ彼の口にしたこの言葉は非常に奥が深いものだろう。実際に冤罪だったとして、いわれのない罪を引き受けたとしてももう一度歩んでみたいと思える人生をおくれた彼が個人的には羨ましい。

文=藤田ひかり