ページ数を増やせと編集部に要求した「いじめっ子」 漫画界の偉人 さいとう・たかを!

マンガ・アニメ

2016/2/20


『さいとう・たかをゴリラコレクション 劇画1964』(さいとう・たかを/リイド社)

 漫画を好んで読んでいる人ならば、この世界には「必ず通る道」のようなものが存在すると、何となくでもお分かりいただけるのではないだろうか。例えば手塚治虫先生の作品や、藤子不二雄F、A両氏の作品などである。もちろん時代によって多少の違いはあると思うが、その中に間違いなく「さいとう・たかを」の名前も入ってくるはずだ。

 さいとう・たかを氏といえば、いうまでもなく『ゴルゴ13』の作者として有名な「劇画家」である。劇画というのは子供向けの漫画と区別するために生まれた言葉で、大人向けのリアルな漫画を指す。最近では「さいとう・たかをの作品=劇画」のイメージが定着しているが、実は絵そのものは劇画の条件ではなかった。しかし第一線で活躍する劇画家がさいとう氏しか残らなかったため、その絵を含めた作品のイメージが「劇画」として世間に認識されたのだという。現代においては、さいとう氏はまさに「劇画」そのものであるといえるのかもしれない。

 つまり1955年のデビュー以来、ずっと劇画界のトップランナーであり続けてきたということなのである。そんな氏が画業60周年を迎え、その記念として出版された書籍が『さいとう・たかをゴリラコレクション 劇画1964』(さいとう・たかを/リイド社)だ。この書籍は1964年に雑誌で掲載された読み切り作品全12編を収録。内容はピカレスクロマン漂うヤクザやギャングの話が中心で、主人公やヒロインの死によって幕を閉じるケースが多い。しかし悲しい純愛を描いた物語や、小悪党の失敗譚なども盛り込まれ、非常に多彩で読み応えのあるラインナップだ。

 本書は掲載作品の面白さもさることながら、「1964」という年が重要な意味を持っている。この年、さいとう氏によって1編の作品が編集部に持ち込まれた。それが今の漫画界に、重大な影響を与えたのだ。この件は、本書に収録されているさいとう・たかを氏とみなもと太郎氏の対談でも大いに語られている。

 さいとう氏は雑誌の編集者を説得し、当時は8ページくらいしかなかった掲載ページを、25ページ分獲得した。そしてそれが大当たりして雑誌が売れ、同じ路線の雑誌が次々に誕生。現在の長編ストーリー連載の礎ができたのだという。これまでの漫画家は、4ページならその与えられた枠の中で、試行錯誤をしてきた。しかしさいとう氏は、自ら描きたい作品のために、必要なページ数を要求したのである。これは氏が「いじめっ子」だからできたことだとみなもと氏は指摘。確かにさいとう氏の若い頃はガキ大将で、自伝的作品『いてまえ武尊』でも自身をそのように描いている。一方でみなもと氏は、手塚治虫先生を含むこれまでの漫画家は「いじめられっ子」の発想であり、既存の枠から脱することができなかったと分析。ゆえに一作品のページ数増加は、さいとう氏にしかできなかったとしている。確かに、現在でも編集部に対して「ページ数を増やせ!」と強訴できる漫画家がどれくらいいるだろうか。よほどの人気作家で、押しが強くなければ不可能だろう。

 そういうさいとう氏であったからかもしれないが、随分と叩かれてもきたのだという。親には自らの仕事を認めてもらえず、作品を投稿すれば「悪い見本」として酷評される。「劇画工房」を立ち上げても、プロダクション制という自らの考えを仲間に受け入れてもらえずに分裂。「劇画家」として認められてからも、PTAなど各方面からのバッシングは多かった。そして同期の作家がひとり、またひとりとこの業界から消えていく中で、それでも氏は描き続け、画業60周年の今日を迎えたのである。

 みなもと氏の語るように、さいとう・たかを氏の功績は、皆がもっと認知すべきものだと思う。今の劇画はあまりにマイナーなジャンルなので、氏の存在もさほど意識されないのかもしれないが、そんな状況でも『ゴルゴ13』という作品は多くの人が知っている。これは本当にすごいことなのである。少なくとも漫画を好きだと自認する者であるなら、現在の漫画界の礎を築いた人物のひとりが「さいとう・たかを」であることを、深い感謝と共に心へ刻んでおくべきであろう。

文=木谷誠(Office Ti+)